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3.2     日本語教師の現状と課題

3.2.3       教師の質

3. 2. 2 において述べた 「ベトナムの中・南部の日本語教師に関するアンケート調査」の

結果からあげた教師の特徴の2.から、ベトナム人日本語教師のレベルがまだ高くない

(中級レベル)現状が伺える。 ホーチミン市師範大学の日本語教師でも2014年までN1を 取得している教師は1人であった。現在は 10 人のうち、N1 を取得している教師は 3 人に なっている。ある私立大学の8教師の内、N1を取得している教師は2名である。

2020 国家外国語プロジェクト」は各教育課程の卒業者の外国語能力を規定している。そ れによると、高校を卒業した学生の外国語能力はベトナムの 6 レベルの外国能力フレーム ワークのうち、レベル 3(B1)を達成することとされている。また、大学においては、外 国語専攻の大学生は、その外国語能力がレベル 5(C1)を達成することである。外国語専 攻ではない大学生については、外国語能力がレベル 3B1)を達成することとなっている。

中級レベルの日本語教師が学生をレベル 3B1)に到達させることは困難かもしれないが、

可能だと考えられる。しかし、中級レベルの日本語教師が学生をレベル 5C1)に到達さ せることは相当難しいだろう。また、研究論文を書いたり、学会で発表したりする業務も 考えると、大学の日本語教師の日本語能力が中級レベルである場合、基準を満たす学生を 育成することは困難である。

「2020 国家外国語プロジェクト」を実施するため、ベトナム全土では、外国語のクラス を増加させたり、外国語教師の質を向上するための研修などを行ったりした。2015、2016 年までの実施報告を見ると、「多くの外国語教師は国が決めた基準に達していない」とい う結果が多かった。例えば、Ben Tre 市の 2016 年 5 月の報告資料によると、中等教育の 700 人の外国語教師の内、基準(CEFR の B2)に達している教師はわずか1人である。

91.7%の教師は、A2 のレベルである。また、高等教育の 30 人の教師の内、CEFR の C1と いう基準に達している人はいない。他の地方の現状報告においても同じ状況が見られた。

これらの報告の対象は主に英語教師、フランス語教師であった。日本語教師を対象にした 言語能力に関する調査は見当たらなかったが、教育の歴史の中で長く重要視されている英 語の状況でこの結果であることから見ると、日本語教師においても基準を達成した率は高 くないだろうと推測される。

ホーチミン市の日本商工会(JBAH)はホーチミン市の高等教育機関の日本語教師の能力 を高めるという目的で、ホーチミン市の日越人材協力センター(VJCC)と協力し、「日本

語を教える能力を高める」コースを開催した。2017年1月14日から4月1日まで約2ヶ月 半の期間で、日本語の教授法及び日本語能力検定試験N1の対策方法がこのコースの内容で

あった。VJCC の情報によると、17 名の大学の教師がこのコースに参加した。このような

日本語教師にむけたコースが開催されたのは、日系企業がベトナムの日本語教師の能力を 高く評価していないことが理由の一つであろう。ベトナム人の日本語教師の日本語能力が 高くないため、良い学生を育てられないとの指摘がされている。一方、3. 2. 2において記述 した 「ベトナムの中・南部の日本語教師に関するアンケート調査」の結果によると、ベト ナム南部の日本語教師は日本語の教え方においても問題があると考えている。約 48%の回 答者はベトナムの日本語教育の質を向上するため、教授法についての研修を開催すること によって教師の質を高めることが必要だと提案していた。

日本語を応用する機会のないことも日本語教師の日本語能力を改善できない原因として 挙げられる。教師の仕事の他、通訳などしている教師には課題にならないが、授業しか行 っていない教師にとっては深刻な課題である。筆者の教え子によると、教師になってから、

授業で何回も『みんなの日本語』を繰り返す他に、日本語を使うチャンスはほとんどなか ったため、日本語能力が中級レベルからだんだん初級レベルに落ちてきたそうである。日 本の大学との交流活動を行っている機関では、日本人とやりとりの機会があるが、このよ うな活動を行わない機関、またはその活動に参加しない教師には授業の他、日本語を学ぶ 機会がないのが現実である。

各機関の日本語教師の変動も教師の質に影響を与える原因である。3. 2. 2 において説明 した 「ベトナムの中・南部の日本語教師に関するアンケート調査」の結果によると、0〜5 年の経験者は 67%を占め、日本への留学又は退職する日本語教師が多いため、日本語教師 としての経験を積んだ教師が少ないのである。

教師の変動について、ホーチミン市の中等教育の日本語教師とホーチミン市師範大学の 事例を取り上げてみたい。まず、ホーチミン市の中等日本語教育は 2005 年から開始された が、ホーチミン市日本語教育訓練所のデータによると、2016 年まで中等教育で日本語を教 えた教師の合計は 12 名である。しかし、2016 時点において、その 12 名の内、辞職したの が4名である。在職の8教師の内、10年以上の経験者は3名で、5名は1・2年前に採用さ れた新人である。

ホーチミン市師範大学日本語学部は 2008 年から開設され、2017 年まで 20 人の教師を採 用した。内、11 人の教師が退職した。在職している9人の内、1年の経験者は4名で、2年 の経験者は 1 名だが、2017 年 4 月から日本への留学で臨時の退職になった。5 年の経験者 は 3名だが、3 名ともこの2、3年日本で勉強している。9 年の経験者は1 名である。長く 勤め、現場の状況を把握し、その現場の仕事に適切な知識・能力を身につけることが必要

