第 7 章 意味論
7.2 ヴォイス
7.2.3 可能表現
里方言の可能表現では,次の6つの形式が使用される47。 (20) a. -iØ=ga#nar- b. -iØ=ga#e- c. -e-
d. +kir- e. -rare- f. +das-
九州方言の可能表現は,成立条件の違いによって,能力可能と外的条件可能の大別できる (大分 方言,鹿児島本土方言を除く)。能力可能とは,動作主体の能力に依存した可能表現で,外的条件可 能とは,動作主体を取り巻く環境に依存した可能表現である。里方言の可能表現形式とその意味を 次の [表28] に示す。
表28 里方言における可能表現の体系
-
iØ=ga#na r-
-
iØ=ga#e- -e- +kir- -
rare- +das-
能力 ✔ ✔ ✔ ✔ 外的条
件
✔ ✔ ✔ ✔ ?
里方言では,能力可能と外的条件可能の対立が失われつつある。表 28 のように,-iØ=ga#nar-,
-iØ=ga#je-, -e- は,能力可能もしくは外的条件可能のどちらか一方に偏ることなく,可能全般を表す。
+kir- は主に能力可能を表す。-rare- は主に外的条件可能を表す。+das- は,時間的余裕を成立条件
とする外的条件可能を表す。
以下では各形式の意味・用法を見ていく。まず,-iØ=ga#nar- は,次の (21)–(22) のように,能力 可能と外的条件可能の区別なく,可能全般を表す。
47 調査した話者のうち,話者01, 02, 17は,-iØ=ga#deke-という形式も可能表現で使用するという。
(XIV) wasjaa kanazuci=jai=de ojog-i=ga deke-N=doo.
1SG:TOP かなづち=VLZ:NPST=CSL 泳ぐ-NL=NOM できる-NEG:NPST=SFP
‘私はかなづちだから,泳ぐことができないよ。’ ≪能力可能≫
しかし,話者06,18は -iØ=ga#deke- をほとんど使わず,自分たちより若い世代が使い始めている新形式だとコメ ントしたため,今回の記述には加えなかった。
(21) a. oraa ojogjaa nai.
ojog-iØ=wa nar-ru 1SG:TOP 泳ぐ-NL=TOP なる-NPST
‘私は泳ぐことはできる。’ 《能力》
b. watasjaa kanazuci=de ojogjaa nar-aN. 1SG:TOP かなづち=INST 泳ぐ:NL:TOP なる-NEG:NPST
‘私はかなづちで泳ぐことはできない。’ 《能力》
(22) a. sio=ga miQ-toi=de ojog-i=ga nai=doo.
潮=NOM 満ちる-CONT:NPST=CSL 泳ぐ-NL=NOM なる:NPST=SFP
‘潮が満ちているから,泳ぐことができるぞ。’ 《外的条件》
b. sio=ga hiQ-toi=de ojog-i=ga nar-aN=doo.
潮=NOM 引く-CONT:NPST=CSL48 泳ぐ-NL=NOM なる-NEG:NPST=SFP
‘潮が引いているから,泳ぐことができないぞ。’ 《外的条件》
-iØ=ga#e- も,(23)–(24) のように,能力可能と外的条件可能の区別なく,可能全般を表す。
(23) a. oraa akurjoku=ga cujo-ka=de doNna biN=demo 1SG:TOP 握力=NOM 強い-NPST=CSL どんな 瓶=でも ake-Ø=ga ju-i=ga.
開ける-NL=NOM 得る-NPST=SFP
‘私は握力が強いから,どんな瓶でも開けることができるよ。’ 《能力》
b. oraa akurjoku=no na-ka=de biN=no huta=a
1SG:TOP 握力=NOM ない-NPST=CSL 瓶=GEN ふた=TOP
ake-Ø=ga e-N.
開ける-NL=NOM 得る-NEG:NPST
‘私は握力がないので,瓶のふたは開けることができない。’ 《能力》
(24) a. kagi=ga deki-ta moN=de mado=o ake-Ø=ga e-ta.
