2. 閉鎖音の調音点の有標性とその音声学的基盤
2.6. 調音点の有標性への音声学的説明:知覚実験
2.6.2. 結果
図は各実験条件におけるC1正答率の平均値を示したものである。結果の分析には、Kochetov and So
(2007)と同様に多変数の ANOVA を用いた。本稿の実験における変数は、実験の条件(条件①~④)、
被験者の母語(日本語/中国語)、V1(a, i, u)、C1(p, t, k)、V2(i, u)、C2(p, t, k)、V3(a, i, u)の7 つである。この6つすべてを要因として取り入れて分析をすることは不可能ではないが、主効果と交 互作用を合わせて127個(7C1 + 7C2 + 7C3 + 7C4 + 7C5 + 7C6 + 7C7 = 7 + 21 + 35 + 35 + 21 + 7 + 1 = 127)に も及ぶパラメータを扱わなければならず、解釈が困難になることが予想される。また、全ての要因を 取り入れてしまうと分析における個々のセルのデータ数が減ってしまい、信頼できる結果が得られな くなってしまう可能性がある44。Kochetov らの実験結果との比較および Junのスケールの検証をする ために不可欠なのは C1と C2、そして被験者の母語であり、これらは要因に入れておく必要がある。
また、本稿の実験の目的の一つは先行母音の違いによる影響を確認するためには、V1も要因に入れて
43 例えば、先行母音がaであるときのp, t, kの正答率がそれぞれ70%, 50%, 30%であったと仮定する。
また、先行母音がiであるときには正答率が80%, 60%, 40%であったとする。このとき、調音点をプー ルした先行母音aのときの平均正答率は50%、先行母音iのときの平均正答率は60%であり、平均に 差はあるがp, t, kの相対的な正答率は同じ(p > t > k)である。先行母音によって違いがあると述べて いる先行研究では、この平均正答率の違いを問題にしている。こうした議論においては、p, t, kの相対 的な正答率は先行母音によって異ならないということが前提となっている。しかしながら、平均正答 率が違わなくても、p, t, kの相対的な知覚しやすさは異ならない場合もありうる。例えば、先行母音が uであるときのp, t, kの正答率がそれぞれ30%, 50%, 70%であったとしても、やはり平均では50%とな る。この場合、先行母音がaのときと平均正答率は同じであるが、調音点ごとの相対的な正答率は異 なっている。先行研究では交互作用の有無(調音点ごとの相対的な正答率が先行母音によらず同じで あるかどうか)を確認した上での平均の比較が行われていないので、このような場合に先行母音がa のときとuのときとで結果に差はないと判断してしまう可能性がある。
Junのスケールで問題となっているのは調音点ごとの相対的な知覚しやすさであるから、調音点ごとの 相対的な正答率の違いが問題となる。つまり、たとえ平均の正答率が異なっていても、調音点ごとの 相対的な正答率が同じ(ここで挙げた例では先行母音がaのときとiのとき)であれば問題にはならな いが、平均の正答率が同じであったとしても調音点ごとの相対的な正答率が違っていれば(先行母音 がaのときとuのとき)それは問題となる。
44 多変数の回帰分析において、「経験則では、独立変数の数の10倍の対象データが集められることが 望ましい」(Dawson and Trapp 2004: 259)という意見がある。多変数のANOVAは独立変数が名義変数 である多変量の線形回帰分析と見なして実用上問題はないことから、このガイドラインは本稿の分析 にも当てはまるものと考えられる。6つの変数をすべて取り入れてしまうとこの基準を著しく満たさな くなるため結果の信頼性に問題が生じる懸念がある。
おく必要があった。一方、本研究ではC1の相対的な知覚しやすさを対象にしており、絶対的な正答率 の差はそれほど重要な検討対象ではないため、その他の要因については必ずしも取り入れる必要はな いと考え、以下のように扱うこととした。
まず、実験の条件については、図からも明らかなように条件によって正答率は大きく異なっている。
また、条件と各要因との交互作用も存在していることが統計的検定をかけるまでもなく明らかであり、
データを条件ごとに分けて検定をかけなおす必要が出てくることがあらかじめ予想される。よって、
実験の条件については検定の要因から除外し、最初からデータを条件ごとに分けて分析を行った。
Kochetovらの分析でも同様の手法が取られているため、同じレベルでの比較が可能である。次に、V2
については、無声化する母音がiのときとuのときとではそれに先行する子音(C1)の音質が大きく 異なるため、V2の違いによって異なる結果が得られる可能性がある(以下で議論するように、結果的 にはV2によって結果に若干の違いが見られた)。そこで、データをあらかじめV2がiである場合とu である場合に分け、実験の条件とクロスさせたうえで各条件について検定を行うこととした。最後に、
V3(C2に後続する母音)については、調音結合によってC2に後続する母音がC1の知覚に影響を与え る可能性も論理的には存在するが、Junのスケールにおいても知覚実験関係の先行研究においてもC2 に後続する母音によって C1の判断が大きく影響されるという指摘は(筆者の知る限り)存在しない。
よって、V3については誤差としてプールすることとした。
分析にはSPSS (15.0.1 J)の線形混合モデルを使用した。被験者は被験者の母語によって層化され、
