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第3章  道徳性の発達段階の再構成

第2節  討論型授業の概観と問題点

 第2節では、道徳授業で行われているモラルディスカッションやディベート による討論型の授業の特徴や問題点を考察し、ディスクルスによる道徳授業を 明確にしていきたいと考える。

1モラルディスカッションによる道徳授業

 モラルジレンマ授業は、子どもたちの道徳性の発達を促すことをねらいとし、

道徳的な価値葛藤の資料を用いてディスカッションを行い、最終的な解決策を 示さずにオープンエンドで終わる。主な授業の流れは図1に示す通りである。

ディスカッションを通して判断・理由づけの吟味を行うという点は、モラルジ レンマ授業の大きな特徴であるとし、荒木は次のように述べている。

 ディスカッションにおいては、まず最初に「自己と他者の考えの相互批判

・吟味(ディスカッション1)」を行い、その後「自己と他者の考えの相互 の練り合わせ(ディスカッション2)を行なう。その際、教師の役割は重要 である。児童・生徒の意見表明、意見交流をうながし、相互の意見の練り合 わせができるように発問を工夫しなければならない(9)。

 ディスカッションの目的は、学級内で合意を形成することではなく、子ども たち相互の判断・理由づけに触れさせることにより、個々の道徳性の発達段階 を上昇させることにある。よって、子どもたちを主体にした話し合いは可能で あるが、それを誘導する教師の積極的な関わりも必要とされ、話し合いにおい て教師の戦略的行為の介入の危険性が考えられる。つまり、教師のねらいとす る価値に方向づけるということが可能となる。このことは、終末のオープンエ ンドと関係して、子どもたちは他者の意見と調節することはなく、自由に自己 の考えを述べるのみなので、大きな反論が生じることはないのである。

 オープンエンドについては、「主として判断はそれぞれの自主性に任せられ、

(9)荒木紀幸編 『続 道徳教育はこうすればおもしろい』北大路書房、三997年、蓋78頁。

一80・

一つに収束するものではないという意味でオープンエンドである」⑯とされ ている。モラルジレンマ授業において、道徳の問題が個人の判断に委ねられて

しまっているという批判をかう点である。

[第一次 一時間目]      図1授業モデル(1時間)⑳

①ジレンマ資料を読む。(登場人物、問題の背景   ジレンマの内容や道徳的な価値等をしっかり   共通理解させる。)

②共通理解の徹底のために小集団討議(バズセ

 ッション)を活用する。      ,       、

       1       置        ロ

③授業の終わりに、主人公は葛藤場面でどうす  l      l

       l       1        コ       ロ

 べきかを、その理由と共にカードに書かせる。 l      l

       響       5        ほ       ロ

[第二次 二時間目]         i      i

       暉       1        き       ロ

①葛藤場面を再確認する。       l       l

       l       厘        ロ       ロ

②子どもたちが書いた理由づけを中心に、道徳  l      l

       ロ       ロ

 断路段階で低次から融の考えを幅広く分i       本

       =

 類した理肉づけカードを示す。それぞれに自i時

       :

 分の意見(賛成・反対)を書かせる。1の

       :

③自分の書いた意見や疑問に基づいて詣し合い1学

       ;

 をしていく。そのとき意見の対立点や一致点  :      習        :

       ほ      き

 を明確にする・(モラルディズ加シ・ン1) i        i

       ロ       ロ

④教師は適宜に高い考え方やゆさぶり発問をは l       l

       蟹      1        ロ      き

 さみ、考えの至らないところや矛盾に気づか  ;      1

       置      u        コ       ほ

 せる。(モラルディスカッション2)      l       i        ;      ・

       ロ      コ

⑤小集団とクラス全体によるディスカッション◎ 一…一一一…一…一一…一一一一…。…一… 」  子どもたちはそれぞれに色々な意見を考慮したより広い視聾に立った意見に練り上げる。

⑥自己の最終判断と理曲づけをカードに書き込む働。

モラルジレンマの提示

@ (状況の確認)

第一次判断・理由づけ

齢 需 ● 一 庸 一 願 一 , 塵 一 喩 層 一 聾    口 ロ 一 一 〇 購 一 〇 9 一 鞘 , 麟 齢 離 鱒

意見の分類・整理

  学級集団による

c宴泣fィスカッション1

@(質問・疑問・意見)

討論内容の焦点化

小集団または、学級集団による

@モラルディズカッション2

討論内容の整理・確認

最終判断・理由づけ

(10)荒木編、前掲書、110頁。

(1D荒木紀幸 『ジレンマ資料による道徳授業改革一認一ルバーグ理論からの提案一』明治図   書、1990年、165頁。

(12) 同上、 正62〜 164頁。

剛81一

2 ディベートによる道徳授業

 ディベートは、ある一定のルールに基づいて行う討論ゲームである(!3}。定 義については、様々な表現がされてはいるがそのいずれもが、以下に示す松本 の定義に含まれるものである⑯。

