5. 間柄が形成する共同性
5.4. 共同性はいかに可能か
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必要な時に、現場の状況に応じて必要な支援を提供できる能力である。もちろん、間柄を 形成した特定の相手にのみ発揮されるわけではなく、そうした間柄性を理解することで見 知らぬ他者への意識が培われる。
また、草の根的な活動を、社会的・政治的な運動と連結させるためにも、間柄関係を基 礎とした共同性が要求される。特定の目的のみで結ばれた自律的個人ではなく、相互連関 のうえに成り立つ間柄による共同が、個別の苦悩や問題を共同的に解決する、もしくはそ の問題を個人的な問題ではなく“社会的課題”として、より高次の組織等へ提出する、あるい は水平的な連携により解決策を模索する方向へといざなう。
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も欲望に応じて任意に消費することが許されている(平井, 1973)。提供された富や労働が共有 されるとはいえ、家族の成員はそれぞれが衣類や靴、煙草、化粧品、趣味の用具など私有 財産を保有することから、家庭においては、部分的に共産主義を実現していると言える。
一方で社会においても部分的に共産主義は存在する。社会を見回すと、周囲には公園や 学校があり、橋や道路が建設され、街灯が灯され、地域の治安維持のために警官が存在し、
家庭で排出されたごみは定期的に回収される。こうしたサービスや環境による利益は、差 別なく誰でも受けることが出来る(Shaw & 藤本, 1953, p. 29)。その代わりに人々は税金や料金 を支払い、公園を使わないから支払わないということにはならないのである。しかしこの 支払いは、財産すべてを差し出すわけではなく、それぞれの収入に応じて差し出すのであ り、拠出の少ない者も多い者もあるいは旅行者など支払いを行わないものも平等に公共物 の使用を認められている。このように私有財が部分的に社会化され、個々人が使うかどう かや必要かどうかにかかわらず、物資やサービス等の利益(富)として社会に分配されて いるのである。
地域コミュニティに置き換えると、こうした富の分配は、土地や私的所有物に限らず、
能力や時間、いわゆる労働としても代替できる。例えば、公園や道路などの共有地におけ る草ぬきや溝掃除などの共同労働により景観美としての富が社会化される。しかし、行政 サービスに見られる税金や料金としての提供と、地域コミュニティにおけるそれと大きく 異なる点は、より直接的に私的財産・労働(時間)を提供するということと、自発性を伴 うことである。家庭内や公的サービスの享受において、人々は意識せずとも、能力に応じ て労働し、欲望に応じて消費する共産主義を実行している。このように、共同性は生活の 一部において日常的に実現されている。では、そうした共同性の実現の背景にあるものは 何か。
5.4.2. 贈与と交換
次に、贈与と交換の理論を用いて富の社会化を検討してみる。なお、贈与と交換という 行為は、必ずしも他者との共同性を要するわけではないが、先の集合行為論の定義「社会 運動に参加する個別の行為者の行為」に基づき、「他者との相互連関にける個別の行為者の 行為」として共同性のうちに含めて論じていく。贈与は、互酬性(reciprocity)の原理に基 づく交換関係である。贈与には、そのお返し(反対給付)が付随するが、その両者に等価 性は求められず、ただお返しという行為がなされることに重きが置かれる(柄谷, 1992, p. 351)。
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家庭内や地域コミュニティにおいては、通常この贈与によって交流がなされる。内山(2010) は、自身の山村生活において贈与にまつわる集落の慣習を見た。村人が自身の畑で採れた 作物を別の集落の知人に贈与するところからお返し合戦が始まるのである。内山は、野菜 の運搬の運転を頼まれたことで事の成り行きを見守ることになり、そこで繰り広げられる、
決して成文化されない作物の交換ルールを知る。その年の日照等によって場所ごとに出来 不出来が存在することから、自分のところでよくできたものを出来の悪かった地区に持っ ていき、代わりに自分のところで出来が悪かったものをお返しにもらう。そうした収量の 平均化が「交換」という営為によってなされる(内山, 2010, p. 35)。ここでは、心理的債務感 ではなく、共同体の精神と作法によって贈与交換関係が成り立っている。決してここに経 済取引における交換のタームを用いることはできない。つまり、自らが「何らかの種類の 使用価値を生産」できないものを贈与するという商品価値の理論から交換がなされるので はなく、自らの使用価値よりも他者の使用価値を考慮し合うという心理的作用によってこ とが成り立っている。