鍵=NOM できる-PST もの=INST 窓=ACC 開ける-NL=NOM 得る-PST
‘鍵ができたものだから,窓を開けることができた。’ 《外的条件》
b. kagi=ga koware-te mado=o akjaa e-N=jaQ-ta.
ake-iØ=wa e-an-ru=jar-ta
鍵=NOM 壊れる-CTX 窓=ACC 開ける:NL:TOP 得る-NEG=VLZ-PST
‘鍵が壊れて,窓を開けることはできなかった。’ 《外的条件》
-e- は,(25) ojog- ‘泳ぐ’, (26) kak- ‘書く’, (27) ik- ‘行く’ といった子音語幹に接続し49,可能全般を 表す。
48 ‘引く-CONT:NPST’ にあたる動詞としてはhii-toiが予想されるので,hiQ-toi ‘干る-CONT:NPST’ かもしれない。
49 母音語幹mi- ‘見る’, ake- ‘開ける’ に -e- が接続する例を話者06から数例得た。しかし,意味・用法が確認でき
ていないことと,話者02がこの形式を不自然と判断したことから,今回の記述には加えなかった。
(25) a. oraa ojog-u-i=do.
1SG:TOP 泳ぐ-POT-NPST=SFP
‘私は泳ぐことができるぞ。’ 《能力》
b. watasjaa kanazuci=de ojog-e-N.
1SG:TOP かなづち=INST 泳ぐ-POT-NEG:NPST
‘私はかなづちで泳ぐことができない。’ 《能力》
(26) a. biNseN=ba koo-te ki-ta=kara tegami=o kak-u-i=doo.
便せん=ACC 買う-CTX 来る-PST=CSL 手紙=ACC 書く-POT-NPST=SFP
‘便せんを買ってきたから,手紙を書くことができるよ。’ 《外的条件》
b. [手紙を書いていたが,途中で便せんがなくなったので]
saigo=made kak-e-N-kaQ-ta.
最後=まで 書く-POT-NEG-VLZ-PST
‘最後まで,書くことができなかった。’ 《外的条件》
(27) [磯餅焼きに行くお年寄りについて話していて]
sore=koso asoko=daQ-tara moo=na cue=demo cui-tee=na それ=こそ あそこ=VLZ-COND もう=CNF 杖=でも 突く-CTX=CNF
juQkuri juQkuri ik-u-i=taa.
ゆっくり ゆっくり 行く-POT-NPST=SFP
‘それこそあそこだったら,もうね,杖でも突いてね,ゆっくりゆっくり行けるよ。’
《外的条件》
+kir- は次のように能力可能を表すが,外的条件可能は表さない。
(28) a. watasjaa kanazuci=de ojog-i+kir-aN.
1SG:TOP かなづち=INST 泳ぐ-NL+POT-NEG:NPST
‘私はかなづちで泳ぐことができない。’ 《能力》
b. # kjoo=wa puuru=ga jasumi=de ojog-i+kir-aN.
今日=TOP プール=NOM 休み=INST 泳ぐ-NL+POT-NEG:NPST
‘今日はプールが休みで泳ぐことができない。’ 《外的条件》
次のように道具の有無を成立条件とする可能表現でも,+kir- は用いられる。
(29) a. kagi=ba moQ-toi=de to=ba ake-Ø+kii.
鍵=ACC 持つ-CONT:NPST=CSL 戸=ACC 開ける-NL+POT:NPST
‘鍵を持っているから,戸を開けることができる。’ 《外的条件》
b. kagi=ba nakus-ite kiNko=ba ake-Ø+kir-aN.
鍵=ACC なくす-CTX 金庫=ACC 開ける-NL+POT-NEG:NPST
‘鍵をなくして,金庫を開けることができない。’ 《外的条件》
このような +kir- の使用は,長崎県長崎市,同県福江市 (木部2004; 2006)50,熊本県八代市 (山本
50 木部 (2006) では,外的条件可能に +kir- が使用されることについて,「外的条件の位置づけが,「主体の能力」
(次頁に続く)
2004) などでも報告されている。(28) を踏まえると,kagi ‘鍵’ のような道具も動作主の能力に含ま れるのだろう。
神部 (1987),渋谷 (1993; 2005),青木 (2004) などで指摘されているように,+kir- は,「最後ま でし終える」という完遂の意味から可能を表すようになった形式である。そのためか,里方言の
+kir- も完遂の意味で使用されることがある。
(30) kaQ+kiQ-ta.
