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アスペクト

ドキュメント内 甑島里方言記述文法書 (ページ 130-134)

第 7 章 意味論

7.3 アスペクト

b. # watasjaa kanazuci=de ojog-are-N.

1SG:TOP かなづち=INST 泳ぐ-POT-NEG:NPST

‘私はかなづちで泳ぐことができない。’ 《能力》

次の -rare- も厳密には能力可能ではない。

(34) a. kono kaNzi=wa muzukasi-ka=de kak-are-N.

この 漢字=TOP 難しい-NPST=CSL 書く-POT-NEG:NPST

‘この漢字は難しくて書くことができない。’ 《能力》

b. oraa akurjoku=no na-ka=de biN=no huta=a ake-rare-N.

1SG:TOP 握力=NOM ない-NPST=CSL 瓶=GEN ふた=TOP 開ける-POT-NEG:NPST

‘私は握力がないので,瓶のふたは開けることができない。’ 《能力》

(34)a の動作主は字を書く能力は備えているが,漢字の難しさという外的条件がそれを妨げてい

る。(34)bも同様で,動作主はふたを開ける能力を備えているが,ふたの閉まり具合という外的条件

がそれを阻害している。(32)–(33) を踏まえると,動作主の能力が発揮できるかどうかも,外的条件 に含まれるのだろう。

+das- は能力可能は表さず,時間的余裕を成立条件とする外的条件可能を表す51。神部 (1987) に

よると,九州方言では否定形式と共に用いられることが多いようであるが,里方言では必ずしもそ うではない。

(35) a. kjuu=wa jojuu=ga aQ-ta moN=de kocucumi=ba ake-Ø+djaa-ta.

今日=TOP 余裕=NOM ある-PST もの=CSL 小包=ACC 開ける-NL+POT-PST

‘今日は余裕があったので,小包を開けることができた。’ 《外的条件》

b. kinuu=wa isogasjuu si-te kocucumi=mo ake-Ø+das-aN-kaQ-ta.

昨日=TOP 忙しい:NL する-CTX 小包=も 開ける-NL+POT-NEG-VLZ-PST

‘昨日は忙しくて,小包も開けることができなかった。’ 《外的条件》

前者は (36) のように限界達成前の段階を,後者は (37) のように限界達成後の段階を表す。

(36) a. [過去: ちょうど太郎が窓を開けている最中だったのを見て]

iizeN taroo=wa mado=ba ake-joQ-ta.

さっき 太郎=TOP 窓=ACC 開ける-IPFV-PST

‘さっき太郎は窓を開けつつあった。’

b. [現在: 部屋に入ると,ちょうど太郎が窓を開けている最中だったのを見て]

ima ake-joi=doo.

今 開ける-IPFV:NPST=SFP

‘今開けつつあるよ。’

c. [未来: 今日は暑い日だったから,帰り着く頃には太郎が窓を開けているだろうと想

像して]

mado=ba ake-joi=saroo=na.

窓=ACC 開ける-IPFV:NPST=NLZ:VLZ:INFR=SFP

‘窓を開けつつあるだろうな。’

(37) a. [過去: 部屋に入ると誰もいないが窓が開けっ放しになっていた。太郎が窓を開けて

いたのだと思って]

taroo=wa mado ake-toQ-ta=sai=gaa.

太郎=TOP 窓 開ける-CONT-PST=NLZ:VLZ=SFP

‘太郎は窓を開けていたのだよ。’

b. [現在: 太郎が窓を開けたままにしているのを見て]

mata taroo=ga ake-toi=doo.

また 太郎=NOM 開ける-CONT:NPST=SFP

‘また太郎が開けているよ。’

c. [未来: 帰った時には既に窓を開けてしまっているところを想像して]

mado=ba ake-toi=saroo=na.

窓=ACC 開ける-CONT:NPST=NLZ:VLZ:INFR=SFP

‘窓を開けているだろうな。’

-ior- も -tor- も継続的な意味を表す形式である。次のように完成的な意味を表す場合,有標形式 は使わない。

(38) a. taroo=wa asita tookjoo=ni ik-u=sai=taa.

