第 7 章 意味論
7.1 有生性
7.1.1 存在動詞
有生物の存在を表す場合はor- ‘いる’ が,無生物の存在を表す場合はar- ‘ある’が用いられる。or- の否定形式はor-an- ‘いる-NEG’ で,ar- のそれはna- ‘ない’ である。
(1) a. omajaa kjuu=wa ie oi=na?
2SG=TOP 今日=TOP 家 いる:NPST=SFP
‘おまえは今日は家にいるか?’
b. jama=N uje=e sakura=no ki=no ai.
山=GEN 上=DAT 桜=GEN 木=NOM ある:NPST
‘山の上に桜の木がある。’
(2) a. otoQcjaN=wa sigoto=de ie=njaa oi-jar-aN=doo.
お父さん=TOP 仕事=INST 家=DAT.TOP いる-HON-NEG:NPST=SFP
‘お父さんは仕事で家にはいらっしゃらないよ。’
b. ima uci=Nnja kuuraa=wa na-ka.
今 うち=DAT:TOP クーラー=TOP ない-NPST
‘今うちにはクーラーはない。’
ただし,船や車など,移動可能な無生物は有生物と同じようにor- を使用することも可能である。
(3) a. kuruma=a or-aN.
車=TOP いる-NEG:NPST
‘車はいない。’
b. kurumaa na-ka.
車=TOP ない-NPST
‘車はない。’
肯定の場合,空間的存在文と限量的存在文で ar- と or- の使い分けは変わらず,有生物の存在は
or-,無生物の存在はar- で表される。
(4) a. kookoo de-te kaeQ-te ku-ru hito=mo oi=baQte
高校 出る-CTX 帰る-CTX 来る-NPST 人=も いる:NPST=CONC
zikata=de hatarai-te kaeQ-te ke-N huto=mo oi.
本土=LOC 働く-CTX 帰る-CTX 来る-NEG:NPST 人=も いる:NPST
‘高校を出て帰って来る人もいれば,本土で働いて帰って来ない人もいる。’
b. k-aru-i hana=mo ar-eba dooku=N ai hana=mo ai.
食う-POT-NPST 花=も ある-COND 毒=NOM ある:NPST 花=も ある:NPST
‘食べられる花もあれば,毒のある花もある。’
ただし,人間名詞の場合は,否定の限量的存在文にna- が用いられうる。
(5) a. wagako=o oNm-aN oQkaN=wa oi-jar-aN.
我が子=ACC 思う-NEG:NPST 母親=TOP いる-HON-NEG:NPST
‘我が子を思わない母親はいらっしゃらない。’
b. wagako=o oNm-aN oQkaN=wa na-ka.
我が子=ACC 思う-NEG:NPST 母親=TOP ない-NPST
‘我が子を思わない母親はない。’
したがって,存在動詞の使い分けは次のようになる。
表26 主語による存在動詞の使い分け
人称 親族 人間 動物 無生物 移動可
無生物 移動不可
抽象
空間 肯定
or- or- or- or- N/A ar- ar-
空間 否定
or-an- or-an- or-an- or-an- or-an- na-
na- na-
限量 肯定
or- or-
?ar-
or- or- or- ar- ar-
限量 否定
N/A or-an-na-
or-an- or-an- or-an- na-
N/A N/A
7.1.2 受動ヴォイスの選択
本節では,Silverstein (1976) の名詞階層を参考に,項を指示する名詞の種類がヴォイスと相関す るか否かを記述する。ヴォイスの判断は,質問票調査で自然に得られた回答 (≒第一回答) に基づ いている。
まず,二人称の人物から一人称の人物への動作は無標ヴォイスで,三人称の人物から二人称の人 物への動作は受動ヴォイスで表現される傾向にある。
(6) a. kinoo aQkaa oi=ba uQ-ta=baQtekaa kaNm-aN=ga.
