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4. 単子音・重子音の有標性の例外とその音声学的基盤

4.3. 借用語における無声閉鎖音・有声閉鎖音の非対称性(有標性の例外)とその音声学的基盤

4.3.2. 音声学的説明:英語話者に対する産出実験(実験 4- 5)

実験4- 5:概要

分析に用いるデータベースは、s, shの産出実験において4名の日本語話者(男性2名、女性2名)、 2名の英語話者(前出の2名)に発音してもらった音声である。分析対象とする語およびその後が入れ て読まれたキャリア文は以下のとおりであった。なお、各被験者は自分の母語の単語のみを発音して いる(例えば、日本語話者は日本語のキャリア文に各語を入れたもののみを発音し、英語のキャリア 文は読まなかった)。既述のとおり、データベースには各被験者の各語の 10 回分の発話がキャリア文 に入れた状態と単独の状態のそれぞれについて存在する。これらの発話について、C/W、C/preV、C/postV を求め、分析に用いた131

表 65. データベースに含まれる語

日本語 英語

ターゲット語

pabasu pabaQsu pabas

pabashu pabaQshu pabash

pabapu pabaQpu pabap

pabaku pabaQku pabak

pabab pabag キャリア文 これは~です。 Say _ again.

予測

この分析においては、英語の無声閉鎖音(p, k)と有声閉鎖音(b, g)の持続時間の分布が異なって いるか、そして、それらが日本語の非促音・促音の領域の領域のどちらに属しているかを調べる。当 然のことながら、日本語の促音は非促音よりも子音持続時間がより長い方向に分布することが予測さ れる。英語の子音持続時間に関しては、先行研究から、英語の無声閉鎖音は有声閉鎖音よりも持続時 間が長い(C/preVやC/postV などの指標に基づけば、これらの値が高い)ことが予測される。その上 で、英語の無声閉鎖音は日本語の促音の領域に属するのに対し、英語の有声閉鎖音は日本語の非促音 の領域に属するという結果が得られれば、借用語に見られる無声閉鎖音・有声閉鎖音の非対称性は英 語の音声的特徴に原因があって生じたと見なすことができる。一方、仮に英語の無声閉鎖音と有声閉 鎖音の持続時間に差がなければ、借用語の非対称性の原因を英語の音声的特徴に帰することはできな いことになる。

また、この分析においては、すでに議論したs, shについても日本語と英語の持続時間の分布の重な りについても議論する。借用語におけるs, shへの促音挿入の非対称性は日本語話者がshに促音を感じ やすいという知覚的な特徴を持っているために生じたということを議論したが、英語側の原因につい ては英語のs, shの持続時間に大きな差がないということ以外には、特に議論してこなかった。日本語 話者の知覚において見られた摩擦の音色の影響(sh により促音を感じやすい)は促音判断においては

131 川越・荒井(2007)では語全体の持続時間も指標の一つとして挙げられているが、本研究の被験者 は同一言語内であっても発話速度にばらつきがあったため、指標としての信頼性にかけると判断して 分析から除外した。同様の理由で、子音の絶対持続時間も発話速度の影響を大きく受けるために分析 から除外した。

2次的な手がかりであり132、一般に、2次的な手がかりは主要な手がかりの情報が曖昧なとき(促音・

非促音の判断で言えば、子音持続時間が判断境界付近にあるとき)に強く影響する(Mann and Repp 1980,

Whalen 1981, 1991, 他)。つまり、shに促音を感じやすいという日本語話者の知覚が促音判断に最も強

く影響するのは、英語のs, shが日本語の促音・非促音の境界付近に分布しているときであることにな り、このときにはs, shの促音挿入の非対称性が日本語話者の知覚によって生じた可能性が非常に高い ことになる。逆に、英語のs, shの分布が日本語の促音・非促音の境界付近から離れれば離れるほど、

摩擦の音色の影響は生じにくいことになり、日本語話者の知覚はs, shの非対称性を生じさせる要因の 一つではあることは間違いないけれども、その影響はそれほど大きくないと解釈されることになる。

結果

まず、言語ごとの結果を提示し、その後言語間の比較を行う。なお、すでに報告したように英語お よび日本語のs, shの持続時間には実質的な差がないという結果が得られているが、閉鎖音に関する仮 説(英語側原因説)がs, shについても当てはまるかどうかを確かめておくこと(英語のs, shの持続時 間が日本語話者のs, shの非促音・促音のどちらの領域に属するかを調べておくこと)は有意義である。

よって、以下では無声閉鎖音・有声閉鎖音の他にs, shについても同様の分析を行った。

日本語

日本語については、閉鎖音・摩擦音ともに非促音・促音の分布ははっきりと分かれていたが、非促 音・促音の分布がよりはっきりと分かれているのは閉鎖音の方であった。図 11~図 14はX軸にC/W

を、Y軸にC/preVの値をとって散布図を描いたものであるが、閉鎖音の方が摩擦音よりも分布が明確

に分かれていることが見て取れる。この傾向は語がキャリア文中にある場合でも、単独で発音された 場合でも同じであった。李(2007)でも、閉鎖音に比べて摩擦音のC/preV値は重なりの度合いが強い という指摘がなされており、この点において本研究の分析結果は李(2007)の分析結果を追認するも のであった。

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6

C/W

C/preV

非促音p, k(文中)

促音p, k(文中)