1

2 3 4 5 6

あるひとつの論題をめぐって行われる。

相対する二組の間で行われる。

一定のルール(人数、進行方法、審査方法など)に従って行われる。

議論は断定ではなく、立証されたものでなければならない。

最後に、何らかの形で判定される。

目的は、①真理の探求、②意志決定、③問題解決である。

 ディベートは、討論の一種ではあるが、他の討論と決定的に違うのはゲーム としての討論であるという点である、ゲームとして成立するためには、一定の ルールが必要であるが、そのルールについては次のように定められている働。

ノレール1 ルー・ル2

ルール3 ルール4

ルール 5

論題をきめる。

形式的に肯定側・否定側の二つの立場をきめる。

立論・反対尋問・最終弁論の三つの要素が必要である。

勝ち負けの評価をする。

時間をきめる。

 ディベートの効用として石川は、「今、最も問題なのは、大人も子どもも話 し合いによって問題を解決することに慣れていないことだと思います。自分の 意見を持ち、それを主張できるようになったとしても、一方通行では何もなり

ません。意見の異なる相手に対した時、説得力のある話し方、話し合いの仕方、

そして、決定の仕方などを知っておくことが大切です。ディベートを教えるこ とは、民主主義とは何かを教えることにもつながるはずです」㈲と述べ、こ

(13)岡本明人 『授業ディベート入門』教育新書、1992年、董7頁。

(14)松本道広 『やさしいディベート入門』中経出版、1982年、21頁。

(15)雪上、18頁。

(16)石川哲史 『ディベートで話しことばを鍛える』明治図書、蓋995年、12頁。

。82一

の手法を身に付けた日本人が増えれば、国際社会でも認められるようになるは ずであると主張している。したがって、小学生から教えていくことの必要性も 述べられている。

 また岡本は、「ディベートでは、ある一つの立場を形式的にきめます。自分 の考えとは関係なく、肯定側・否定側のどちらかの立場に立つのです。だから、

ディベートは「人」と「論」を区別できない日本人にきわめて適切な討論形態 なのです」と述べ、「論理的思考」に基づく討論の訓練方法として最適である とも述べているq7》。さらに、ディベートと道徳授業については、「『道徳』授 業にとって重要なのは、言うまでもなく、『行動命題』を論議するディベート である」㈹と述べ、道徳授業でディベートを行うことが望ましいと断書して いる。しかし、荒木によると、ディベートとモラルディスカッシ3ンの形式上 の違いを以下のように4点述べ、コールバーグの道徳性発達理論を前提とし、

児童・生徒の道徳性の段階的発達をねらいとするジレンマ授業において、ディ ベートは軽々に用いるべきものではないのであると主張している㈲。

1.贔後がオープンエンドである。

2.自分の本当の意見を表明できる。

3.話し合いの途中でも自分の立場を変えることができる。

4.自由に発書できる。

 ディスクルスにおいては、戦略的行為が否定されるのに対して、ディベート では、「とにかく勝つことが目的にされるわけですから、あらゆる手段を使っ て勝とうとします」鋤と述べられているように、自他の発言は自分の立場が 勝つための道具であり、手段とみなされる。

 ディスクルスでは、ハーバーマスの言う「理想的発話状況」を目指すため、

自己と他者への誠実性が要請され、自己の発言は他者を言い負かしたり、説得 するための道具ではない。他者の誠実性に基づいた発言に自分の心が動いたな

(17)岡本、前掲書、25頁。

(18)同上、211頁。

(19)荒木、前掲書、181頁。

(20>岡本、前掲書、32頁。

一83一

らば、それに対しても誠実でなければならないという点にディベートとの大き な違いがある。つまり、ディベートではある立場の一貫性が追求されるのに対

して、ディスクルでは各人の誠実性が求められるのである。また、ディベ↓ト では、信念よりも論理性や説得性が求められるのに対し、ディスクルスでは自 分が信じられる考えや納得できる考えに向かって変わっていくというしなやか

さ、誠実さこそが求められるのである。

 討論型授業のそれぞれの比較を、まとめると表2のようになる。

表2 討論型授業の比較

ヂィペート モラルディスカッション ディスクルス 最後に勝敗判定がなされ オープンエンド クローズエンド る。内容に関してオープン 個々の判断に委ねる. 合意形成をしていく。

エンド

自分の考えとはまったく別 自己の本当の意見(自己が正し 自己の真理性要求、正当性要求、

に、 肯定側・否定側が強制 いとする意見)を表明すること 誠実性要求を自由に提示でき

的に決められる。 淋できる。 る。

途中で自分の立場を変える 様々な立場に役割取得して考え 視麿転換演自由に行われる。デ ことはできない。一つの立 ることが可能である。 イスクルスを通して、各人の立

場に固定される。 場や認識が定まってくる。

発言(立論、尋問、反駁等) 自由に発言できる。 理想的発謡状況を目摺す。

の時間ぶ厳密に決められて 自己の判断の理由を述べること 自己の根拠をもとにみんな演自

いる。

が大切とされる。 由に発言できる。

納得できるまで話し合う。

信:念よりも、論理性、説得 相互理解により、個々の道徳性 自分が納得できる考えに向かっ 性ぶ求められる。 を高めていくことが求められ て、視座転換していくしなやか

るβ さ、誠実さが求められる。

一84曙