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1.3 コミュニケーション能力を重視する外国語教育

1.3.3     ソーシャルネットワーキングアプローチ( SNA )

言語の応用能力のみ重視する CLT の欠点は実際に学習言語を使ってその母語話者とコミ ュニケーションをすることによって明らかになってきた。実際のコミュニケーションでは 言語能力だけではなく、物事の判断能力、理解能力なども必要となるからである。これら の能力がないと、実際にコミュニケーションを成立させるのは難しい。また、CLT のもう 1つの欠点は、学習言語の母語話者と接する機会が少ない海外の日本語学習者のコミュニ ケーション能力を、どのように発達させるかについて十分考慮しなかったことであろう。

これらの欠点に対して、當作靖彦らはソーシャルネットワーキングアプローチ(SNA:

Social Networking Aproach)として、授業中に学習言語で母語話者などとつながるところま で指導すべきだと主張している。また、「真のコミュニケーション」の概念を提示し、コ ミュニケーションの社会的な機能も強調している。

SNA は、言語教育の哲学、原則、実践のソースとなる言語、言語学習の性質に関する理 論である。SNAの背景は、テクノロジー主導のグローバル化が急速に進む21世紀にある。

21世紀はテクノロジー主導の急速な社会変化が進んでいる時代で、2013年の世界のテクノ ロジー企業の成長率がこのまま続けば、21世紀の百年間で2013年の2万年分の成長が起こる と言われている(當作 2013)。この時代の特徴の1つは「膨大な情報が毎日発信されている ことである」(當作 2013)。ソーシャルメディアによって、これまでつながることができ なかった人とも簡単、かつ瞬時につながる時代である結果、21世紀のキーワードは「つな がる」と言われるのである(當作2016)。

また、當作(2016)は、教育において、「テクノロジー主導のグローバル時代の中で、ま わりの世界が変われば、要求される能力も変わり、その変わって要求された能力を持った 人間を育てる教育も変化が要求される」と強調した。當作(2013)はJohn Dewey(1998)の

「教育とは未来の生活のための準備に行うものではなく、今この現在を生きることができ る人間を育てるものである。」という観点を受け、外国語教育で学んだ知識を将来のため ではなく、現在のため、学んだ時点から活用するべきだと主張した。その精神によれば、

SNAが提言した「つながる」は目標言語の母語話者だけではなく、クラスの友だち、先輩、

後輩、家族などとのつながりも含むという。学習者が外国語教育を通して、習得した言 語・文化などの知識を運用して、周りの人との関係を構築することもつながりである。学 習者が実際に社会活動を試み、貢献して社会を変えることを目標とし、「わかる」「でき る」の次は「つながる」言語能力を新しい言語学習目標だと提唱している(當作・中野、

2012)。

SNAの理論は国際文化フォーラムから発表された 「外国語学習のめやす(以下めやす)」

(2012)に示された考えを発展拡大 したものである。「めやす」は日本における高校レベル の中国語、韓 国語学習の指針、学習目標を提示したものであるが、そこに示された考え は ほかの言語の教育にも応用できるものである。「めやす」の教育理念、教育目標、学習目 標は下記通り組立てられている。

教育理念

他者の発見・自己の発見・つながりの実現 教育目標

ことばと文化を学ぶことを通して、学習者の人間成長を促し、21世紀に生 きる力を育てる

学習目標

総合的コミュニケーション能力の獲得 3 領域 x3 能力+3 連繋

3 領域:言語・文化・グローバル社会 3 能力:わかる・できる・つながる 3 連携:学習者・他教科・教室外

上述した構成について、簡単に説明を要約する(當作・中野、2012)。「めやす」の提 案した外国語教育理念は「他者の言語・文化との出会い」(p.017)によって、「他者を発 見」することができるが、「他者との対照によって自言語・自文化を再発見し」(p.017)、

「自己そのものも再認識することを通じて、自他の理解を深め、共に生きていける社会を 創る」(p.017)ことである。そして、外国語教育は「単なる道具としての言語を習得させる ものではなく、21 世紀を生きぬく資質と能力を育てることを目指す教育目標が設定され た」(p.018)。「めやす」は「生きる力」の他、「他者の発見・自己の発見・つながりの 実現」という教育理念から、「他者に向き合うときに必要とされる寛容性・共感性・他者 への尊重の念」(p.018)、「自己と向き合うときに求められる内省力・自尊感情・自主 性・自律性」(p.018)、「社会、社会創りに必要となる創造性、柔軟性、責任感という資 質形成」(p.018)が重要だという。さらに、「めやす」では、言語・文化・グローバル社 会の 3 つの領域におけるわかる・できる・つながるという 3 つの能力から構成された総合 的コミュニケーション能力を習得することを目標としている。

