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動詞屈折接尾辞の分析に関する問題

ドキュメント内 甑島里方言記述文法書 (ページ 76-79)

第 5 章 形態論

5.1 動詞

5.1.7 動詞屈折接尾辞の分析に関する問題

(36) a. [ADVCL kaeQ-te ki-oi-jar-eba] saaru=ga soQci=i hasi-i 帰る-CTX 来る-IPFV-HON-COND 猿=NOM そっち=DAT 走る-NL

koQci=i hasi-i soN sode=ni sugaQ-te こっち=DAT 走る-NL その 袖=DAT 縋る-CTX

‘[炊事者が] 帰ってきなさるところで,猿がそっちに走り,こっちに走り,その袖

に縋って’ (荒木1970: 293)

b. [ADVCL sigoto=mo se-ziN] ie=de ne-tor-aa.

仕事=も する-NEG.CTX 家=LOC 寝る-CONT-NPST:SFP

‘仕事もせず,家で寝てるわ。’

-rjaが -an- に接尾すると,次のように -anjaないし -aNnaで実現する (後者は不規則形式)。

(37) a. jaQpai soaN se-n-ja taiheN=na wakee=de.

やはり そんな する-NEG-COND 大変=VLZ.NPST 訳=VLZ.CTX

‘やはりそうしなければ,大変な訳で。’

b. beNkjoo se-Nna ik-aN=mitai.

se-an-rja

勉強 する-NEG-COND 行く-NEG:NPST=SEEM

‘勉強しなければいけないみたい。’

(i) 里方言において //ru// がiで実現すること (cf. 3.4節(12)参照) と,(ii) 日本語の過去表現がか つては屈折ではなく,派生で行なわれていたこと (cf. 黒木2013a) を踏まえると,-taは -tai //-tar-ru//

PST-平叙’33に由来し,音色の似たjが続く時だけ,-taiのiを保持していると考えられる34。 また,指示名詞kore, sore, are, doreおよび一人称名詞orereにiが対応することから,//-ta(i)ba//

PST.COND’ は -taiba //-tar-reba// ‘PST-COND’ に由来すると考えられる。

-ta, -ta(i)joo, -ta(i)ba, -taroo ‘PST.INFR’ (里方言を含む甑島方言では -taijooが一般的) をまとめて,

次のように分析する手もある。

(40) -taR-ru -taR-ru=joo -taR-reba -taR-au

↓ 形態音韻規則3.3節: (9)

-taR-u -taR-u=joo -taR-eba -taR-oo

↓ 交替規則 (41) -ta -ta(i)joo -ta(i)ba -taroo (41) RV → rV / _o

→ (i) / _=joo, [V -ta_ba]

→ Ø / EW

しかし,交替規則 (41) は語彙的条件によりすぎていて,説得力に欠ける。その上,-ta(i)joo, -ta(i)ba,

-tarooの成り立ちに説明を付けるため,これらより頻繁に使用される -taまで分析するのは,不憫で

もある。よって,-ta, -ta(i)joo, -ta(i)ba, -tarooからは //-taR-// を抽出せず,それぞれ //-ta//, //-ta=joo//, //-ta(i)ba//, //-taroo// とする。

5.1.7.3 -iØ

(A) 動詞性と名詞性

VSTM-iØを準体動詞とするのは,次のように名詞節35を統べることによる。

(42) a. [VP [NCX [NCL nikjaanjaa mo+ciQto age-Ø]=ga] nai].

