第 2 章 消費者の行動 25
2.6 利子率と貯蓄
者の効用は現在の消費量と将来の消費量によって決まる。
資産のある人は子孫に遺産を残そうとするかもしれないが,それを経済学的に分析する には遺産を残す行為そのものから効用が生まれると考えるか,それとも子孫がその遺産を 使って行う消費から得られる効用が,遺産を残す人自身の効用にもなるというような形で モデルの中に記述しなければならない。ここでは遺産は残さないものとする,したがって 消費者は所得をすべて現在と将来で使い切ってしまう。
現在の所得をm1,将来の所得をm2,現在の消費をc1,将来の消費をc2で表す。これ までのようにX,Yの2財を区別するのではなく,現在の消費と将来の消費とを二つの財 と考える。現在・将来の消費量は,消費する財の購入に支出される金額で表される。将来 の所得は現在の時点における予想ということになるが,不確実性はなく確実にm2の所得 が得られると期待できるものとする。以上の仮定のもとで消費者の予算制約式は次のよう に表される。
c2 m2Dm1 c1Cr.m1 c1/ (2.5)
r は利子率である*9。左辺は将来の消費が将来の所得を上回る部分を,右辺は現在の貯蓄 m1 c1に利子r.m1 c1/を加えたものを表す。したがって(2.5)は先に述べた,将来の 消費は将来の所得に現在の貯蓄とそこから生まれる利子を加えたものに等しい,という関 係を示している。もし現在において借り入れをするならば,(2.5)の両辺は負(マイナス)
になり, r.m1 c1/が借り入れに対して支払う利息を表す。ここでは貯蓄が生み出す利 子率と借り入れにかかる利子率は等しいものとする。
これを少し変形すると
.1Cr/c1Cc2D.1Cr/m1Cm2
が得られる。両辺を1Crで割ると c1C 1
1Crc2Dm1C 1
1Crm2 (2.6)
となる。この式は将来の消費に要する予算と将来の所得を現在に割り引いた形で表されて いる*10。通常2期間モデルでは(2.6)が予算制約式として用いられる。
消費者は(2.6)によって表される予算制約のもとで効用が最大となるように現在の消費
と将来の消費とを決める。現在の消費と将来の消費に対する消費者の選好を効用関数の形 で表すと,たとえば
u.c1/C 1 1Cıu.c2/
*9利子率は,10%ならば0.1,5%ならば0.05のように表される。
*10利子率がr のとき,現在いくらかの金額を残しそれが将来において10000円になるように したいとすると,現在必要な金額は10000
1Cr 円 となる。したがって将来の10000円と現在の
10000
1Cr 円 とは等しい価値を持っていると考えることができる。この100001
Cr 円 が将来の10000 円を現在に割り引いたたものであり,割り引き現在価値と呼ばれる。
2.6 利子率と貯蓄 53 のように表される。u./はある金額の消費から得られる効用である。ıは,それが正(プ
ラス)の場合,将来の消費から得られる効用が現在の消費から得られる効用と比べて現在 の消費者にとってどの程度価値が低いかを表すもので割引率と呼ばれる。通常ı > 0であ る。これは現在の消費者にとっては将来の消費は実感が薄く,同じだけの消費量であれば 将来の消費よりも現在の消費から得られる効用の方が大きいという性質をもつということ を示すものである。そのような性質は時間選好と呼ばれる*11。
現在の消費と将来の消費に対する消費者の選好を,X・Y 2財の場合と同様に無差別曲 線を用いて図示することができる。時間選好が強い消費者,すなわちıが大きい消費者の 場合は将来の消費よりも現在の消費を好む傾向が強いので時間選好が弱い消費者と比べ て,同一の無差別曲線上で,ある量の現在の消費量の減少を補って効用を一定に保つのに より大きい将来の消費量の増加が必要になるから,限界代替率,したがって無差別曲線の 傾きは大きい。また,消費者は現在あるいは将来に偏った消費の仕方は好まないであろう から,無差別曲線は原点に向かって凸であると考えられる。
