6. 結論
6.5. 間柄の社会へ
1970 年代をピークに、地域主義や村落回帰等の共同体論は非常な盛り上がりを見せた。
まさに、高度成長を目の当たりに、村々が消えていく情景とそれに付随する文化の消失に 何としても歯止めをかけなければならないと言う危機感の高まりがあったことが推察され る。しかし、そうした村落の崩壊は止めるすべもなく、村落への資本の流れとともに自給 自足形態は急速に失われ、21世紀の現代を迎えている。松本健一は、1976年7月刊行の『思 想の科学』の「共同体に生きて」という特集に対し、寄稿した著者らが、共同体を「郷愁 の対象としてのみ」扱っていると難じる。と言うのも、著者らのほとんどが若者であり、
近代的な生活に安住した上で村落を郷愁の対象として見ているため、新たに共同体を求め たり、再編したりという動きにつながらないと批判するのである(松本, 1978, p. 71)。
共同体を、外枠で囲まれた社会集団として客観的に考察することは、社会構造の把握と して必要であるとしても、共同体が本当に評価されるべきところは、日々の生活や人々の 相互連関のうちにあった実体としての人間のつながりではなかっただろうか。しかし、そ うした人間の間柄は、現代の社会問題への打開策として研究の俎上に載せられてこなかっ た。
<私>のデモクラシーを追求した宇野は、<私>意識をさらに磨くことが他者の必要を 再認識することにつながると説き、小田中は、個人が「自ら立てた規範に従い、自らの力 で行動」できる力、すなわち自律をいかに導くことが出来るかを模索した。頼みの綱は個
143
人たる自分自身であるというこうした認識は、現代ますます高まっていると感じる。個人 であることはもはや否定されず、それではいかにして自分にしか興味のない個人を、社会 的関心を持つ個人に導くことができるかということになる。
外と内が明確に切り分けられた共同体から、ゆるやかな現代のコミュニティへと変遷し、
さらには、そうした集団の外枠自体が不明瞭となり、流動性が高まっている。バウマンは、
不確実で流動的な現代社会を、液状化する社会として描写した。現代社会に浮遊する個人 は、いかにそれぞれの方向性を見極めるのか。
今日、不足しているのは、指針、道案内となる形式、法規、規則である。とはいっても、
われわれ現代人はみずからの想像力だけを頼りに、生活様式をゼロから、好きなように うちたてているということではない。また、社会からの資材や青写真の提供を、まった くあてにしていないということではない。そうでなくて、あらかじめ帰属がきめられた
「関係集団」の時代から、「全般的比較」の次期へ移行しつつあるのである(Bauman & 森 田, 2001, p. 11)。
社会構造から脱埋め込みされ現代の個人は、自己形成のための道案内が見つからない。
「関係集団」の弱まりは、個別の制度や意味体系の喪失を意味し、物事の価値基準が「全 般的比較」に委ねられるようになる。それは、脆弱な個人と脆弱な集団の生成を意味する。
ベラーは、「お互いどうしから人を切り離そうとするラディカルな個人主義は、実は強い 個人主義ではなく弱い個人主義を作り出す」と警笛を鳴らす。個人と集団の関係は、「どち らかが強くなれば、他方が弱くなるようなゼロサム状況にあるものでは」なく、むしろ、
ある種の強い個人主義を支えるためには、ある種の強い共同体が必要なのだ。そこで、ベ ラーは、個人と共同体が相互に支え合う、「社会に根を下ろした倫理的個人主義」の意義を
主張する(Bellah et al., 1991, pp. vi–vii)。しかし、こうした主張は、これまで確認してきた近代
的自我の延長という位置づけから、離れるものではない。ベラー(1991)は、アメリカの個 人主義を「もっとも深いアイデンティティ」と表現する(Bellah et al., 1991, p. 174)。
共同性は、個別具体的な他者との関係性を「間柄」として築き直し、固有の意味体系を 与えていく相互性の上に築かれる。間人主義を唱えた浜口恵俊が言うように、人を「人間」
ではなく「個人」と置くことは、他者との関係を自らのために活用すべき財と捉えること から逃れえず、その関係は「処分可能な客体であり、無条件で尊ばれるべきもの」として 捉えられないのである。こうした関係は、もろく互いの恣意によって崩れやすく、不安定
144
性をカバーするための契約も守られる保証はない。「個人」の関係性は、利害と戦略による 認識を支持し、自己にさえ客体としての評価を与えることとなり、自己の否定にも通じる。
しかし、「他者との相互包摂的なかかわりのなかで自らの行動主体性を保とうとする」人間
(浜口の言葉では間人)にとって、対人的な意味連関は自分自身となる(浜口, 1998, p. 86)。 従って、いったん結ばれた間柄は維持・発展させようとする力がはたらき、関係の安定性 につながる。間柄が有する関係の安定性は間柄の最大の利点なのである。
流動的で不確実な社会において、近代的自我を前提する社会のあり方を見直し、「間柄」
の基底性は人々を孤独から引き出し、それと同時に自分自身を形成する他者との相互連関 性が真の共同性を築くのである。
最後に、ここまで論じてきたことは、「間柄」概念の再定義であり、現代社会に潜在しつ つも一般的に認められてこなかった「間柄」の位置づけを見直す作業であった。今後、こ の概念自体のさらなる発展とともに、いかに現実社会に応用していくかという検討が、現 実社会との双方向的なやり取りを通して必要となってくる。人間は、近代哲学で長く信じ られてきた個人という存在ではなく、常に他者との関係性において成り立っているという 事実は、脳科学においても明らかにされてきているという(村井, 2007; 開 & 長谷川, 2009)。 こうした関係体としての人間とそれから成る社会が多面的に解明され、現代あるいはこの 先の社会における基底的概念として理解されることは、現在ますます広がりつつある分断 社会からの解放の糸口となるに違いない。そうあることを信じて、今後も間柄を理念とし ても実践としても深められていくことを望む。
145