第 6 章 統語論
6.1 格
6.1.2 主格標示
本節では,主格標示の使い分けを中心とする格配列を記述する
6.1.2.1 名詞階層との関係
(A) 人称名詞
同等以下の人物を指す人称名詞に主格を与える時は,もっぱら =gaが用いられる。次のように,
述部が他動詞からなる (2)a,意志自動詞からなる (2)b,非意志自動詞からなる (2)c のいずれにお いても,=gaしか用いられない。
(2) a. aN={ ga / #no } waQ-tai=joo=ga.
おまえ=NOM 割る-PST-INFR=SFP
‘おまえが割ったでしょうが。’ 《他動詞節》
b. aN={ ga / #no } saigee hasir-e.
おまえ=NOM 最後:DAT 走る-IMP
‘おまえが最後に走れ。’ 《意志自動詞節》
c. aN={ ga / #no } taoru-i=doo.
おまえ=NOM 倒れる-NPST=SFP
‘おまえが倒れるよ。’ 《非意志自動詞節》
(B) その他の人間名詞
その他の人間名詞 (=親族名詞,固有名詞,人間名詞) に主格を与える場合は,節の種類によっ て使う助詞が異なる。
まず,他動詞節および意志自動詞節の主格は =gaで標示され,=noは許容されない。
(3) [「荷物はいつ送ってくれるのか?」と電話で聞かれた場面]
asita zinaN={ ga / #no } okui=doo.
明日 次男=NOM 送る:NPST=SFP
‘あした次男が送るよ。’ 《親族名詞,目下,他動詞》
(4) otooto={ ga / #no } ik-imoos-aa.
弟=NOM 行く-POL-NPST:SFP
‘弟が行きますよ。’ 《親族・固有名詞,目下,意志自動詞》
(3) は,親族名詞zinaN ‘次男’ に主格を与える他動詞節である。主格は =gaで標示され,=no と の交替は許容されなかった。また,(4) は,親族名詞otooto ‘弟’ に主格を与える意志自動詞節であ る。ここでも主格は =gaで標示され,=noとの交替はやはり許容されなかった。
一方,非意志自動詞節の主格は基本的に =noで標示される。なお「基本的に」と述べるのは,=ga も許容されるためであるが,面接調査の第1回答も内省判断で適切とされるのも,=noの方である。
(5) mago={ ga / no } Nmare-ta 孫=NOM 生まれる-PST
‘孫が生まれた。’ 《親族名詞,目下,非意志自動詞》
(5) は親族名詞mago ‘孫’ に主格を与える非意志自動詞節である。ここでは =gaも許容できると のことであるが,話者が好ましいと判断したのは =noの方であった。
(C) 動物名詞
動物名詞に主格を与える場合,他動詞節では常に =ga が,自動詞節では基本的に =no が用いら れる。
(6) a. iN={ ga / #no } wai=doo.
犬=NOM 割る:NPST=SFP
‘犬が割るよ。’ 《他動詞節》
b. iN={ ga / no } de-te ki-ta.
犬=NOM 出る-CTX 来る-PST
‘犬が出てきた。’ 《意志自動詞節》
c. neko={ ga / no } Nmare-ta=na 猫=NOM 生まれる-PST=SFP
‘猫が生まれたな。’ 《非意志自動詞節》
(6)aは,動物名詞iN ‘犬’ に主格を与える他動詞節である。主格は =gaで標示され,=noとの交替 は許容されないという39。一方,(6)b–cは,iN ‘犬’ ないしneko ‘猫’ に主格を与える自動詞節である。
ここでは =gaによる主格標示も許容されるが,基本的には =noが用いられる。
(D) 無生物名詞
無生物名詞に主格を与える場合,基本的に =no が用いられる。(7)a は,主語が無生物名詞 kawa
‘川’,動詞が nagare- ‘流れる’ の他動詞節であり,(7)b は,主語が無生物名詞 kumo ‘雲’,動詞が
dete#kur- ‘出てくる’ の意志自動詞節であり,(7)cは,主語が無生物名詞hoN ‘本’,動詞がar- ‘ある’
の非意志自動詞節である。いずれも =ga を許容するが,第 1 回答や,好ましいとされるのは =no である。
39 2014年11月の調査において一度だけ,=noも許容できるという回答を得た。しかし,2011–14年に行なった調査
で =noが許容されたのは,この一度だけである。今回の記述では,=noを許容しないという多数の結果をとった。
(7) a. ziNka=N maNnaka=ba kawa={ ga / no } nagare-toi.
人家=GEN 真ん中=ACC 川=NOM 流れる-CONT:NPST
‘人家の真ん中を川が流れている。’ 《他動詞節》
b. kumo={ ga / no } de-te ki-ta=ga=ja.
雲=NOM 出る-CTX 来る-PST:NPST=SFP=SFP
‘雲が出てきたなぁ。’ 《意志自動詞節》
c. hoN={ ga / no} ai=gaa.
