3. 間柄の自律
3.2. 間柄の充実
3.2.3. アソシエーションと間柄
倫理は間柄のうちにおいて規定され、またその連鎖性ゆえに中庸が保たれることを論じ てきたが、では、間柄の持つ相互作用が負の連鎖をもたらす可能性はないのだろうか。「間 柄」を「近代的自我」と対置させ、その有効性を説くなかで、否定的側面にも目を向けな ければならない。
近代的自我に含まれる「我」は日本語においてマイナスのシンボルとして認識されてき た。我を張る、我を通す、我が強い、などに現れるように、角が立つ結果や事を荒立てる 結果を招く「我」は避けられるべきものとしてある(金田一, 林, & 柴田, 1988, p. 42)。『日本 語百科大事典』によれば、我を張ることで角が立つ結果を招くよりも、「和を旨とし、他者 と折リ合イヨク、緊張は円クオサマルように努めるのがリコウな処世法」(原著の強調線は 引用者により削除)なのであり、そうした志向を表す日本語の存在が日本人の間柄性を如 実に表している(金田一 et al., 1988, p. 42)。同様に、秩序(年齢、社会的地位、役割)をわき まえず、「出すぎる・出しゃばる・分を知らぬ・身の程を知らぬ」ことは忌み嫌われる行動 であり、日本人が重んじる人と人との間の行動基準がそこに明確に表れる。
ということは、人間は間柄にあるからこそ、柳田の言う外部制裁が公衆道徳の成長を促 す利点が存在する一方で(序文参照)、波風を立てる個人的な行動が咎められる風潮が強く、
正しい方向へ導こうとする力さえも出る杭として打たれるということも認めなければなら ない。個人として意見し、個人として賛同する関係性は、自律した個人からなる社会、す なわち西洋の近代社会においては何ら特別なことではないかもしれない(政治的な圧力等 に脅かされるのでなければ)。しかし、間柄社会においては、他者が成し遂げようとする正 義が自己の不利益になる場合に、それを避けようとする、あるいはそれに対して無関心を 装う態度が起こりうる。波風を立てないように努める社会に対抗するためには、先駆者た る「個人」が自律的に行動することが求められるわけである。しかし、その個人は、実際 は「人間」として間柄の中に存在するため、それを振り切る勇気が必要となる。さらに、
間柄を振り切り自己の主張を突き通したとして、次に必要なのはその主張に共感する賛同 者であるが、その賛同者もまた、その主張が世間で認められる度合いが低いほど、間柄に 阻害されうる。
間柄に縛られる日本社会では、「世間」が評価基準となり、世間に馴染まない振る舞いは 淘汰されるしかないのであろうか。世間に反する振る舞いを遮る「間柄」の内実を見返し
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てみる。例えば、深い悩みを抱える人が相談相手を求める場合、その相手は、親や先生と いった「資格」で決まるのではなく、真に間柄の関係にあるかどうかで決まる。なぜなら 間柄は、その属性や特性に与しない単独性を有するということであり、借金を背負った、
いじめに遭っている、犯罪に関与してしまった、などその悩みの事柄によって相談者を判 断しないことが前提されるからである。
引きずられる間柄とは、実際には間柄が形成に至っていない関係性、契約や資格などの 言葉で表される単一的な関係性にあることで起こる。ゲゼルシャフトやアソシエーション34 等の契約・利益社会に関係性が位置づけられる場合、その集団において掲げられる理念や 目的がそこに属する成員を束ねており、その理念に則る限りにおいて充実した関係性が形 成される。しかし、その理念に含まれない側面においては保証の域を離れる。理念から離 れると利害関係や特定の属性における役割が先行し、無関心や否定的態度として現れるこ とも考えられる。一方、間柄にあるということは、そうした属性によらない、目的性に縛 られない人格的な関係性を前提している。このため、自分の価値観や主張が間柄に影響を 及ぼすほどの非人格的側面を持たない限り、主張が間柄によって阻まれることにはならな い。従って、他者とつながっていること自体が負の連鎖を招くのではなく、契約や利益等 の限定的な関係が阻害要因となるのである。これを克服するには、利益関係にある相手と 人格的で属性に依らない関係性を築き、利害関係と同時に間柄関係を構築することが必要 となるのである(図11)。