一方,(2.6)で表される消費者の予算制約式は図には予算制約線として描かれる。(2.6)
において1=.1Cr/は将来の消費の,現在の消費に対する相対価格になっている。横軸に 現在の消費量,縦軸に将来の消費量をとると予算制約線の傾きは .1Cr/である。利子 率が高くなると現在の消費を我慢して得られる将来の消費が大きくなるので将来の消費の 相対価格は小さくなり予算制約線の傾きは大きくなる。
図2.16のU1がある消費者の無差別曲線であり,MNが予算制約線である。この消費者 は予算制約線と無差別曲線が接する点Eの消費量を選択する。より時間選好が強い消費 者の無差別曲線をU2として描いてある。この消費者の場合,点Eにおける無差別曲線の 傾きはU1よりも大きくなるので,点Eにおいては予算制約線と無差別曲線が,無差別曲 線が予算制約線を左上から切る形で交わっている。この消費者が予算制約線MN上で選 ぶ点はU2よりも上にある無差別曲線がMNと接する点で求められるので点Eよりも右 下になり,現在の消費量がより大きく将来の消費量は小さくなる。
2.6.2 利子率の変化と消費・貯蓄
利子率が上昇した場合の消費・貯蓄の変化を考えてみよう。ここではm2D0と仮定す る。すなわち,消費者は現在においてだけ労働をして所得を得,将来は引退して貯蓄をも とに消費をすると考える。図2.17のM1N1が利子率上昇前の,M2N1が利子率が上昇し
*11これは1単位の現在の消費の増加から得られる効用の増加が,1単位の将来の消費の増加か ら得られる効用の増加よりも常に大きいことを意味するものではない。『同じ量』の現在の消 費と将来の消費とを考えれば現在の消費から得られる効用の方が大きいということである。
現在の消費が多くなるとその相対的な価値が下がり限界代替率が小さくなっていく。ここで の限界代替率とは,1単位の現在の消費の減少による効用の低下を補うのに必要な将来の消 費の増加量である。後で見るように,その限界代替率が(1+利子率)と等しくなるように現 在・将来の消費量が選ばれる。
U1
U2 M
N E
現在の消費量 将
来 の 消 費 量
図2.16 現在・将来の消費の選択
た後の予算制約線を表している。現在と将来の消費は点Eから点E0に変化する。この変 化はX・Y 2財のケースと同様に代替効果と所得効果に分けることができる。それぞれの 意味は以下のとおりである。
代替効果 点Eから点Aへの変化であり,利子率の上昇によって相対的に将来の消費が 現在の消費と比べて安くなることによって将来の消費が増え,現在の消費が減る。
所得効果 点Aから点E0への変化であり,利子率の上昇によって貯蓄から生み出される 利子が増え,現在と将来において使える所得の合計が増える。したがって現在の消 費,将来の消費のそれぞれが下級財でなければ利子率の上昇によってどちらも増 える。
現在の消費,将来の消費がともに下級財ではないとすると,代替効果・所得効果ともに 将来の消費には正の効果を与えこれを増やすように働くが,現在の消費に対しては代替効 果が負の効果,所得効果が正の効果を与えるので,そのどちらが強いかによって現在の消 費は増える場合もあり減る場合もある。代替効果が強ければ現在の消費は減り所得効果が 強ければ増える。現在の貯蓄は,現在の所得から消費を引いたものであるから,代替効果 が強い場合には利子率の上昇によって貯蓄は増え,所得効果が強い場合には利子率の上昇 によって貯蓄は減る。図2.17では現在の消費が減り貯蓄が増えるケースが描かれている。
なお消費者が行う貯蓄は資本の供給を構成し,その供給と企業の(第3章で検討する)
産出量の選択にもとづく資本需要とを均衡させる価格として利子率が決まるものと考える