太郎=TOP 明日 東京=DAT 行く-NPST=NLZ:VLZ:NPST=SFP

‘太郎は明日東京に行くだろうね。’

b. ik-oo=to omoo-ta.

行く-VOL=QUOT 思う-PST

‘行こうと思った。’

-ior- と -tor- の対立は,内的限界動詞 (=主体変化動詞および主体動作客体変化動詞) に見られ る。非内的限界動詞ではこの対立が一部中和する。

(39) a. [子どもが遊んでいるのを見かけて]

ike=N naka=de asob-ijoQ-ta=sai=ga.

池=GEN 中=LOC 遊ぶ-IPFV-PST=NLZ:VLZ=SFP

‘池の中で遊んでいたんだよ。’

b. taroo=wa ike=de asuu-doQ-ta=doo.

太郎=TOP 池=LOC 遊ぶ-CONT-PST=SFP

‘太郎は池で遊んでいたよ。’

内的状態動詞においても限界達成前/後の対立が中和する。

(40) a. [来ると言っていた会になぜ来なかったのかを聞かれて]

ik-oo=to omoo-joQ-ta=sai=baQte 行く-VOL=QUOT 思う-IPFV-PST=NLZ:VLZ=CONC

‘行こうと思っていたのだが’

b. jakuiN-taci=dake=de=te ju-u hanasiai=o su-reba=to

役員=PL=だけ=INST=QUOT 言う-NPST 話合い=ACC する-COND=QUOT

onmui-toi wake=jo.

思う-CONT:NPST わけ=SFP

‘役員たちだけで,という話をすればと思っているわけよ。’

標準語のアスペクト形式「ている」は,形容詞語幹や存在動詞語幹には接続しない。里方言の -ior-,

-tor- も同様であるが,前者は形容詞語幹から派生した -kar- 動詞語幹に接続し,(41)a–cのように時

間的限定性のある状態を表す。このような -ior- は非過去時制では使用されず,過去の何らかの状 態を表す形式となっている。

(41) a. [いつも寂しかった過去を思い出して]

aN kora namana todeNna-kai-joi-moi-ta=a.

あの 頃:TOP とても 寂しい-VLZ-IPFV-POL-PST=SFP

‘あの頃はとても寂しかったです。’

b. [最近のトマトは赤みがないという話になって]

mukaasi=N tomataa aka-ka-oQ-ta.

昔=GEN トマト:TOP 赤い-VLZ-IPFV-PST

‘昔のトマトは赤かった。’

c. mukaasi=kara kokoN moojaa

昔=ABL ここ=GEN あたり:TOP sizuka=jai-joi-moi-ta=sar-aa.

静か=VLZ-IPFV-POL-PST=NLZ:VLZ-NPST:SFP

‘昔からここのあたりは静かでしたよ。’

-ior- は存在動詞語幹ar- にも接続し,何らかのイベントの継続ないし反復を表す。

(42) [昨日の運動会の後片付けが行なわれているのを見て]

kinoo uNdookai=no ai-joQ-ta=sai=taa.

昨日 運動会=NOM ある-IPFV-PST=NLZ:VLZ:NPST=SFP

‘昨日運動会が行なわれていたんだね。’

なお,-tor- が -kar- 動詞語幹や存在動詞語幹に付くことはない。

-ior- は限界達成前の段階を表すことから,動作や変化の直前段階も表す。ただし,+kake-tor- や

kaNmjaa ‘構え’ を利用した,組み立て形式で表現することもできる。

(43) a. [金魚が苦しそうにしていたのを見て]

kiNgjoo siN-jor-aa.

金魚 死ぬ-IPFV-NPST:SFP

‘金魚が死にかけているよ。’

b. [金魚が苦しそうにしていたのを見て]

kiNgjo=ga siN+kake-toQ-ta=a=jo.