図 11 利害関係と間柄の位置関係
利害関係に間柄が重層的に重なることは、間柄が持つ特性が会社等の契約関係に賦与さ
34 特定の目的を達成するために意識的につくられる集団。学校・会社・組合など。機能集 団⇔〔比較〕コミュニティ:地域性と共同性を基礎にする社会。マッキーヴァーが社会類 型の理念としてとらえた概念。国家・都市・町村など、帰属意識と連帯性をもつ地域社会 をさすこともある。共同社会。(梅棹, 1995)
(b) 利害関係と間柄の一致 (a) 利害関係と間柄の不一致
利害関係 間柄 利害関係・間柄
理念 理念
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れることを意味する。それは間柄の持つ、切れないつながり=安定性である。ゲマインシ ャフトに基づくコミュニティのみならず、アソシエーションにおいても「間柄性」を構築 することで、安定性が得られる。例えば、会社の同僚はアソシエーションの成員として、
その資格において互いを認識し合うだけではなく、同期であったり、同じプロジェクトに 参加したメンバーであったりと多様なきっかけを通して、より近しい間柄を築くことがあ る。また既に間柄の関係にある親子関係においても、扶養や義務といった言葉で説明され る関係性ではない、人間的なつながりが前提されることで、互いの立場・役割に左右され ない実質的つながりが形成される。そうした関係性が、たとえ役割や資格が失われた後も 継続され、関係の安定性として現れる。
間人主義を提唱した浜口は、他者との契約によって成り立つ「社会関係」と異なり、「間 柄」は、関係の合理性や有効性を高めようとする駆け引きはかえって逆効果であるが、一 定の要件を満たすことで、「社会関係」よりも高い安定性を保つことができると言う(浜口,
1998)。その要件が以下のものである。
(1) よく話し合って互いに同じ「間柄」に属する「間人」どうしであることを再確認 する
(2) 相手を信頼し、理解し合おうする努力
(3) 相手に対する思い遣りや相手の立場の尊重
(4) 「分」をわきまえ、相手との協調・妥協をはかる
もちろんこれらは、人間の態度として必須の要件ではあろうが、「間柄」における必須要 件としての意味合いは弱い。「間柄」を「コミュニティ」に置き換えても通用するであろう し、むしろ「同じ間柄」という表現は、固有の人間的な相互連関である間柄にあるという よりは、社会集団(コミュニティ)一般への属性をイメージさせる。
しかし、浜口は、こうした他者への思いやりや信頼が間柄を安定に導くとして、江戸中 期の信州松代藩家老で、勘略奉行35を務めた恩田木工民親の藩行政を引き合いに出す。恩田 の「拙者不忠の儀御座候はゞ、如何様の御仕置仰せつけられ成し下され候とも、その節に 至りし少しも御恨み申すまじく候」という誓い、つまり、自分にかかる権力をもしも不正 に使用することがあれば、どのような処遇も甘んじて受けるとした、相互信頼と依存の姿 勢こそが行政改革を成功に導いたのだと浜口は言う。
35 倹約と財政整理のための責任者(笠谷和比古、『『日暮硯』と改革の時代:恩田杢にみる 名臣の条件』、PHP研究所、1999年)
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さらには、そうした態度は、浜口が1979年に実施した生活価値観についての社会調査に おいても確認されたと重ねて主張する。当該調査においては、「ひととうまくやっていくに は…」という未完成文を自由記述にて完成させる方法にて回答を得た。その結果、相手に 対して戦略的な働きかけをするよりも、相手に対する自分自身の認識態度に良き「間柄」
を形成する鍵があると考える人が多数を占めることがわかった。