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が出ている。以上は,実験学校り4,5両学年に見られた判別力の結果である
が,協力学事と比較してみると,絹当に学校差のあることに気づく。中でも,興味があることは,ことばにつL>ての意識は比較的都市部(N校,実験校とも
に東京)が高く,書式,形式への意識は,ここでは,たまたま,地方が高い。(H校は農村,M校は民間の小都市)一方,後述の学習経験の有無・度合調査 によると,手紙やはがき丈の書き方を学校で学習した順位は,H校・M校・N
校・実験校である。実際に書く場合の結果をも含めてs・手紙の書式等に関する 技能的な面は,地域性よりも学習4)有無,度合ビ強い関連があり,ことばづかいの方では,むしろ,地域性,日常生活から感覚的に磨かれる,家庭でのしつ けなどに左右されるといったことが考えられる。もっとも,M校では,教室 で,相轟,ことばに対する指導はされているようであり,(もんだい6⇔に対
する,反応の仕方によって察せられる)この手紙文の上でも,意識としても,技能としても,かなり身についでいることがわかる。ただ,興味のあること は,先生に対する敬意表現は,かなりついているにかかわらず,自己方の呼称 の知識,感覚は低いことで,このあたり,地域性があるのではないかと思われ
る。
協力学校の,もんだい6⇔に対する,他の反応をあげておこう。(この時期
の児童の作交評の実態がわかり,参考になる。)もんだい一
(内容について)
九州は寒くない(H校5,N校5, M校1,以下絞を省略)
小林くんはじめはへんだ(H・4)
自分はかぜをひかないということがぬけている(M・3)
語る人の名が書いてない(N・エ)
(1日章について)
全体を自分で書きかえている(N・1)
かんたんに書けている(H・3)
もっとくわしく長く書くとよい(H・ 3)
おとなぶって書いている(母が流感)(H・2)
(ことばに対して)
わたくしもおかげで→わたくしもとする(N・ユ)
烹20
寒くなりましたから→……のでとする(N・2)
おまへもはへんな使い方だ(N。1)
大川先生へみちおよりとした方がよい(M・2)
東京は寒くなりましたから→東京もとしたい(N・3)
では先生かぜをひかないようにと先生を入れる(N3)
おとうさんおかあさんとい5ことが書いてない(H・1)
(父母という表現を否としている)
(その他)
いたずらをしても時にはめられることがあるという所がよい(H・3)
良分ももっと親孝行をしたいと思った(H・1)
事解不明のもの(N・4,M・1),無筈(H・1, N・4)
もんだい二
(内容について)
九州は寒くない(N・5)
小林くんはじめは不要(H・2,N・1)
私もおかげではいらない(H・1,N・2 その醒由として,先生のおかげで かぜをひかなかったのではないから書かない方がよいとい5のがあった)
野饗論議臆意藁慈い!(・…N・2)
おかあさんにほめられた時の喜びが霧いてない(H・1)
交響祭は3臼と決まっていない(Mi2)
条件より他のことを書いている(M・2)、
(厚薄について)
⇔の方がeよりくわしく書いてある(H・6,蕪・エ)
二枚とも団じごとが書いてある(N・1)
書ぎ方がよくなっていて,5年生の交とは愚えない(}1 ,1)
アラジンの所だけ がくわしすぎる(N・1)
アラジンの勝がよく書けた(M・7)
自分の役を最後に書く(M・1)
(ことぽに対して)
東京塗寒く……→東京杢とする(M・1>
ふしぎなランプをしました→やりましたとする(M・2)
rおまえも」は乎紙女のことばではなく話すことばだ(M・1)
どうか批評してくださいでは,だれがするのかわからない,先生を入れる (M ・ 11)
お大切になさいでは,何を大切にするのか書いてない(H・2)
かぜをひかないようには不要,↑お体に気をつけてくださいと書く(M−2)
小林くんはじめを小林くんをはじめとする(M・1)
流感よりもかぜカミよい(H・1)
やったので→やりましたので(M・1)
おとうさんやおかあさんによろしくとする(H・ユ)
みちおより先生へとした方がよい(M・ 13)
書き重しを一字下げて書く(H・1)
大川先生をいちばん先に書く(H・1)
(その他)
みんな一心にしたので劇のひょうばんがよかったのだと思う(H・1)
おかあさんの病気を畢く聴してください(旺・1)
いたずらの子でも,時にはよいことをする(H・1)
文意不明(N。2, M・1) 5【檎答(N●8,
M●2)
これらを見ると,中学年での紅紙文の鑑賞,判別テストで,4年生に見られ た,作文の観点からでない,一般の常識や,膚分の価値意識からの評価もかな
りあるが,4年生では見られなかった,作文そのものの鑑裳能力が芽生えてい ることがわかる。ことばづかいに鮒する意識も,このテス}でねらった敬意表 現という観点ではあまり現われなかったが,正しい表現という立場からは,か
なり磨かれていることがわかり,ことに,M校ではそれが目立った。 (中にはことばとがめに類するもの,誤りもある)このことは,M校が平生,そうした
指導を行なっている反映と思われるが,にもかかわらず,ここでとりあげた,目上の相手に対することばづかいのうち,自己方の表現意識は低い。(あるい は5年の段階で,指導対象としなかったのであろう。)こうしたことから,箭 にみたように地域性との関連も考えられるのである。中には「父母」としない で,おとうさん,おかあさんと書くように(H校)というのもあった。なお,
手紙の書式が徹底しすぎて,文宋の「……によろしく」のパタ・・一ソを,うのみ
にした児童が「おとうさんやおかあさんによろしくとする」とわざわざ箒正し
ているというような例も,協力校でもあった。手紙を霞:いた経験・学習の有無・度食と書くカ
5年のころになれば,伝達性が出てくるから,手紙文を書くことができると
いっても,手紙IS( 1・こは,むしろ,その機能や目的から,慣習的な形式,独爵な 122表現が要求される。したがって,経験や学習の義眼に大きく左右されるはずで ある。そこで,実際に書かせ,鑑賞半捌させると同時に,付帯調査として,児 童に,手紙を書いた経験や学習の有無やその度合を調べたのが,次の結果であ
る。