5. 間柄が形成する共同性
5.3. なぜ共同性に間柄を求めるのか
共同性は必ずしも間柄を前提しない。家族のような、ゲマインシャフト性を有するコミ ュニティは、明文化されずとも生活全般において互いに助け合う共同性を持つ。また、企 業や学校のような共同の関心の追求のために設立された組織体(アソシエーション)にお いても共同性は不可欠である。それでもなお個人化の進行が懸念され、共同性の再興が叫 ばれている。その陰には、「コミュニティのコミュニティ性の喪失」が挙げられる。コミュ ニティのコミュニティ性の喪失とは、逆に言えばアソシエーション性の増大としても説明
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しうる。現代の地域コミュニティに当てはめて考えてみると、コミュニティはかつての共 同体のように一体的な結合体として存在せず、自治会等で決められた美化清掃作業や防 犯・防災、祭りなど切り分けられた目的に応じて機能分化的な共同性を求める。人々の働 き方の変化からコミュニティ活動に割く時間が減少し、地域の共同作業も、合理性や生産 性の向上が要求される。これにより、割り当てられた作業を最小限の労力でこなすことが ここでの目的となり、地域の課題に共同で取り組むという総合的な目的やそれぞれの活動 に付随する付加的価値はほぼ失われる。付加的価値とは、住民同士のコミュニケーション や共同意識の醸成、情報収集の機会を言う。マッキーヴァーの分類に即して言えば、コミ ュニティとは、明確な目的を持つアソシエーションとアソシエーションに属さない個や活 動を包含する形成体と規定されることから、自治会の統合性、包括性が失われた時点で、
個別のアソシエーションしか残らなくなる(図18)。特に、マンション等の集合住宅におい ては、自治会業務の外部委託という選択肢も考慮されるようになってきており、そうした 地域において、共同性は完全に失われ、個々の家庭は地域コミュニティを意識する機会を 失うのである。
図 18 コミュニティのアソシエーション性の増大
では、家庭の場合はどうだろうか。共働き家庭の増加や核家族化に伴い、家事や子育て、
介護等の負担が社会問題化している。その中でも、夫婦の役割分担に注目が集まり、それ ぞれの家事・育児内容やかける時間が比較され、それによって夫婦の家庭への貢献度が測 られるようになっている。図19は、家族におけるアソシエーション性と間柄の実体を示し たものである。夫婦は、ゲマインシャフトの典型と捉えられるが、家事分担の負担度によ って夫婦を認識する仕方は、夫婦をパートナーという名前で呼ぶにふさわしいゲゼルシャ
コミュニティ アソシエーション 成員
清掃
防犯
祭 防災
自治会機能 の外部化
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フト的な見方でとらえている。また、そうした負担の軽減策として、かつては家庭の内部 で消化されていた家事・育児の外部化が浸透しつつある。自治会の例では、自治会業務が 外部委託されることで、住民がコミュニティに意識を向ける機会の減少が指摘されたが、
家庭においても、家事や育児が外部化されたり、子供の成長に伴って負担が軽減されたり した場合、家族の関係性も失われるのであろうか。そうではなく、健全な家族であれば、
負担の軽減により家族の余暇時間が増加したり、個別の活動が増加したとしても家族の崩 壊に直結するとは考えにくい。この違いがどこにあるかと言うと、集団内の構成員が役割 や共通目的とは独立的な相互関心を持つということにある。こうした関係性の根底にある つながり、これが「間柄」の存在である。
図 19 家族からアソシエーション性を取り除いた場合
地域コミュニティと家庭の事例は、あくまでも典型を示すことで理解を促す意図があり、
必ずしも例示した通りの結果が得られるわけではない。自治会業務が外部化されることで、
コミュニティの文化的活動への余力が生み出されたり、家庭の負担が減ることで、互いの 接点が減少する可能性もありうる。しかし、ここでの関心は、アソシエーションで言う特 定の目的が希薄化したときに、成員それぞれが他者との関係を維持しうるかどうかという 人間の根底的なつながりの有無である。この問題は、理想性を含めたいわゆる「コミュニ ティ」への帰属が解消を促すのではなく、いかなる集団においても、個々の成員が「間柄」
