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5. 2において「モデル教師」について述べたが、その教師観にもとづく日本語教師育成プ ログラムを提示したい。

上述した「モデル教師」の役割を果たすため、第 4 章において述べた日本語カリキュラ ム改革の反省を踏まえて、次に、教師に必要な6つの資質を取り上げる。

①主体性

4章の4. 4. 1で述べたように、SNAの日本語教育の特徴は「体験しながら学ぶ」である

から、教師も自分で体験しないと、教えの精神が学生に伝わらないのである。教師は日本 語を活用した他人とのつながりの構築方法、問題解決方法、物事の相対的な見方などに関 して実際に体験をし、その経験に基づいて学生へのフィードバック、アドバイスすること が求められる。教師はこれらの経験を積む段階において、自己の能力、個性に合った研修 方法を能動的に考慮、選択しなくてはいけない。

今後の日本語教師は、個々の学習者を重視し、学生の能力と個性とを考えて教育を行う。

学生時代に学ぶのは、ただ事例だけである。教師になってから、学生の多様な性格、多様 な学習ニーズに対応するのに、教師自身が学生時代に学んだ内容をそのまま利用したり、

教科書に依存したりすることはできない。学生のための良い学習環境、適切な教材、効果 的な学習方法への指導などは、個々の学生に合わせて柔軟に対応するのが教師の果たす役 割であり、学生の言語学習、能力形成過程の中心的な存在になる。この役割を果たすため には、教師が自己の主体性を充分認識しなくてはならない。

ベトナムの日本語学習者の特性を考えれば、主体性により注目すべきである。ベトナム の学習者は初等教育から教師に依存する学習文化を身につけているため、能動的に自己の 学習目標を見つけ、主体的に学習活動に参加するという新しい役割に突然移行することは できない。また、アメリカのような国の学生と同様に、社会的に高い地位にある教師に対 してベトナムの学生が主体的に自分の意見を述べる習慣をつけるためには、時間をかける だけでなく、学生をそのような習慣がもてるように促す工夫が必要である。教師が学生の 主体性を育てていくには、まず、教師がその資質を身につけなくてはならない。

②忍耐力

ベトナムの学生は主体性に乏しいため、教師が積極的に授業を活性化しようとしても、

すぐにその効果がでないことがほとんどである。学生は受動的な授業になれているため、

自分で調べたり考えたりすることに抵抗がある。または、知識を重視し、課外活動に参加 すると勉強の時間に影響を与えることを心配して、学生主体の授業方式の実施には反対の 声が出やすい。このような場合、教師の忍耐力が必要である。

一方、同僚への対応にも忍耐力が必要だと思われる。新しい教育に取り組む際、教師の 経験、年齢、個性などによって、解釈と応用手段はそれぞれに違いが出る可能性がある。

しかし、アクティブ・ラーニングのような学習形態は一人の教師だけで行っても効果が薄 いため、教師同士が話し合い、冷静に合意することが必要になる。

自分が新しい教育の良いところが理解できたからといって、周りも自分の変化と同様に 変わるわけではない。政府の教育制度、大学の規則の不変、または進度の遅い変化に不満 を持ち、それを理由に新しい教育への取り組みを諦めるのは望ましくないことである。逆 に、教師の力を活用し、周りの人、大学の規則、政府の制度に影響を与え、改善させる努 力と忍耐力が必要だと思われる。

③生涯学習

新しい教育では教師が学生に知識を伝えるのではなく、学生に必要な知識の習得方法を 教え、その知識の応用方法を指導する役割を果たす。しかし、21世紀は情報、技術、社 会などが急速に変わっている時代である。知識は普遍ではなく、多様になっていくのであ る。学生に新しく適切な指導を与えるためには、教師も常に新しい知識をアップデートし なければならない。また、日本語教育を通じてできたつながりによって可能となった共同 研究、協力事業などに対応するため、学習・研究の継続が必要となる。

④内省能力

教師は常に反省しなければならない。教師の内省能力が高ければ高いほど、新しい教育 への取り組みが早く進む。逆に、教師に内省能力がない、または内省能力が低ければ、教 育の改革は少しも進まない状態になる。4. 4において述べた、師範大学での日本語教育改革 の経験から考えると、新しい理論的な枠組みを知る・理解・試し・応用・見直し・再応 用・それを実施する教師を育成する対策の立ち上げ、という様々な段階を経ていくのであ るが、どの段階においても、誤解や理解不足などが出てくるのは確実である。教師は自己 の失敗をみとめ、それを乗り越える姿勢を持たなければ、効果的な教育にならない。

⑤柔軟性

日本語を使って、「つながる」を構築する活動において、様々な人との出会いができる。

物事を相対的に見たり、適切に対応したりすることが必要となる。特に、他人の立場にな って、相手の感情を理解するのは他人との良い関係に不可欠な条件である。仕事において、

日本・ベトナム・その他の国の規則、ルール、マナーは異なっているところがあることを 理解し、協力できるような調整を考慮することが必要であろう。

アクティブ・ラーニングを実践する原則の1つとしては、「多様な才能と学習方法の尊 重」である。従来の教育は学生の個々の反応をあまり重視しないが、新しい教育手法は多

様になった学習者のニーズに応えるため、教師もその多様な学生に柔軟に対応しなければ ならない。また、新しい時代の急速な変化を理解したり、応用したりするためにも、柔軟 性は不可欠な条件である。

⑥自覚性

教職の特徴の1つは、クラスの中においても、社会においても上位にあることである。

教師になってからは、他人から教えを受ける機会が少なくなる。そのため、自己反省、努 力などは、すべて自覚次第である。教育改革と言えば、人の認識を変えることだが、人の 認識を変えるまえに、まず、教師が自分の認識を変えなくてはいけない。この過程は自覚 性のない教師には難しい。自覚性は①〜⑤の支えだと言える。

以上、教師に必要な資質、日本語教師育成のカリキュラムを受講する学生が身につけな くてはならない 6 つの条件を提案した。これらの能力を身につけるためには、何度も練習 し、時間をかける必要があるため、教師育成のためには、早い段階から将来教師になりた い学生に研修を受けさせなくてはならない。また、これらの能力をどのような方法で身に つけられるかということも考える必要がある。そこで、本研究において、「東南アジアのネ ットワークに基づいた日本語教師育成プログラム」を提案したい。

SNA が取り上げた「つながり」の対象は日本人だけではなく、学習者の周りの人なども 含む。そうではあるが、周りの人とのつながりで充分だとは言えない。特に、将来日本語 教師になる学生には、日本語を活用する体験が不可欠な条件である。

しかし、日本人とのつながりを考えると、ベトナムの教師の立場から、多少障害がある。

まず、日本とベトナムの物価の差があるため、ベトナム人が簡単に渡日することは困難だ ということである。共同研究で日本人がベトナムに来る案もあるが、頻度が高くないのが 実状である。次に、ベトナム人の教師と日本人の教師とは、教育分野において、対等な立 場ではないことである。その原因の一つは言語能力のギャップであるが、それ以上にベト ナム人教師の研究能力、アカデミックな知識がまだ浅いため、共同研究などが困難になる というのが主な原因である。

従って、将来日本語教師になる学生が能動的に日本語を活用できる環境は日本ではなく、

東南アジアの日本語コミュニティだと考えられる。東南アジアの日本語教師たちは日本語 能力に大きな差がなく、同じ課題を抱えているため、お互いに交流しやすい。また、東南 アジアの各国の物価はほぼ同じで、移動時間がそれほどかからないのも利点である。また、

日本との関係においては、1国対1国だから、多様性がそれほど多くはないが、東南アジ