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(18)動物実験施設史

ドキュメント内 医 学 部 (ページ 69-72)

沿革

動物実験施設は、科学的・倫理的な動物実験の重要性が認識されたことにより、昭和40 年代から国立の医科系大学を中心に設置が進められてきたが、本学の動物実験施設(以下 施設と略す)は、1976(昭和51)年に設置が認められた。これは国立大学の施設として は11番目であるが、1978年には現在の建物が竣工して、東京大学、京都大学、九州大学 などに次いで6番目の医学部附属の施設として利用を開始した。これに先立ち、1973年 には宝町団地中央動物実験施設委員会(委員長 服部絢一内科学第3講座教授)が設けら れ、設置に向けて活動を開始している。この名称から分かるように、この施設は医学部だ けでなく、宝町地区にある全部局の共同利用を目的としている。

設置認可と同時に、初代施設長に吉村裕之寄生虫学講座教授が併任され、科学技術庁放 射線医学総合研究所から早川純一郎主任研究官が専任助教授として着任した。

1976年6月、動物実験施設運営準備委員会が設置され、翌1977年8月にはこれを運営 委員会に改め、同年9月には施設棟施工に着手した。翌1978年9月に、地上5階、地下 1階、延べ面積4,200m2の屋舎が完成し、10月より運営が開始された。この間、1977年 4月に小泉勤が助手に採用された。

1985年4月、第2代施設長として宮崎逸夫外科学第2講座教授が併任された。1987年 5月、第13回国立大学動物実験施設協議会が、全国45施設から施設長はじめ関係者多数

が参加して本学を主催校として開催された。1988年4月、科学的・倫理的に適正な動物 実験を行うための指針として、「金沢大学宝町地区動物実験指針」が作成され、同時に宝町 地区動物実験委員会が設置された。

1990(平成2)年4月に、第3代施設長として永坂鉄夫生理学第1講座教授が併任さ れ、同年8月小泉勤助手が講師に昇任した。1991年6月、施設設置15周年の記念式、並 びに学内の講師及び国立遺伝学研究所・森脇和郎教授を招待講師とする記念講演会を開催 した。同年10月、小泉勤講師が新設された福井医科大学附属動物実験施設の助教授として 転出した。

1992年4月、東京大学、京都大学、東北大学に次いで施設に教授が設けられ、同年6 月、早川助教授が教授に昇任した。同年4月、橋本憲佳助手が新規採用された。

1994年1月に、第4代施設長として専任の早川教授が就任し、同年5月からは国立大 学動物実験施設協議会会長校として、1996年5月まで協議会活動を総括した。特に、

1995年1月の阪神淡路大震災に際しては、被災地神戸の神戸大学医学部附属動物実験施 設への救援活動に協議会会長校として協力した。また同年11月には、協議会主催で、国立 大学動物実験施設技術職員研修を、全国の国立大学の動物実験施設職員を集めて辰口共同 研修センターで、3日間にわたり開催した。現在この研修会は、文部省主催の国立大学等 動物実験施設教職員高度技術研修として継続しており、1997年度の研修にはSCS(space collaboration system)によって本学からも参加した。

1996年6月には、施設開設20周年を記念して講演会を開催した。講演会では、徳島大 学医学部の桑島正道助教授による「全身性カルニチン欠乏の病態 −JVSマウスの教えて くれたこと−」と題して、当施設で発見されたカルニチン欠乏症マウスを用いた研究が紹 介された。次いで、本学保健管理センターの中林肇教授の「血中膵・消化管ホルモンを感 知する門脈神経機構とその生理学的意義」と題して、長年の施設でのイヌ・ラットを使用 して得られた膨大な研究成果が紹介された。同年8月には遺伝子操作動物の利用増加に伴 う、遺伝子導入のためのウィルスベクターの安全性と動物実験の倫理を遵守する立場から、

施設利用要項を改訂し、動物実験委員会の組織が改められ、大島徹教授(法医学講座)が 委員長に選出された。

利用状況の変遷

1978(昭和53)年10月に施設運営が開始されて以来、利用は徐々に増加し、1995年 度実績では、宝町地区からの施設利用講座部門50、研究テーマ237、年間延べ入館者数約 12,000名、主な一日平均飼育動物数はおよそマウス7,000、ラット2,300、ハムスター 200、モルモット200、ウサギ250、ネコ30、イヌ120である。平成に入ると、教育学部、

理学部、工学部からの利用もあるようになり、飼育動物においては、イヌ、ネコの利用数 減少に対して、トランスジェニックマウス、遺伝子ノックアウトマウスなどの遺伝子操作 動物の利用が増加している。

このような施設を利用しての研究成果は、年間で口頭349編、印刷206編(1995年度)

