第 7 章 意味論
7.8 ダイクシス
7.8.1 指示表現
7.8.1.1 指示語根と指示語
里方言の指示表現は,次に挙げる (149) 指示語語根から作られた (150) 指示語69で行なう。
(149) ko- ‘コ’, so- ‘ソ’, a- ‘ア’
(150) コ ソ ア ド 名詞 もの: ko-i so-i a-i do-i
// ko-Re so-Re a-Re do-Re // (cf. 3.13節: (77)) 場所: ko-ko so-ko ai-ko do-ko
方向: ko-Qci so-Qci a-Qci do-Qci 副詞 指定: koo soo aa doo
// ko-u so-u a-u do-u // (cf. 3.7.1節: (42)) 性状: ko-gaN so-gaN a-gaN do-gaN
ko-gaNte so-gaNte a-gaNte do-gaNte 連体詞 指定: ko-N so-N a-N do-N
性状: ko-gaN so-gaN a-gaN do-gaN
ko-gaNta so-gaNta a-gaNta do-gaNta (4.2.3節: (11) を再掲) (150) の と お り ,-gaN は 副 詞 語 幹 と 連 体 詞 語 幹 を 作 る 。 連 体 詞 語 幹 を 作 る 接 尾 辞 と し て は -gaNmeetaもある。
7.8.1.2 現場指示
ko-, so-, a- の用法は標準語のそれと大きく変わらない。ko-, a- はそれぞれ,話し手からの物理 的・心理的距離によって次のように規定される。
(151) a. ko- は話し手から近い要素を指し示す。
b. a- は話し手から遠い要素を指し示す。
話し手から近い要素を指すko- には次のような例がある。
(152) a. [話し手の周囲のものについて聞き手に尋ねて]
koN iwaa naN=cju-u io=ja-imos-u=ka?
この 魚:TOP 何=QUOT:言う-NPST 魚=VLZ-POL-NPST=Q
69 里方言では,人に対しての卑称に標準語の「こいつ」,「あいつ」のような語彙化したものはない。koN#waroo ‘こ
の野郎’,aN#waroo ‘あの野郎’ のように,指示語と人物を指す語の組み合わせによって表される。
‘この魚は何という魚ですか?’
b. [話し手の周囲にある録音機について]
NNdo=ga hanas-u=tai=taa. koree haii=tai=taa.
1PL=NOM 話す-NPST=NLZ:VLZ:NPST=SFP これ:DAT 入る:NPST=NLZ:VLZ:NPST=SFP
‘私たちが話すのね。これに録音されるんだね。’
話し手からも聞き手からも近い場合は,両者ともに ko- を用いる。
(153) [話し手からも聞き手からも近いものについて]
A: koi=ba ku-ijai-mos-e.
これ=ACC 食う-HON-POL-IMP
‘これを食べてください。’
B: koi=ba=na.
これ=ACC=SFP
‘これをね。’
一方,話し手から遠い要素を指すa- の例は,次のとおりである。
(154) [話し手からも聞き手からも遠いものについて]
A: araa naN=cju-u moN=jai-mos-u=ka?
あれ:TOP 何=QUOT:言う-NPST もの=VLZ-POL-NPST=Q
‘あれは何ていうものですか?’
B: araa pasokoN=jai-mos-u.
あれ:TOP パソコン=VLZ-POL-NPST
‘あれはパソコンです。’
指示語根は,もの以外を指す場合でも,話し手からの距離によって使い分けられる。次は場所の 例である。
(155) [話し手から遠い場所にあるものについて]
aiko=N tatemoN=wa naN=cju-u moN=jar-oo=ka?
あそこ=GEN 建物=TOP 何=QUOT:言う-NPST もの-VLZ-INFR=Q
‘あそこの建物は何ていうものだろうか?’
話し手からの距離で表し分ける場合,近距離の ko- と遠距離の a- に加え,中距離の so- も用い られる。
(156) a. koko=N tokoo juu mie-moos-aN=de
ここ=GEN 所:TOP いい:NL 見える-POL-NEG:NPST=CSL
aiko=N hoo=ni ucui-moos-oo=ni.
あそこ=GEN 方=DAT 移る-POL-HORT=INFR=SFP
‘ここの所はよく見えませんので,あそこのほうに移りましょうよ。’
b. { aikee / sokee } ucur-oo=ni.
{ あそこ:DAT / そこ:DAT } 移る-HORT=SFP
‘{ あそこ / そこ }に移ろうよ。’
so- が中距離を指すことができるのは標準語と同じく,話し手と聞き手の視点が一致する場合で ある。
7.8.1.3 聞き手の領域
so- には,中距離以外に聞き手の領域を表す用法も確認できる。話し手と聞き手が対立的視点を とる時,その要素が聞き手の領域のものであると判断されれば,so- が用いられる。相手の領域で あると判断するための要因としては,距離はもちろんのこと心理的な側面も関与する。対象までの 物理的距離や操作可能性,情報量や談話導入 (どちらが決定権をもっているとやりとりの中で捉え られているか) などが影響を与える。
(157) A: doko=N heN=ga ita-kai-jai=na?
どこ=GEN 辺=NOM 痛い-VLZ-HON:NPST=Q
‘どの辺が痛いですか?’
B: { soko=jai-mos-u / そこ=VLZ-POL-NPST
soko=ja na-ka-mos-u. koko=jai-mos-u }.