二階:DAT.TOP もう+ちょっと 上げる-NL=NOM なる:NPST

‘2階にはもうちょっと上げることができる。’

b. zikatjaanjaa maada ikjaa se-N=baQte [VP [NCL zikata=injaa maada ik-iØ]=wa se-N=baQte]

本土=DAT.TOP まだ 行く-NL=TOP する-NEG:NPST=CONC

‘本土にはまだ行きはしないけど’

(42)aのnikjaanjaa, mociQtoを承けているのはage-Øで,(42)bのzikatjaanjaa, maadaを承けている のはik-iである。nai, seNの項構造 (argument structure) と格標示を考慮すると,(42) を次のように

33 かつての -ruは平叙の標識で,過去 (PST) -taと対立するようになってから,非過去 (NPST) の標識に変わった と考えられる。

34 形容詞連体接尾辞 -kaも,=jooを取る時だけ -ka(i) で実現する (cf. 7.7.1.1: (83))-taと同様に考えて,-ka -kai //-kar-ru// ‘VLZ-平叙34に由来し,音色の似たjが続く時だけ -kaiiを保持していると見なす。

35 (42) のように =ga =waを取りうることに拠る。ただし,補部になることは稀である。

解釈するのは妥当ではない。

(43) a. # nikjaanjaa mo+ciQto nai.

二階:DAT.TOP もう+ちょっと なる:NPST

‘2階にはもうちょっとなる。’

b. # zikatjaanjaa maada se-N=baQte

本土=DAT.TOP まだ する-NEG:NPST=CONC

‘本土にはしないけど’

次のように補部も付加部も承けないVSTM-iØは,名詞語幹のようでもある。

(44) a. [NCL asob-i]=ga na-ka=baQte=naa.

遊ぶ-NL=NOM ない-NPST=CONC=SFP

‘遊びがないけどねえ。’

b. [NCL huse-Ø]=ba si-te kui-jar-e.

繕う-NL=ACC する-CTX くれる-HON-IMP

‘繕ってください。’

複合名詞語幹の構成要素たる次のVSTM-iØに至っては,もはや動詞とは言えない。

(45) a. [NCX [N [NSTM ake-Ø]+[NSTMjaiki]]=i]

空ける-NL+屋敷=DAT

‘空き屋敷に’

b. [NCX [N [NSTM iso]+[NSTMkuzii]]=ba]

iso+kuzir-iØ=ba 磯+いじくる-NL=ACC

‘貝掘り用の鉤を’

c. [NCX [N [NSTM hito]+[NSTMuc-i]+[NSTMkoros-i]]=i]

1+打つ-NL+殺す-NL=DAT

‘一打ち殺しに’ (荒木1970: 109)

以上のように,VSTM-iØは (42) 準体動詞でも (45) 名詞語幹でもある。

(B) -iØ動詞に由来する名詞語根

次の斜体の名詞語根は -iØ形準体動詞に由来すると考えられる。

(46) a. ha.saa.mi (B) ‘鋏’ (cf. //ha.sa.m-iØ// (B) ‘挟む-NL’)

b. omiki+bi.raa.ki (??) ‘お神酒を皆で飲む行事’, hana+bi.raa.ki (??) ‘初旅から帰ってきた 人を祝う行事’ (cf. //hi.ra.k-iØ// (B) ‘開く-NL’)

(47) a. joQ+gii (??) ‘捨 て 惜 し ん で , 無 理 に 食 べ る こ と’, kjaa+gii (??) ‘買 い 食 い’ (cf.

//k(u)w-iØ// (B) ‘食う-NL’)

b. kjaa+gii (??) ‘買い食い’, goso+kjaa (A) ‘ウサギを飼うこと’ (cf. //kaw-iØ// (A) ‘買う -NL’ or (B) ‘飼う-NL’)

c. cukjaa (A) ‘使い’ (cf. //cukaw-iØ// (A) ‘使う-NL’)

d. ita+ziki+barjaa ‘結婚式の翌日,式に呼べなかった関係者を招待して行なう披露宴’

(cf. //haraw-iØ// ‘払う-NL’)

e. toborjaa ‘葬式’ (cf. //toboraw-iØ// ‘弔う-NL’)

(46)–(47) を -iØ形準体動詞と区別するのは,それぞれ次の理由による。

(48) a. (46): 動詞語幹から -iØ形準体動詞を作る場合,次末尾音節は長母音化させない。

b. (47): w語幹から -iØ形準体動詞を作る場合,//uw-iØ// はuuで,その他の //Vw-iØ//

はViで実現する。

ドキュメント内 甑島里方言記述文法書 (ページ 76-79)