3 つの領域における 3 つの能力を身につけるためには、学習者の態度、意欲・他教科の内 容・教室外の人・モノ・情報とも連繋させることが重要だということも示した。そして、

「つながる」を実現するため、ペアペアワーク、ロールプレイのほか、プロジェクト学習 型などの練習方法が提案されている。

「めやす」はこれらの能力を「総合的なコミュニケーション能力」だと言っている。SNA が求めているこの「コミュニケーション能力」は単なる言語を使って、情報を伝達する能 力の意だけではなく、相手への配慮をし、人間と人間の間で、心や気持ちの通い合いが行 われたり、互いに理解し合ったりすることを示しているだろう。

上述した「教育目標」と「学習目標」の新たな特徴2点を着目したい。言語の構成を重 視するこれまでの外国語教育目標といえば、「一学期で教科書を一冊教える」のような教 科書中心主義、「1年生に動詞の『です、ます』体、2年生に敬語を教える」という学習 項目主義などがある。主に教科書に頼っている従来の教育目標に対して、「めやす」は外 国語教育の重要な目標は外国語を習得させることではなく、その教育活動を通して、生き る力と資質を育むことだという。前者が、言語能力を重視しているとすれば、後者は人間 を形成することを重視している。これは新たな特徴の1点目である。  

2点目は、学習目標の「つながる力」である。これまでの学習目標は教科内容・知識理 解の「わかる力」から応用力獲得の「できる力」に変化してきたのである。外国語学習の 目標はその言語にすれば、その言語を理解し、文型・語彙を応用できたら充分だといえよ う。しかし、「応用」とは、授業で指導された「○○文型を使って、文を作って下さい」、

「○○語彙・表現を使って、会話を作って下さい」という教室内の応用活動だと理解して いる人が少なくないのである。特に、学習言語の母語話者とコミュニケーションをとるこ とができない学習環境では、応用とは宿題、テストを解くための応用だと多く考えられて いる。または、今後の就職のために外国語を学習している中等・高等教育の学生たちにと っては、将来、職場で母語話者とのコミュニケーションをする際、学んだことを応用する と考えている学生も多いだろうが、在学の段階では、宿題・テストでの応用しかないのは 事実である。

つまり、「応用」は学習の行為であるが、「応用場面」「応用方法」「応用目的」とい うその行為のゴールを明確にすることが必要である。「めやす」が提案した「つながり」

は学習言語の応用行為のゴールを示した。「めやす」が指した「つながり」の対象者は学 習言語の母語話者だけではなく、自分とのつながり、友だち、親族などの周りの人でもあ るため、応用活動は色々な形で実現できることが明確になっている。

教授法において、SNA はプロジェクト学習、ポートフォリオ評価などを提案している。

プロジェクト学習とは学習者自身が、ビジョンをもち、ゴールへ向かい戦略をたて、情報 を集め、自ら知を創造していく学習である。

 

目標設定力、課題解決力、情報を見極める力、

イメージ力、コミュニケーション力など、21 世紀を生きる力、コンピテンシーを身につけ ることができると思われる。その最大の特徴は、テーマ・ゴールを明確にして取り組むこ とと、学習のゴールを他者に役立つ提案型アウトカムとしていることとにある。この学習 スタイルは全面的に学習者の能動性の発揮を求める一方で、教師の柔軟な指導が求められ る。プロジェクト型学習を応用した授業において、学習者の言語面のフィードバックだけ では充分でなく、物事の判断、学生の構造力を引き出せる指導なども必要となる。

従来の言語観と比較した場合、SNA の重要な特徴は次のようである。まず、SNA は言語 の能力ばかりではなく、他の能力と資質をも育て、人を成長させる教育の精神も含んでい ることである。そのため、SNA に基づいて教育理論から、教授法、学習活動まで統一的な 外国語教育体制を作成することができる。この機能は他の言語アプローチに見られないも のである。さらに、SNA において、言語だけではなく、人、もの、動物なども学習活動の 対象になるため、学習者に豊かな学習環境を提供できる。また、学んだことをすぐ活用で き、学習目標が言語の応用能力だけではないため、毎回の学習活動による何かしらの獲得 がある。その成果は言語能力の成長ではなくても、人、ものなどとのつながりから得たこ と・ものがある。

ここで、SNACLT の主要な特色を対照し、SNA の特徴を述べたい。CLTSNA

「構成より意味が大切」、「学ぶために運用する」というコミュニケーション能力を重視 すると主張しているが、下記の通りの相違が見られた。