と発表されている。なお、1978年からの毎年の利用状況、研究成果リストは『金沢大学 医学部附属動物実験施設利用報告書』として隔年に刊行されている。

教官の研究

施設の設置目的に沿って、施設開設以来、研究目的を動物実験の精度の向上と倫理的な 遂行に置いて行っているが、教官定数の不足もあり、すべて学内の他講座・部局、及び他 研究機関との共同で行われてきている。

開設当初から昭和50年代は、マウスの補体など、血清成分の遺伝的変異の研究をがん研 究所・分子免疫部と、寄生虫抗原の動物での反応性について、吉村施設長の寄生虫学講座 とそれぞれ共同で行った。また、1979年度から1988年度まで厚生省の難病の疾患モデル 調査研究班に参加して、疾患モデル形質の遺伝解析と新しい系統の育成・研究を行った。

1981年からは、二階堂浩子博士(現非常勤職員)が専修生として研究に加わった。

1985年からは、薬学部放射薬品化学教室と共同で、複数突然変異を持つ免疫不全マウ スの系統の育成を開始し、1994(平成6)年にはこれが完成し、現在学内外と共同で、

これらの系統の有用性の検討を行っている。

1985年に施設で発見された脂肪肝を発症する突然変異マウス(JVSマウス)は、鹿児島 大学・大阪大学・徳島大学などとの共同研究により、カルニチン欠乏症のモデルであるこ とが明らかになった。この研究は現在まで続いており、その成果は10数編の研究論文とし て発表されている。

1990年から1年間、小泉助手が米国ジャクソン研究所でヒトとマウスの遺伝的相同性 の研究を行った。また、1992年から3年間、がん研究所分子免疫部、カロリンスカ研究 所(スウェーデン)との形質細胞腫の発生機構についての国際共同研究に参加した。

1993年8月には、JICAプロジェクト「中国実験動物人材養成センター」による遺伝学 的統御及び育種技術の研修のために、中国科学院から派遣された汪歌講師が外国人受託研 修生として1年間研究に参加し、1995年4月より同プロジェクトによる研修生、孟雁講 師を3ヵ月間受け入れた。

1978年から現在まで、文部省科学研究費がん特別研究、がん重点研究の実験動物委員 会に参加し、がん研究のための実験動物の維持・供給・情報についての支援活動を行って おり、1990年から2年間は文部省科学研究費(総合A)の交付を受けて、大学などで維持 されている実験動物の有効利用についての調査研究も行った。

技術職員人事と業務

開設時には、講座、事務所属の動物飼育担当者の配置換えにより事務官1、技官5、技 能補佐員2名であったが、翌1979年には配置換えなどによって、技官3名、技能補佐員 1名が増員された。空調機器管理、飼育器具の洗浄作業は、これとは別に業者委託とした。

同年には飼育長制度が設けられ、橋本松太郎技官が学長から初代の飼育長に任命され、現 在の多賀たか子飼育長(1996年度就任)に至る間に、中尾好夫、小林昭一、津田政儀各 技官が飼育長に就任した。また1990(平成2)年11月には、本多登美夫技官が施設管理 主任に昇任し、さらに1993年4月、医学部に技術部が組織化されると、生体機能班の技 術主任に就任した。1990年までは、部局間の振り替えによって人員が確保されており、

1991年には内本淳技官が新規採用者としてはじめて配属され、翌年には鷺直由季子技官 が新規採用されたが、それ以後は新規の採用はなく、停年退職職員の補充はされていない。

そのために、1991年度から一部飼育管理業務を業者委託することとなった。

職員の業務は、当初の動物飼育管理から、最近は衛生管理のための微生物検査、特殊動 物の系統維持などにわたり、1994年からは、遺伝子導入動物作出支援のために必要なマ ウス初期胚の操作技術(凍結保存、体外受精、胚移植)の改良・錬磨にも取り組んでいる。

学外的には、1979年に施設職員を中心に日本実験動物技術者協会北陸支部が設立され、

第19回日本実験動物技術者協会総会(1985年5月)、第29回総会(1995年5月)が、本 多登美夫技官はじめ施設職員が中心となって、本学医学部で開催された。

現状と展望

動物実験の適正な実施の場としての施設整備の当初の目的は、一応達成された。しかし ながら、最近の医学研究の高度化と研究動向の変化に対応するためには、施設設備の近代 化が必要不可欠となっている。特に遺伝子導入動物を用いた研究の急増と、高齢化社会に 対応した脳神経分野の研究の増加に対しては、施設の支援無くしては成立し得ない。既に 文部省主催の施設教職員高度技術研修のプロジェクトが始まっているが、施設設備の近代 化と人材の確保並びに支援システムの開発に加え、全国の動物実験施設との連携、施設職 員の技術水準の向上が急務となっている。関係各方面の理解と協力が必要である。

3 医学科臨床講座の沿革と業績

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