本=NOM ある:NPST=SFP
‘本があるよ。’ 《非意志自動詞節》
6.1.2.2 待遇との関係
先述のように,当方言では主語への待遇が加わることで,主語標示 =ga, =noの使用状況が変わる。
目上の人物を指す名詞に主格を与える場合,次のような分布となる。
表21 里方言の格配列《主節,待遇あり》
二人称 親族・固有名詞 人間名詞
(目上) (目上) (目上)
他動詞節 主格
=ga, ?=no
=ga, ?=no =ga, ?=no
意志自動詞節 主格
?=ga, =no ?=ga, =no
非意志自動詞節 主格
他動詞節 対格 =ba, =o =ba, =o =ba, =o
待遇を欠く [表20] に比べ,=noの範囲が広がっていることが窺える40。以下,それぞれ記述する。
まず,目上の二人称名詞omai-sama ‘あなたさま’ に対する主格標示には主に =gaが用いられ,面 接調査においても,=gaと =noとの入れ替えの可否を尋ねたところ,多くの場合は動詞の種類に関 わらず,=gaの方を用いると回答された。しかし回答者によっては,=gaを主に用いるものの,=no も許容するとの回答もあった41。(8)aは他動詞節,(8)bは意志自動詞節,(8)cは非意志自動詞節で,
主格名詞はいずれもomai-samaである。いずれの例でも,第1回答も話者が好むのも =gaであるが,
中には =noも許容できるという回答もあった (ただし,許容するという回答は,今回の調査の中で は少なく,許容度が高いようには見えなかった)。
40 この傾向について,十分な考察はできていないが,待遇も,動作主性と他動性に関連すると考えられ,注目され る。動作主性を下げることによって待遇を高める,というのは通言語的にも見られる現象である。そして,6.1.1節 にも考察を述べたように,当方言では,動作主性が低い主格標示に =noが用いられている。ここから現時点の仮説 としては,待遇を高める操作の一環として,=no で動作主を下げるという動機が加わった結果,=no の領域が繰り 上がっていると見ている。
41 断言はできないが,待遇がある場合の =gaと =noの使用については,男女差や個人差が大きいのかもしれない。
同じ集落内での調査において,男性は =ga で回答することが多かったが,女性は =no を許容することが多く,傾 向があるように窺えた。
(8) a. omai-sama={ ga / ?no } war-ijai-moi-tai=joo=ga.
2SG-TTL=NOM 割る-HON-POL-PST=INFR=SFP
‘あなたさまが割りなさったんでしょうが。’ 《他動詞節》
b. [リレーの順番決めの場面]
omai-sama={ ga / ?no } icibaN hazimee hasiQ-te kui-jai-mos-e.
2SG-TTL=NOM 一番 始め:DAT 走る-CTX くれる-HON-POL-IMP
‘あなたさまが一番初めに走ってくださいませ。’ 《意志自動詞節》
c. omai-sama={ ga / ?no } taore-jai-mos-u=doo 2SG-TTL=NOM 倒れる-HON-POL-NPST=SFP
‘あなたさまが倒れなさいますよ。’ 《非意志自動詞節》
人称名詞以外の人間名詞 (親族・固有名詞,人間普通名詞) に主格を与える場合,他動詞である か自動詞であるかによって,=no の許容度が変わる。他動詞の場合は主に =ga が用いられる。=ga と =noの入れ替え可能性を尋ねても,多くの場合,=noは許容されないという回答であった。ただ し,話者によっては,=gaを主に用いるものの,=noも許容できるとのことである42。
一方,自動詞の場合は,主に =noが用いられる。=gaと =noの入れ替え可能性を尋ねると,可能 であるとの回答が得られたものの,第1回答も話者が好むのも =noの方であった。参考として,親 族名詞の例を次に挙げる。
(9) a. otoQcjaN={ ga / ?no } war-ijaQ-ta=doo.
お父さん=NOM 割る-HON-PST=SFP
‘お父さんが割られたよ。’
b. otoQcjaN={ ga / no } kaeQ-te ki-jaQ-ta.
お父さん=NOM 帰る-CTX 来る-HON-PST
‘お父さんがお帰りになった。’
c. oziicjaN={ ga / no } or-ijai=doo.
おじいちゃん=NOM おる-HON:NPST=SFP
‘おじいちゃんがいらっしゃるよ。’
(9)aは他動詞節で,主格を受けるのは目上の親族名詞otoQcjaN ‘お父さん’ である。この場合は基 本的に =ga が用いられ,=no はあまり許容されない (=no も許容できるという回答もあった)。(9)b は意志自動詞節で,主格主格を受けるのは同様にotoQcjaN ‘お父さん’ である。この場合は基本的に
=no が用いられ,=ga も許容される。(9)c は非意志自動詞節で,主格を受けるのは目上の親族名詞
oziicjaN ‘おじいちゃん’ である。この場合も基本的に =noが用いられ,=gaも許容される。