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1.5         グローバル時代の日本語教育

1.5.1 日本語教育の価値

鈴木(1978)は、ある民族の言語が国境を超えて学ばれていく要素を宗教、武力(軍事 力)、文化、経済力の四つに分類し、このいくつかの組み合わせによって言語が広まって いくとしている。日本は、戦後、アジアの経済大国になり、世界に影響力を与えるように なった。日本の高度経済成長は日本語が海外で広がっている要素の1つだと考えられる。

日本語を学習する動機の一つとして、日本が経済を発展させた経験を参考にするためとい うのが挙げられるからである。アジアの小さな国が、戦後の深刻な状況から復興し、超経

済大国になった秘密を知りたい、日本の科学技術の最新情報を入手したい、などといった 理由である。そして、日系の製造業の海外進出も日本語教育の発展に大きい影響を与えて いる。日本の製造業が生産性の向上や技術移転のために、日本語使用による労働環境を立 ち上げた。

一方、進出先の現地では、日本企業に就職したい人に日本語学習のニーズが出てきた。

日本語ができるのは日系企業に採用される条件の1つだからだけではなく、一緒に仕事し ている日本人をより深く理解したい気持ちもあるからである。日系企業進出の増大に比例 して中国や東南アジア諸国における日本語学習者が急速に増えていることが日本語と経済 との結びつきの事例である(国際交流基金、2008)。

嘉数(2011、p.97)は日本の経済力によって拡大された日本語の位置づけについて、

「国際経済の特定の分野における日本語使用の国際性の高まり、すなわち限定的にではあ っても、国際語としての機能が高まる可能性は、確実にあるだろう。」と述べている。

確かに、日本語は英語のように全世界で共通に使用されている言語ではなく、「国際 語」だとされてもいないが、日本の経済力の影響を受けている諸国での日本語使用を考慮 すれば、日本語の国際語としての機能が現れていることは明らかである。また、日本の文 化も日本語を広げていく要素の1つである。日本の魅力は独自の伝統的文化にあるが、そ れだけではなく、現在のマンガ、コスプレ、J-POP などの日本のポップカルチャーへの興味 から日本語を学習する若者が多くみられる。また、當作(2015、p.5)は日本の魅力につい て、次のように述べている。

日本は「21 世紀の課題先進国」と呼ばれる。日本はほかの国々が 21 世紀のこれから抱 える課題を先取りして経験している国と言われる。日本経済は世界に先駆けてバブル崩 壊を経験し、いまだに空白の時代が続いていると言われる。(略)食糧を海外に依存す ることは安全保障や食品の安全問題とも絡んで、問題ないのだろうか。この分野でも海 外の国は日本から学ぶことが多い。そのほか、産業の空洞化、少子高齢化、それに伴う 福祉問題、福島の原子力発電所の問題に象徴されるエネルギー問題など、世界がこれか ら経験する問題を日本はすでに経験し、問題解決がうまく行っている分野もあれば、な かなか解決できない分野もあり、グローバル化が進む中、難しい問題にこれから直面す ることが予想される国にとっては日本はいい実験室と言える。  

国立国語研究所を中心に行った「日本語観国際センサス」(平成 910 年、28 カ国・地 域で実施した調査)によれば、「今後世界のコミュニケーションで必要になると思われる 言語」として、日本語はオーストラリアでは英語に次いで第2位、アメリカ、中国等 6

国・地域で第3位に挙げられた。一方、経済のグローバル化に伴い、今後、東南アジア諸 国間の労働者移動が多くなると考えられているが、東南アジア各国における日本語教育は 盛んで、日本語で対話できる人も多い。そのため、東南アジア緒国をはじめ、英語の他、

日本語が世界の国際言語として利用される可能性も高いであろう。

国際交流基金(2015)「2015 年度『海外日本語教育機関調査』結果(速報)」によれば、

海外の教育機関における日本語学習者数は約 365 万人である。海外の日本語学習者総数の 約 79%がアジア地域で占められている。この結果をみると、今後もアジア地域を中心に日 本語教育の発展が期待されている。東南アジア諸国においては、貿易、投資、製品市場、

労働力供給、安全保障、人的交流、文化交流などのあらゆる面で、日本と密接な関係を持 っている。その意味で、東南アジアで日本語を学習することは価値あることなのであり、