書く:NL+切る-PST
‘(100 通) 書ききった’ 《完遂》
このことから,+kir- は動作の完遂を明示する表現と馴染みやすい。たとえば,(31)a のように,
動作の完遂を明示する場合は +kir- が使え (て,外的条件可能のようにも解釈でき) るが,(31)bの ように,そうでない場合は不自然である。
(31) a kinoo=wa zikaN=ga aQ-ta=dee neNgazjoo=ba zeNbu kak-i+kiQ-ta.
昨日=TOP 時間=NOM ある-PST=CSL 年賀状=ACC 全部 書く-NL+切る-PST
‘昨日は時間があったので,年賀状を全部書きあげた。’ 《外的条件》
b. # biNseN=ga aQ-ta moN=de kinoo=wa tegami=ba kaQ+kiQ-ta.
便せん=NOM ある-PST もの=CSL 昨日=TOP 手紙=ACC 書く:NL+POT-PST
‘便せんがあったので,昨日は手紙を書きあげた。’ 《外的条件》
-rare- は,(32) のように外的条件可能は表すが,(33) のように能力可能は表さない。
(32) a. [子どもの頃の遊び「布団かぶせ」の話をしていて]
sora omoni ame=toka sogaNta tooki=jai-moi-ta=naa.
それ=TOP 主に 雨=ILST そうした 時=VLZ-POL-PST=SFP
amebijori=de soto=de asub-are-N tooki=naa.
雨日和=INST 外=LOC 遊ぶ-POT-NEG:NPST 時=SFP
‘それは主に雨とかそんな時でしたね。雨日和で外で遊べない時ね。’
《外的条件》
b. sio=ga miQ-toi=de ojog-aru-i=doo.
潮=NOM 満ちる-CONT:NPST=CSL 泳ぐ-POT-NPST=SFP
‘潮が満ちているから,泳ぐことができるぞ。’ 《外的条件》
c. sio=ga hiQ-toi=de ojog-are-N=doo.
潮=NOM 引く-CONT:NPST=CSL 泳ぐ-POT-NEG:NPST=SFP
‘潮が引いているから,泳ぐことができないぞ。’ 《外的条件》
(33) a. # oraa ojog-aru-i.
1SG:TOP 泳ぐ-POT-NPST
‘私は泳ぐことができる。’ 《能力》
がおもてへ出る際の単なる外的・一時的な通過条件という位置づけから,「主体の能力」を積極的に「援助」する,
あるいは「引き出す」ものという位置づけへ変化したため」と分析している。
b. # watasjaa kanazuci=de ojog-are-N.
1SG:TOP かなづち=INST 泳ぐ-POT-NEG:NPST
‘私はかなづちで泳ぐことができない。’ 《能力》
次の -rare- も厳密には能力可能ではない。
(34) a. kono kaNzi=wa muzukasi-ka=de kak-are-N.
この 漢字=TOP 難しい-NPST=CSL 書く-POT-NEG:NPST
‘この漢字は難しくて書くことができない。’ 《能力》
b. oraa akurjoku=no na-ka=de biN=no huta=a ake-rare-N.
1SG:TOP 握力=NOM ない-NPST=CSL 瓶=GEN ふた=TOP 開ける-POT-NEG:NPST
‘私は握力がないので,瓶のふたは開けることができない。’ 《能力》
(34)a の動作主は字を書く能力は備えているが,漢字の難しさという外的条件がそれを妨げてい
る。(34)bも同様で,動作主はふたを開ける能力を備えているが,ふたの閉まり具合という外的条件
がそれを阻害している。(32)–(33) を踏まえると,動作主の能力が発揮できるかどうかも,外的条件 に含まれるのだろう。
+das- は能力可能は表さず,時間的余裕を成立条件とする外的条件可能を表す51。神部 (1987) に
よると,九州方言では否定形式と共に用いられることが多いようであるが,里方言では必ずしもそ うではない。
(35) a. kjuu=wa jojuu=ga aQ-ta moN=de kocucumi=ba ake-Ø+djaa-ta.
今日=TOP 余裕=NOM ある-PST もの=CSL 小包=ACC 開ける-NL+POT-PST
‘今日は余裕があったので,小包を開けることができた。’ 《外的条件》
b. kinuu=wa isogasjuu si-te kocucumi=mo ake-Ø+das-aN-kaQ-ta.
昨日=TOP 忙しい:NL する-CTX 小包=も 開ける-NL+POT-NEG-VLZ-PST
‘昨日は忙しくて,小包も開けることができなかった。’ 《外的条件》