要因は反復測定と定義された。C1における調音点の相対的な知覚しやすさを明らかにするために、分 散分析によってC1の主効果が有意であると判断された後、Bonferroniの信頼区間調整による下位検定
によってp, t, k間の正答率に差があるかどうかを分析した。C1と他の要因との交互作用が見られた場
合には単純な主効果の比較はできないので、その要因の各水準におけるC1の主効果を再度分析し、そ れが有意であった場合には下位検定を行うという手順を採った。従属変数は各被験者のC1正答率とし た。率を対象となる場合、率をarcsine変換してから分析にかける方法がしばしばとられる(Rietveld and
van Hout 2005)。しかし、本稿の実験結果では変換の有無によって結果が大きく変化することはなかっ
たこと、また、Kochetovらの分析でも変換は行われていないことから、結果をより直接的に比較する ことが可能になるとの判断から、以下では変換を行わなかった場合の検定結果を提示し、それに基づ いて議論する。
以上の指針に基づいて分散分析と下位検定を行った結果、以下の結果が得られた。
条件① V2 = iの場合
C1、C2の主効果が有意であった(C1: F2,520 = 19.6, p < 0.001; C2: F2,520 = 5.2, p < 0.01)。また、母語×C1、 V1×C2、C1×C2、母語×V1×C1の交互作用も有意であった(母語×C1: F2,520 = 3.7, p < 0.05; V1×C2: F4,520 = 4.0, p < 0.01; C1×C2: F4,520 = 10.1, p < 0.001; 母語×V1×C1: F4,520 = 2.9, p < 0.05)。それ以外の要因は有意ではな かった。
C1の主効果(C1の調音点ごとの平均正答率)の下位検定の結果は、k(95.9%)がt(91.3%)よりも 正答率が高く、tはp(85.6%)よりも正答率が高いと言えることが明らかとなった。また、C2の主効 果(C2の調音点ごとのC1の平均正答率)の下位検定の結果は、C2がpであるときのC1正答率(93.8%)
がC2がtであるとき(88.5%)よりも高く、C2がkであるとき(90.4%)にはpとtのどちらとも差が なかった。ただし、C1および C2が関与する複数の交互作用が有意であったため、これらの主効果に よって単純にC1の調音点の相対的な知覚しやすさを議論することは適切ではない。そこで、有意な交 互作用があった要因に関してはさらにデータを分類してから全体の検定と下位検定を行い、C1の調音 点ごとの相対的な知覚しやすさ(正答率)に差があったか、また、C2の調音点の違いによって C1の 知覚しやすさが異なるかどうかを分析した。結果は以下のとおりとなった。
C1の調音点ごとの相対的な知覚しやすさは被験者の母語によって異なっており、さらに複数の要因 が相互に関わりあってC1の相対的な知覚しやすさが決定されることが明らかとなった(表 14)。日本 語話者では、C1の調音点ごとの正答率はC2によって異なっていた。C2がpのとき、kが最も正答率が 高く、pが最も低い、そしてtはk, pのどちらとも差がないという結果が得られた。また、C2がtのと き、kとpがtよりも正答率が高いという結果が得られ、C2がkのときにはkとtがpよりも正答率が 高かった。一方、中国語話者ではC1の調音点ごとの正答率にV1とC2が共に関わっており、V1がiで かつC2がkであるときと、V1がuでかつC2がkであるときに、tがpよりも正答率が高く、kはt, p のどちらとも差がないという結果が得られた。
C2の調音点の違いによるC1の知覚しやすさに関しては、単純にC2の調音点だけによって決まるの ではなく、C2とC1およびV1とが相互に関わりあってC1の正答率への影響が決まることが明らかとな った(表 15)。C2の影響が見られたのは、C1がpでかつV1がiまたはuのときと、C1がtでV1がi またはuのときであり、それ以外ではC2の調音点によってC1の正答率には差が見られなかった。C1 がpでV1がiのとき、C2がそれぞれp, t, kであるときのC1の正答率(日本語話者と中国語話者の平
均)は90.3%、88.9%、69.2%で、C2がp, tであるときとkであるときとの間に差が見られた。C1がp
でV1がuのとき、C2がそれぞれp, t, kであるときのC1の正答率は92.2%、81.1%、78.3%で、C2がp であるときとkであるときとの間に差があり、tはpとkのいずれとも差はなかった。C1がtでV1が iのとき、C2がそれぞれp, t, kであるときのC1の正答率は95.3%、76.1%、95.6%で、C2がp, kである ときとtであるときとの間に差が見られた。C1がtでV1がuのとき、C2がそれぞれp, t, kであるとき のC1の正答率は96.9%、81.1%、98.6%で、C2がp, kであるときとtであるときとの間に差が見られた。
なお、C2に関して母語が関係する交互作用は存在しなかったので、C2の影響に関する以上の結果は日 本語話者と中国語話者双方に当てはまるものであった。
V2 = uの場合
V1、C1、C2の主効果が有意であった(V1: F2,520 = 5.6, p < 0.01; C1: F2,520 = 9.5, p < 0.001; C2: F2,520 = 5.1, p < 0.01)。また、母語×V1、母語×C1、母語×C2、V1×C1、C1×C2、母語×C1×C2の交互作用も有意であっ