を育んでいるかどうかにかかっているのである。
共同性の根底に「間柄」を位置づける動機は、さらに次の3つの利点が挙げられる。
(ア) 共同性の一過性の解消
(イ) 序列化・利益の不平等な分配の防止 (ウ) 共同性の常時確保
まず、(ア)共同性の一過性とは、例えば、予算の終わりが事業の終わりといった例であ コミュニティ アソシエーション
成員
家事
育児
趣味
間柄 役割の減少
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る。政策であれ、会社の企画であれ、採算の合わないもの、将来性が低いと認められた事 業は予算が打ち切られ、活動が中止される。また、まちおこし等の地域活動も補助金を獲 得した期間は、地域が新たな勢いを得るが、予算が終了した時点で跡形もなく消えてしま うという例は多々ある。しかし、そこに予算に守られた共通の目的とは別の次元において 関係者らがつながりを持っていれば、自発的な勉強会として継続されたり、再挑戦の機会 を伺ったりといった持続性が期待できる。アソシエーションは、そもそも共同の関心によ って束ねられた集団であり、その関心を超えて共同性を期待することは難しいが、その根 底に個々が「間柄」を形成することで、共同性維持の可能性が高まるのである。
次に、(イ)序列化・利益の不平等性とは、共同体の成り立ちに関係する。共同体の基点 が、家族などの特性の異なる個人が組み合わさった集団から始まり、それが能力別に分業 化し、役割の違いが身分関係の発生につながったことは先に説明した(1.1参照)。農業技術 の発展とともに上下関係が形成されたように、共同性が能力主義に回収されてしまっては ならない。共同性には、組織的な統合性、安定性、合理性が必要である一方で、間柄の対 等性が共同性を補強することが理解されなければならない。長谷川は、フリーライダー問 題を提起したマンサー・オルソンに従い、人々を共同性に向ける誘因の特定を試みる。そ れによると、「自発的な協力行動を得るためには、目的それ自体と密接に連関して報酬的な 意味をもつ表出的な精神的価値(「目的的誘因」と呼ばれる)と、他者との協働的なかかわ りのなかで享受できる精神的価値(「連帯的誘因」と呼ばれる)を提供するしか途はない」
(長谷川, 2000)。間柄は、後者の連帯的誘引として機能する。ただし、この場合、相手との協
働的なかかわりによって肯定的価値を得る場合と、否定的価値を回避する場合が存在する。
と言うのは、間柄における他者は、利益を与えてくれる存在としてのみではなく、負担を 背負わされる存在としてあることが前提されるからである。例えば、ボランティアに参加 する際には、間柄にある他者との協働やそれを通して何かを得ることを喜びとして捉える 場合と、参加しないことで起こりうる衝突を避けるための回避的手段として捉える場合が ある。後者は、例えば、配偶者から参加の意義を強く訴えられたため、など「仕方ないな ぁ」の心境である。
(ウ)共同性の常時確保とは、共同性に適応力(融通性)と瞬発力を持たせることを言 う。共同性は、外枠のある社会集団において組織的に構成された場においてのみ力を発揮 するのではなく、日常的に、また災害などの緊急時には、そうした帰属に関係なく必要と なる。このため、組織の立ち上げや目的の共有、明文化以前に共同性を有する常時性が保 たれなければならない。すなわち、組織化の必要や固定された目的に縛られない共同性は、
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必要な時に、現場の状況に応じて必要な支援を提供できる能力である。もちろん、間柄を 形成した特定の相手にのみ発揮されるわけではなく、そうした間柄性を理解することで見 知らぬ他者への意識が培われる。
また、草の根的な活動を、社会的・政治的な運動と連結させるためにも、間柄関係を基 礎とした共同性が要求される。特定の目的のみで結ばれた自律的個人ではなく、相互連関 のうえに成り立つ間柄による共同が、個別の苦悩や問題を共同的に解決する、もしくはそ の問題を個人的な問題ではなく“社会的課題”として、より高次の組織等へ提出する、あるい は水平的な連携により解決策を模索する方向へといざなう。