こうした贈与や交換によって供与される富は等価性が求められない。しかし、贈与、例 えば友人への土産や誕生日プレゼントなどは、贈り物にともない負い目の感情が相手に受 け入れられる。その上で返礼がなされ、その繰り返しにより友好関係が発展する(下川, 2011)。 しかし、この贈与の量や質において、同等の返礼が困難な場合、負い目の感情のみが残り、
送り主に対する受け手の従属的な地位を位置づけることが起こる。これを仮に「送り手と 受け手の関係性」とすれば、それに加え、こうした贈与は、ボールディング(1974)による と、積極的な「愛」からの贈与と消極的な「恐怖」からの贈与に分けられると言う(Boulding
& 公文, 1974)。さらには、この「積極的」贈与には見返りを求める・求めない、の区分が存
在する。下川は、見返りを求める・求めない、を区別せずに論じるが、下川によって提示 された事例は明らかに、打算的と見られるもの(見返りを求める)と友好関係を築くため のもの(見返りを求めない)との二面性が確認できる。下川が挙げた事例を上述の区分に 従って整理したものが表1である。さらに細かく分類すれば、見返りは、プラスを期待する ものとマイナスを回避するためのものがある。前者は、先輩にプレゼントを贈る代わりに 気に入られることを期待するものであり、後者は、贈与を行うことで危害を避ける(仲間 外れにされたくない)ことである。ただし、下川は、成田善弘の指摘(贈り物は愛と恐怖 混合体である)を示しつつ、こうした贈り物の性質は、二者択一的なものではなく、しば しば両価的な感情を含むことが多いということへ注意を促す。
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表 1 贈与のモデル(下川(2011)を参考に筆者作成)
送り手と受け手の 関係性
a
対等な両者間の贈与(愛からの贈り物)
b
上位者から下位者への贈与c
下位者から上位者への贈与(恐怖からの贈り物)
A ⇔ B A
↓ B
A ↑
B
積極性
見返り 求める
仲間外れにされたくない
恋人に嫌われたくない
=打算的関係
地位を守るため
嫉妬心を抱かれないため
慕われたいがために食事を 奢る
先輩に気に入られたい
神仏への救済を求める寄 進・喜捨
租税システム
見返り 求めない
友人への旅行土産
誕生日プレゼント
=友好関係
進んで部下の面倒を見る 先輩への感謝の気持ち
領主の尽力に感謝した良民 からの贈り物
慈悲の心による勧進活動
消極性 見返り 求める
貢ぎ物
周りと足並みをそろえるた めのお中元・お歳暮
しかし、この見返りを「求める」・「求めない」の違いが、下川が問題とする、「贈与」か ら「交換」への転換という時間経過的変遷に示唆を与える。表1のcのモデルが示す、下位 者から上位者への「愛」の贈与が、いつしか先例化、慣例化し、租税のように扱われると いう贈与の性質の転化がしばしば確認されるという(下川, 2011)。この転化が起こりうる土台 というのが、「間柄」形成の有無と言えるだろう。下位者が上位者へ「愛」の贈与を行って いた時には、この両者には間柄の関係があったことが予測される。この両者は、上位と下 位という身分的な関係に加え、それと同時に「間柄」の関係を形成していたからこそ「愛」
の贈与が存在しえたのである。しかし、その行為が模倣されるうちに、贈与を行う者と受 ける者との間には身分的(資格的)関係のみが残り、「間柄」が喪失する。ここに、「贈与」
から見返りありきの「交換」への転化が起こるのである。
ちなみに、「贈与」と「交換」の歴史的な展開の中における「贈与」の重要性は、ボール ディングや下川らによって指摘されている。「贈与の論理が支配的な前近代社会から、交換 の論理が支配的な近代資本主義社会へという理解」は、フランスの人類学者クロード・レ ヴィ=ストロースが示した、贈与から交換へという進化の図式にも表れるように、一般的 となっている(下川, 2011)。しかし、ボールディングのように、贈与という概念をことさらに 重視し、むしろ贈与の重要性は急速に増しているとする考えは、下川が提示する現代にお ける6種類の贈与からも説得力を増す。6種類の贈与とは、(1)市場経済が取り込んだ贈与
(バレンタインデー・ホワイトデー)、(2)市場経済を支える贈与(経済的交換の契約のた