昨日 2SG:TOP 1SG=ACC 殴る-PST=CONC 構う-NEG:NPST=SEP
‘昨日おまえは私を殴ったけれども構わないよ。’ 《二人称→一人称》
b. omae=ga ut-are-ta gotai=ga are doo si-ta 2SG=NOM 殴る-PASS-PST 様子:ある:NPST=CONC あれ どう する-PST
wake=jaQ-ta=to?
わけ=VLZ-PST=NLZ
‘おまえが [あの人に] 殴られたようだが,あれはどうした訳だったのか?’
《三人称→二人称》
固有の人物から三人称の人物への動作は受動ヴォイスで表現されやすい。しかし,親族から三人
称の人物へ動作は無標ヴォイスで表現される傾向にある。
(7) a. aN huto=ga josidaseNsee=kara ut-are-joi=doo.
あの 人=NOM 吉田先生=ABL 殴る-PASS-IPFV:NPST=SFP
‘あの人が吉田先生に殴られているよ。’ 《固有→三人称》
b. [テレビに出ている男性をお父さんが殴っている場面を見て]
naikjaa otoQcjaN=wa uQc-jaQ-ta=cjaroo=kai?
なぜ お父さん=TOP 殴る-HON-PST=NLZ:VLZ:INFR=Q
‘どうしてお父さんは殴りなさったのだろうか。’ 《親族→三人称》
親族と固有の人物では,どちらが名詞階層の上位に来るのかわからない。
(8) a. ojaQdoN=ga josidaseNsee=kara ut-are-joi-jai=doo.
お父さん=NOM 吉田先生=ABL 殴る-PASS-IPFV-HON:NPST=SFP
‘お父さんが吉田先生に殴られなさっているよ。’ 《固有→親族》
b. josidaseNsee=ga cicioja=kara ut-are-joi=doo.
吉田先生=NOM 父親=ABL 殴る-PASS-IPFV:NPST=SFP
‘吉田先生が父親に殴られているよ。’ 《親族→固有》
個性不明の人物から親族ないし固有の人物への動作は受動ヴォイスで表現されやすい。
(9) josidaseNsee=wa otoko=kara ut-are-joi=doo.
吉田先生=TOP 男=ABL 殴る-PASS-IPFV:NPST=SFP
‘吉田先生は男に殴られているよ。’ 《人間→固有》
(10) josidaseNsee=no cicioja=ga otoko=kara ut-are-joi.
吉田先生=GEN 父親=NOM 男=ABL 殴る-PASS-IPFV:NPST
‘吉田先生の父親が男から殴られている。’ 《人間→親族》
動物から人間への動作は,受動ヴォイスではなく,無標ヴォイスで表現される傾向にある。
(11) a. aru otoko=ni iN=ga kaN+cii-ta.
ある 男=DAT 犬=NOM 噛む:NL+付く-PST
‘ある男に犬が噛みついた。’ 《動物→人間》
b. neko=ga otokee cjuudeta-te kaQ+kiQ-ta.
猫=NOM 男:DAT 飛びかかる-CTX 掻く:NL+切る-PST
‘猫が男に飛びかかって,引っ掻いた。’ 《動物→人間》
自然現象から無生物ないし動物への動作は受動ヴォイスで表現されやすい。
(12) aN iN=wa cunamii ki-te nagas-are-ta=cjai=gaa.
あの 犬=TOP 津波 来る-CTX 流す-PASS-PST=NLZ:VLZ:NPST=SFP
guurai-kaQ-ta=naa.
かわいそう-VLZ-PST=SFP
‘あの犬は津波が来て流されたんだよ。可哀想だったなあ。’ 《自然→動物》
不完全ではあるが,ここまでの例文から次の名詞階層の可能性があるものと思われる。調査を尽 くしたとは言えないため,今後も検討していきたい。
表27 名詞階層
二人称 一人称
三人称 親族 固有
動物 人間 無生物