図 11. 日本語の閉鎖音(p, k)の促音・非促音の分布(キャリア文中)

132 促音・非促音の判断における主要な手がかりは子音持続時間である(藤崎・杉藤1977)。

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6

C/W

C/preV 非促音s(文中)

促音s(文中)

非促音sh(文中)

促音sh(文中)

図 12. 日本語のs, shの促音・非促音の分布(キャリア文中)

0 1 2 3 4 5 6 7

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6

C/W

C/preV

非促音p, k(単独)

促音p, k(単独)

図 13. 日本語の閉鎖音(p, k)の促音・非促音の分布(単独発話)

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

C/W

C/preV 非促音s(単独)

促音s(単独)

非促音sh(単独)

促音sh(単独)

図 14. 日本語のs, shの促音・非促音の分布(単独発話)

Y軸にpostVをとって散布図を描いた場合(図 15、図 16)にも同様のことが当てはまる。図から、

C/postVは最も非促音・促音の分布の重なりが多く、C/Wが最も分布が分かれていることがわかる。つ

まり、今回の分析結果においては、C/preVおよびC/WがC/post Vに比べて信頼できる指標であった133

Hirata (2007)は促音・非促音を最も正確に分類できる指標はC/postVであると述べており、この点で本

研究の結果とHirata (2007)の見解は矛盾するようにも見えるが、Hirata (2007)の議論は促音に後続する 音節の母音がa, e, oである語のみをターゲット語として分析したときの結果であり、本研究(促音に 後続する音節の母音がu)とは条件が異なることは指摘しておく必要がある。この点については今後の 検討課題とするが、尐なくとも本研究のデータベースに基づいた場合、C/preVまたはC/Wによって促 音・非促音の違いを説明できるといえる。

0 1 2 3 4 5 6

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6

C/W

C/postV

非促音p, k(文中)

促音p, k(文中)

図 15. 日本語の閉鎖音(p, k)の促音・非促音の分布(C/postVを用いた場合)

0 1 2 3 4 5 6 7

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6

C/W

C/postV 非促音s(文中)

促音s(文中)

非促音sh(文中)

促音sh(文中)

図 16. 日本語のs, shの促音・非促音の分布(C/postVを用いた場合)

133 これは、すでに報告したとおり、本研究のデータベースにおいてはC/post Vの値のばらつきが最も 大きかったことからも納得がいく結果である。

英語

英語に関しても、キャリア文に入れた状態および単独発話のデータについて、X軸にC/Wを、Y軸

にC/preVの値をとって散布図を描いた(図 17~図 20)。閉鎖音に関しては、無声閉鎖音はC/W、preV

とも有声閉鎖音よりも高い帯域に分布していた。これは英語の無声閉鎖音の方が有声閉鎖音よりもよ り日本語の促音に近い方向に分布していることを示すものであり、音韻的な事実と同じ方向性を指す ものである。摩擦音s, shに関しては分布はほぼ重なっており、音韻的な事実とは沿わない結果が得ら れた。すでに議論したように、英語のs, shの持続時間やC/Wなどの指標には有意な差は見られなかっ たことから、このようにs, shの分布が重なることは予測の範囲内である。以上の傾向は、語がキャリ ア文中にある場合にも単独で発音された場合にも当てはまる傾向であったが、相対的な位置関係は文 中も単独も大きく変わらないのに対し、各指標の値は文中と単独とでは大きく異なっていた(この点 で日本語とは大きく異なっている)。この点については後ほど言語間の比較の際に詳しく議論する。

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4

0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3

C/W

C/preV

英語p, k(文中)

英語b, g(文中)

図 17. 英語の無声閉鎖音と有声閉鎖音の分布(キャリア文中)

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 1.6

0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 C/W

C/preV

英語s(文中)

英語sh(文中)

図 18. 英語のs, shの分布(キャリア文中)

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

C/W

C/preV

英語p, k(単独)

英語b, g(単独)

図 19. 英語の無声閉鎖音・有声閉鎖音の分布(単独発話)

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

C/W

C/preV

英語s(単独)

英語sh(単独)

図 20. 英語のs, shの分布(単独発話)

日本語と英語の比較

ここでの議論の目的は、英語や韓国語の音声が日本語の非促音・促音のどちらに近いのかを考察す ることである。前出のデータに基づき、日本語・英語の比較を行う。

まず、英語と日本語の音声をC/WとC/preVを指標とする散布図に基づいて比較する。図 21~図 24 は上で報告した日本語と英語の散布図を重ね合わせ、比較しやすくしたものである。ここで重要な点 は、英語では文中か単独かによってC/WやC/preVの値が大きく変動するのに対し、日本語では相対的 に文中か単独かによる値の変動が尐ないことである。この結果、文中では英語の閉鎖音・摩擦音はと もに日本語の非促音の領域に分布することになるのに対し、単独では有声閉鎖音を除けば日本語の促 音の領域に分布することになる(無声閉鎖音に関しては非促音と促音の領域の中間に位置しているよ うにも見えるが、川越・荒井(2007)が挙げている 3 モーラ語・4 モーラ語の C/W 最適境界値(0.27) に照らし合わせて見ると、ほとんどは促音の領域に入っているものと見なせる)。英語の有声閉鎖音は 文中・単独とも日本語の促音の領域に入り込むことはなかった。これは英語からの借用語において有