東南アジアで 21 世紀に成功できる人間を作る道を作ってくれると言っても過言ではない

(當作、2016)。

1. 5. 2 「 日 本 人-日 本 語 」 か ら み た 日 本 語 の 国 際 性

1.5.1 で述べた通り、東南アジアでは、日本語使用のコミュニティが確立されている。さ らに、グローバル化時代において、多言語主義の影響のもとに、日本語はますます世界の 多くの国に普及していくだろう。このような状況が進展すれば、日本語の国際性がいっそ う高まる可能性は高い。鈴木(2005)は「日本語は国際語になりうるか」という課題を提 示し、経済の超大国として世界のためを考えて、「使い慣れた自分の言語で」発言するの が国際的責務だと指摘することによって、日本に「言語が本当の武器だという自覚が必 要」だと明言している。  

それでは、日本人は日本語の国際性についてどのように考えているだろうか。1.5.2 にお いて、日本人と日本語との関係、日本人の日本語に対する認識、について考察したい。  

日本語は日本人の母語で、日本人の財産の1つだというのは確実である。日本人は日本 語のオーナーだから、日本語を使う権利だけではなく、日本語に対する決定権もある。こ の決定権とは、まず、日本語の使い方、言語形態の変化などに関わる権利である。日本の 方言は、日本語の標準語と異なっていても、日本語だと認められる。また、若者によって 作られる従来の日本語とは違う変わった言葉なども日本語として認められるだろう。これ らに対して、外国人の間違った日本語が日本語だと認められる可能性はまったくないだろ う。  

次に、日本語をソトの人に使わせるかどうかの権利である。この権利の証拠は日本の固 有な「国語教育」とソトに向けた「日本語教育」との存在である。国語教育と日本語教育

の相違は教育の内容、日本語教師の立場、学習者の立場からという様々な面から取り上げ ることができる。

まず、国語教育と日本語教育との内容を対照しながら、国語教育と日本語教育の相違点 を取り上げることにより、日本語教育の国際性を明確にしたい。  

日本大百科全書8 (ニッポニカ)は国語教育について次の通り解説している。

国家・民族の成員に対して施される母国語あるいは公用語に関する教育営為を総 称していう。国語教育という語は、一般に家庭、社会(職域・職場など)、学校に おいて営まれる、国語生活・国語能力(知識・技能・態度をも含む)に関するしつ け・指導・訓練などを包括して用いられる。わが国の場合、国語教育は母国語とし ての日本語の教育である。

一方、日本語教育とは、日本語を母語としない人(外国人)を対象とする日本語の教育 である。上で引用した国語教育の定義によると、日本語教育と国語教育はともに日本語を 教えるという点では共通しているが、日本語を外国語として教えるか、母語として教える かという点で決定的な違いがある。国語教育の目標は簡単にいえば、日本語による言語思 考能力を向上させることであるが、これらに加えて、文部科学省は国語科教育を通じて

「国語に対する関心を深め国語を尊重する態度を育てる」(小学校)、「国語に対する認 識を深め国語を尊重する態度を育てる」(中学校)、「言語文化に対する関心を深め、国 語を尊重してその向上を図る態度を育てる」(高等学校)という目標を示している9。日本 語母語話者は国語教育によって、家族・社会から自然に習得した言語を整理し、より良く 使用できるようになることに対し、日本語を母語としない日本語学習者は日本語教育によ って、日本語を使用できるようになり、日本語をツールとして、自己を表現し、相手を理 解し、日本語の母語話者又は日本語を話す人とやりとりすることを目指す。日本語の熟達 度は学習者のニーズに応じたレベルとなる。

国語教育の対象者は日本語が母語である人の中でも、主たる対象は学齢期の子供たちで ある。日本語を外国語として学ぶ学習者は、学習歴が各自異なり、それぞれ母語が違って いる場合もある。また、文化的背景や、興味、能力、年齢などもさまざまで、媒介語が使 えないことも多い。学習目標、学習者の特徴が異なっているため、当然、国語教育と日本                                                                                                                

8『日本大百科全書』(1984~1994 刊:全 26 巻)のデジタル版「百科事典」を参考

https://kotobank.jp/word/国語教育-63749#E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.9E.97.20.E7.AC.AC.E4.B8.89.E7.89.88

9文部科学省 「第1国語力を身に付けるための国語教育のあり方」を参考 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/04020301/007.htm