そこ=ESS.TOP ない-VLZ-POL-NPST ここ=VLZ-POL-NPST
‘{ そこです / そこではないです。ここです }。’
7.8.1.4 文脈指示
テキストに頻出する文脈指示では,基本的にso- が用いられる。ko-, a- も用いられるが,現場指 示からの転用と見られる。そのため,文脈のみで導入された知識には,so- を優先的に用いる。
(158) koNna koto=to=wa sir-ana-kaQ-ta=te ju-u-te
こんな こと=QUOT=TOP 知る-NEG-VLZ-PST=QUOT 言う-NPST-CTX
deNwa=de sogaN juu-jai-mos-u.
電話=INST そんなに 言う-HON-POL-NPST
‘「こんなこととは,知らなかった」と言って,電話でそうおっしゃいます。’
(159) [ニガウリの調理法を尋ねて]
A: siozuke-te nairoNbukuro=ni ire-te os-itoi=to=jo.
塩漬ける-CTX ナイロン袋=DAT 入れる-CTX 押す-CONT:NPST=NLZ=SFP
‘塩漬けして,ナイロン袋に入れて,押しているのよ。’
B: aa oi=mo sogaN si-tek-an-aa.
ああ 1SG=も そんなに する-CTX:おく-NEG-COND
‘ああ,私もそうしておかなければ。’
(160) [出版された本を自分に送ると言われた。しかし,自分たちに送るよりも調査員に送
る方がいいという意見に賛成して]
naa sono hoo=ga zuQto jo-ka=dee=jo. kogaN=to=ba agaN
なあ その 方=NOM ずっと いい-NPST=CSL=SFP こんな=NLZ=ACC あんなに
su-i=jokja oraa sogaN oNm-uu oNmuu-joi.
する-NPST=CMP 1SG:TOP そんなに 思う-NPST 思う-IPFV:NPST
‘ねえ,その方がずっといいからね。こんなのを,ああするより僕はそう思う,思っ てる。’
文脈によって導入された間接的知識を指す so- に対して,a- は話し手が直接体験した知識を指 す。直接的知識には,有名な,よく知られている対象も含まれる。
(161) a. oNseN=ni ik-joQ-ta aN koro=ga icibaN jo-ka-moi-ta=naa.
温泉=DAT 行く-IPFV-PST あの 頃=NOM 一番 いい-VLZ-POL-PST=SFP
‘温泉に行っていたあの頃がよかったですね。’
b. [運動会で子どもの踊った様子を思い出し,ほめて]
agaNte=so odoi=to=ga a=ga jo-ka=doo. agaN=to=ga.
ああして=CNF 踊る:NPST=NLZ=NOM あれ=NOM いい-NPST=SFP あんな=NL=NOM
‘ああしてさ,踊るのが,あれがいいよ。あんなのが。’
c. [年をとると遠出は疲れるという話の中で]
A: soi=de tatoeba ma uta=no zjoozu=na tatoeba=te naN=cju それ=INST たとえば FIL 歌=GEN 上手=NPST たとえば=QUOT 何=QUOT
teNdoo 天童 B: josimi.
よしみ
A: josimi=ka=na aN reNcju=ga kagosima=ni sono ku-i=to naQ-ta よしみ=Q=SFP あの 連中=NOM 鹿児島=DAT FIL 来る-NPST=QUOT なる-PST
tooki jaQpai kjai=to su-reba=Qte koNdo=wa jaQpa 時 やっぱり 来る:HON=QUOT する-COND=QUOT 今度=TOP やっぱり A: ‘それで,たとえば,歌の上手な,なんて言うの,天童’
B: ‘よしみ?’
A: ‘よしみかな,あの連中が鹿児島に,その,来るとなった時,やっぱりいらっしゃ るとすればって,今度はやっぱり’
so- とa- の関係を見ると,同一談話内でも対象が直接的知識に含まれると判明すれば,so- から a- に切り替わる。また,談話によって一度導入された対象は,たとえば,別の日に新しく談話を始 める際は,so- からa- に切り替えて指示することも可能である。標準語と同じ機能を有していると 言える。
(162) a. [新しく来た先生は結婚しているのか聞かれたが,誰のことかわからず]
soN seNse=ba zeNzeN sir-aN=de wakar-aN=naa.
その 先生=ACC 全然 知る-NEG:NPST=CSL わかる-NEG:NPST=SFP
‘その先生を全然知らないので,わからないなあ。’
b. [港の近くに住んでいる女の先生だとわかって]
aa aN onago=no seNsee.
ああ あの 女=GEN 先生
‘ああ,あの女の先生。’
(163) [今,新しい本を読んでいると紹介されて]
hee sogaNta hoN=ba mii-joi-jai=to=N? sogaNta hoN=naraa joN-de へえ そうした 本=ACC 見る-IPFV-HON=NLZ=Q そうした 本=COND 読む-CTX
miro gota=naa.
みる:VOL 様子:ある:NPST=SFP
‘へえ,そんな本を見ていらっしゃるの?そんな本なら読んでみたいなあ。’
(164) [(163) の会話をした翌日の談話で,(163) の発話と同一人物が]
juu-toi-jaQ-ta aN hoN=ba kas-ite kui-jar-e.
言う-CONT-HON-PST あの 本=ACC 貸す-CTX くれる-HON-IMP
‘おっしゃってたあの本を貸してください。’