だが、ベトナム南部の日本語教育では、そのような人材はまだ確保できていない。下記は ホーチミン市師範大学の日本語教師の変動状況を表す表である。

16 ホーチミン市師範大学日本語学部の退職した日本語教師リスト

出典:ホーチミン市師範大学の人事部のデータにより作成

教師リスト 採用年 退職年 留学期間 在職期間(年)

1A 2008 2009 1

2B 2008 2010 20092010 2

3C 2008 2010 2

4D 2008 2014 5

5.E 2008 2014 5

6.F 2009 2010 1

7.J 2009 2014 2010〜2014 5

8.H 2010 2014 4

9.I 2010 2017 2012〜2016 2

10J 2011 2013 2

11.K 2015 2016 1

17 ホーチミン市師範大学の在職日本語教師リスト

教師リスト 採用年 留学期間 在職年数 備考

1L 2008 9

2.M 2011 2012年〜現在 6 2020年に帰国見込み

3N 2011 2015年〜現在 6 2017年に帰国見込み

4O 2012 2017年〜現在 5 2020年に帰国見込み

5P 2015 2017年〜現在 2 2019年に帰国見込み

6.Q 2016 2018年〜の見込み 1

7R 2016 2018年〜の見込み 1

8.S 2016 2018年〜の見込み 1

9.T 2016 1

出典:ホーチミン市師範大学の人事部のデータにより作成

日本語教師の人数が少ないことと上述した教師の不安定な状態とが、日本語教師のレベ ルを上げられないことの原因だと考えられる。厳しく管理すると教師がやめてしまう恐れ があったり、また、経験が浅くてもすぐに授業を担当しなければならないため、研修期間 がとれなかったりする。このような環境では、日本語教師のレベルを上げることは非常に 難しい。

日本語教師の育成とレベルの向上のためには、まず、教師の現状を明確にすることが必 要だが、現時点に至っても、現場の教師の能力、仕事上の要望などを調べる基礎的な研究 は行われていない。国際交流基金の調査による各機関の日本語教師の人数以外、他のデー タはほとんどない状態である。ベトナムの日本語教師の言語能力についてのデータを集め る研究もほとんど見あたらない。1998 年時点において、「上級段階を教えられる教員がい なくて、困っているという声が多かった。上級段階の指導をするには日本語の文法などの 一般的な知識のほかに、様々な知識—例えば、歴史的・社会的・科学的知識—が必要となる が、そうした知識を持つ人材を日本語教師の中に見いだすことはなかなか難しいようであ る。」という状況であった(宮原彬、1999)。現在でも、ベトナム人の教師が文法・読解、

日本人の教師が会話・作文というような授業分担は多くの大学で見られる。近年、日本の 大学に進学した教師が戻ってきたため、この状況はある程度改善できているものの、少数 の教師に負担がかかっている状態である。

3.2.2 において述べた日本語教師のアンケート調査の結果によると、多くの教師は教授法 の研修を受けたいと答えている。また、ベトナムの日本語教育への提言として、教師の教 授法の技能を向上させる必要があるとも答えている。ベトナム人の教師たちには、教授法 を重視し、授業のテクニックは教育の結果を決めると認識している傾向があるように思わ れる。

こ れ ら の ニ ー ズ に 応 え る た め 、 2009 、 2010 年 頃 、 ベ ト ナ ム 日 本 人 材 協 力 セ ン タ ー

VJCC)という日本とベトナム両国政府の合意のもと設立された人材育成機関において、

年に 2、3 回ほど日本語教師向けのセミナーが開催されていた。民間日本語学校、企業の日 本人教師が多く参加し、勉強会の使用言語は主に日本語だから、日本語に困難のあるベト ナム人の参加者には難しいところがあると思われた。また、当時、国際交流基金の主催し た中等教育機関の日本語教師むけの研修が定期的に開催されていたが、大学の教師を対象 とした研修は見られなかった。

しかし、大学での日本語教育の課題を解決するためには、日本語、教授法に関する研修 だけではなく、各機関の間の情報交換も必要だと考えられ、高等教育機関のベトナム人日 本語教師のみを対象とした研修が師範大学の主催によって計画された。この研修は年に二 回開催されることになり、2013 年から開始された。研修の参加者は主にホーチミン市とビ ェンホア市、ブンタウ市のようなホーチミン市周辺にある高等教育機関のベトナム人の日 本語教師とホーチミン市師範大学の 3、4 年生であった。講師は国際交流基金から派遣され た専門家または講師である。会場はホーチミン市師範大学であったため、参加費は無料で あった。研修の内容は主催者の師範大学が提案した研修ニーズのポイントをもとに、国際 交流基金の専門家が研修の内容、活動を考慮し、組み立てた。

研修は 2013 年より 2015 年まで年に 2 回、計 6 回行った。これらのセミナー、教師研修 は当時の教師の研修のニーズにある程度応えられた。ほとんどの教師は教師養成プログラ ムからの出身ではないため、日本語を教えるテクニックに関する知識が浅い。これらのセ ミナーでは教授法のテクニック、学習活動の経験などを学ぶことができた。そのうえ、教 育訓練省から改革の指導を受けたものの、教育管理機関が主催した教師研修はなかったた め、日本語教育における改革の方向性が見えない状態の中で、国際交流基金の専門家とそ のセミナーは当時のベトナム人教師の助けになった。

しかし、この時期の研修は部分的に行われ、教師の成長に追いつくことは考慮されなか った。研修の内容は 3 年目になっても、同様の内容が繰り返され、発展性がだんだん見え