金魚=NOM 死ぬ:NL-かける-CONT-PST=SFP=SFP

‘金魚が死にかけていたよ。’

c. [太郎が窓を開けようとしているのを見て]

akui kaNmjaa si-joi.

開ける:NPST 構え する-IPFV:NPST

‘開けかけている。’

d. [金魚が苦しそうにしているのを見て]

kiNgjo=ga siN kaNmjaa=jai=doo.

金魚=NOM 死ぬ:NPST 構え=VLZ:NPST=SFP

‘金魚が死にそうだよ。’

また,-tor- は限界達成後を表すことから,痕跡から推定される出来事も表しうる。

(44) [今は雨は降っていないが,外で地面が濡れているのを見て]

ameN huQ-toQ-ta=sai=doo=naa.

雨=NOM 降る-CONT-PST=NLZ:VLZ:NPST=INFR=SFP

‘雨が降っていたんだろうな。’

過去・現在の習慣には,(45)aのように -ior- が用いられる。一部,(45)cのように -tor- を用いる 話者も存在する。ただし,未来の習慣には -ior- は用いられにくく,(43) のように有標形式は使わ ない。

(45) a. [今はもう飲まないが,昔毎日焼酎を飲んでいた父親を回想して]

mukaasjaa juu nom-ijoi-jai-moi-ta=ga=naa.

昔:TOP いい:NL 飲む-IPFV-HON-POL-PST=SFP=SFP

‘昔はよく飲んでいらっしゃいましたがなあ。’

b. uci=no hana-cjaN=wa mainici umi=ni ik-ijoi=doo.

うち=GEN はな-TTL=TOP 毎日 海=DAT 行く-IPFV.NPST=SFP

‘うちのはなちゃんは毎日海に行っているよ。’

c. mainici=N goto noN-doi-jai-moi-ta=doo=naa.

毎日=GEN 様子 飲む-CONT-HON-POL-PST=SFP=SFP

‘毎日のように飲んでいらっしゃいましたよなあ。’

(46) mo taroo=wa asita=kara daigaQkoo=ni ik-imos-u=sar-aa.

もう 太郎=TOP 明日=ABL 大学=DAT 行く-POL-NPST=NLZ:VLZ-NPST:SFP

‘もう太郎は明日から大学に行くでしょう。’

周辺的なアスペクト形式としては,(47) +kata=jar-, (48) -te#ok-, (49) -te#ar-, (50) -te#simaw- が存在 する。+kata=jar- は進行相で,限界達成前の段階を表す。

(47) aoziru nom-i+kata=jai=do.

青汁 飲む-NL+IPFV=VLZ:NPST=SFP

‘青汁を飲んでいるよ。’

-te#ok- と -te#ar- はパーフェクトを表す。しかし,-te#ar- も -te#ok- も -tor- と意味領域が重な

るため,基本的には -tor- を用いる。

(48) a. rjoori=ba tanoo-dok-e=joo.

tanom-te#ok-e=joo 料理=ACC 頼む-CTX#置く-IMP=SFP

‘料理を頼んでおけよ。’

b. hutoN=ba sii-tok-e=joo.

sik-te#ok-e=joo

布団=ACC 敷く-CTX#置く-IMP=SFP

‘布団を敷いておけよ。’

(49) a. oi=ga jaa hasira=ni huQto-ka tokee=ba kake-te ai=doo.

1SG=GEN 家:TOP 柱=DAT 大きい-NPST 時計=ACC 掛ける-CTX ある:NPST=SFP

‘私の家は柱に大きな時計を掛けてあるよ。’

b. [[近所の人たちで宴会をするから料理を頼んでおくように言われ,それに答えて]

moo tanoo-de ai-mos-u=doo.

もう 頼む-CTX ある-POL-NPST=SFP

‘もう頼んでありますよ。’

-te#simaw- は不可逆性を強調する場合に用いる。

(50) waQ-te simoo-ta=a.

割る-CTX しまう-PST=SFP

‘割ってしまったわ。’

ドキュメント内 甑島里方言記述文法書 (ページ 130-134)