2. 個人の自律
2.3. 大衆化と個人化
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トクヴィルによると、自己利益あるいは自己犠牲の回避という人間の本性からわれわれ は逃れることはできず、「正しく理解された自己利益」という形でのみ社会やモラルの構築 が可能であるという(宇野, 2010, pp. 152–153)。正しく理解された自己利益とは、自己犠牲に よる奉仕ではなく、日常的に行われるささやかな協力関係の構築が、個人の弱さを共同で 克服することであり、長期的に見て自己の利益を求めるところにある(佐々木, 2009, p. 187)。 コミュニティにおいて、隣人との挨拶が地域の安全すなわち自己の安全につながり、地域 の清掃活動への協力が自己の周囲の環境美化につながるように、無理のない協同の態度の うちに自己利益を包含する価値意識が形成されうるという主張である。
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& 志水, 1994, pp. 530–531)。永井陽之助は、志水速雄によるアーレントの『人間の条件』(1973)
の日本語訳出版時に、帯への評論で次のように述べた。
現代の高度産業社会は、機械に代表される単純労働の価値を低め、余暇と手仕事に新た な可能性をうみだしている。しかし、実用と効率のみで人生の価値を測ろうとする不毛 な便宜主義の風潮がいまだ消えていないし、マルクス以降、「労働」を不当に尊重し、社 会問題の解決のみが人間生活のすべてであるかのような迷妄がながらく支配してきた。
本書は、これらの現代神話からわれわれを解放し、「永遠」と「不死」の観念にみちび かれた、ギリシア的な公共の生活----「政治」と「芸術」の人間活動の復権を高らかに謳 っている(永井, 1994)。
アーレントは本書にて、人間の活動的生活を構成するものを、「労働」、「仕事」、「活動」
という3つの能力に類別した。そして、断定こそしないものの、そのうちの「労働」が過度 に評価される近代社会を批判し、それに代わって、人間の政治的動物としての能力が開化 する「活動」、および自然の生命循環のうちに消失されない「人工的」世界を創出する「仕 事」の台頭を強く謳う23。永井は、高度成長の終わりに、アーレントが謳った「仕事」(余 暇と手仕事=芸術)の再興への光を見出すも、根強い便宜主義と「労働」が不当に高い地 位を獲得する世の中を認識する。アーレントが渇望する「活動」は、個人が個人として政 治的議論を交わすギリシア的な公共生活をモデルとした。しかし、近代化以降、はたして 個人が個人として立脚する社会は形成されてきたのだろうか。少なくとも日本においては、
前近代から現代に至るまで、個人が自律し成熟を重ねてきたという事実は見られない。上 述の柳田とアーレントの引用はいずれも戦後の同時代に書かれたものであるが24、人々が大 衆化し、同調行動に走る傾向は、それから30年を経た昭和の終わりにも見られた。
酒井は、昭和天皇が様態を崩した 1988年の秋を「死亡前お通夜」という衝撃的な言葉で 表現するとともに、その期間における人々の異様な一体感を次のように表現した。
感情が閉じられ完全に均質化された共同体の「限定的エコノミー」の内部で生じ、ひと
23 日本語訳を担当した志水は、アーレントと対面した際に、3つの活動的生活のいずれを 尊重すべきと考えているかという質問を投げかけた。それに対してアーレントは、いずれ かが重要であるというものではなく、3つに類別されるということを示したと回答したが、
志水は、「労働」の不当な尊重と「仕事」を重視する姿勢を彼女との対談から読み取った(『人 間の条件』あとがきより)。
24 柳田国男『日本人』初版1954年。ハンナ・アーレント『人間の条件』初版1958年。
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から悲しく感ずることを期待されているから悲しみ、同情することを期待されているか ら同情することになる。同情は同調と全く重なり合ってしまうのである。したがって、
共感は共同体の感情転移の結果以外の何物でもなく、そこからは他者の他者性は徹底的 に排除されることになるのである(酒井, 2007, p. 85)。
個の立脚はあえなく挫折し、共同体的な同調意識と他者性の排除が残るのみであったと、
酒井はその時期の光景を国外から見て評した。1988年 9 月に昭和天皇の様態悪化が伝えら れて以降、国内は自粛ムードで覆われ、祭りや祝い事の中止、社会・経済の停滞など、広 くその影響が及んだ(朝日新聞, 1993)。同様の自粛ムードは、2011 年の東日本大震災以降に も見られた。祭りや花見の自粛がメディアを介して世の中に浸透し、消費活動の抑制から 景気の下降にもつながったことが確認されている(内閣府, 2011)。こうした重大な出来事に直 面した際に、人々が自粛という行動を取ることの可否はここでは問題ではなく、いわゆる
「ムード」という実体のないものに人々が付き動かされる大衆性が注目される。
アーレントは、古代ギリシアのポリスに見られた「活動」(=「政治的生活」)が、時代 の移り変わりとともに「社会的生活」と同一視されるようになったことで、個々人が異な るアイデンティティを発揮し意見する場=「公的領域」が失われ、人々が画一的に平準化 され、大衆的に行動する「社会的領域」に取って代わったと難じる。「公的領域」であるア ゴラに人々は集まらず25、世間と呼ばれるような「社会的領域」にて人々は烏合の衆と化し た。このことは、近代が目指した個人が責任とともに意思決定する自律に反して、現代は 匿名的で無責任な個人が放たれた状態であると言える。
白洲次郎もまた、戦後の世の中を俯瞰し、「プリンシプルのない日本」として、日本人の 物事を貫き通す勇気や筋のなさを嘆く(白洲, 2006)。これは、古き良き日本人の矜持を懐古す るといった類のものではなく、戦後の国際社会との摩擦を肌で感じる中で、特に西洋人と 接する上ですべての言動を貫く、まさにプリンシプルの必要性を説くものであり、今日の 日本においてもなお切迫感を持って論じられる。明治維新以降の日本社会の風潮、すなわ ち集団主義から逃れられない日本人の弱さとも言うべきものであろう。竹井は、白洲の言 う、日本人のプリンシプルのなさを受けて、「現代日本でひとびとが連帯し社会をかたちづ くるもととなる「共同性」が喪失の危機にさらされつつあることとも関連する」と指摘す
る(竹井, 2007, p. 9)。そもそも前近代の共同体において、「共同性」は、個人のプリンシプル
25 後の章(5.2)にて論じる通り、バウマンはアゴラを「私的/公的領域」と表現するが、
このアーレントの意味においても、私的な個人が意思表示を行う公的な領域として存在す ることを示唆するため、齟齬は生じないと見る。
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は要求せず、集団生活の必要として生じたものであった26。しかし、現代においては、個人 がプリンシプルを持たないことが「共同性」の喪失に関係するというのである。竹井は、
この論理を明らかにしない。だが、のちの論述において、日本人のプリンシプルのなさが、
戦後 GHQ によってもたらされた憲法やデモクラシーを借り物のままにしているという白 洲の言葉を引き、その洞察を称えることから(竹井, 2007, p. 283)、「共同性」が、個々人のプ リンシプルと言う内実を伴わない、形骸化した概念となりうることを懸念しているのでは ないかと推察される。少なくとも、コミュニティという言葉が独り歩きする現代において、
その可能性は否定できない。