第 3 章 企業の行動 92
3.20 プリンシパル - エージェント理論の簡単な例
企業と労働者の関係を考えるプリンシパルは雇う側,エージェントは雇われる側であ る。企業と労働者ではなく。労働者が努力したとき80%の確率でよい結果が得られるが 20%の確率で悪い結果になる。努力しなければよい結果は得られない。企業には労働者 が努力したかどうかはわからず結果によって判断するしかない。
3.20 プリンシパル-エージェント理論の簡単な例 157 1. 企業が労働者に固定賃金wを提示した場合の企業と労働者の利得は以下のように
なる*32。
(i) 労働者が求人に応 じて努力し,よい結果が得られた 場合の企業の利得は 5000 w,労働者の利得はw 200(200は努力のコスト)。
(ii) 労働者が求人に応じて努力したが悪い結果になった場合の企業の利得は 2000 w,労働者の利得はw 200。
(iii) 労働者が努力しなかった場合,企業の利得は2000 w,労働者の利得はw。
(iv) 労働者が求人に応じなかったとき,企業の利得は0,労働者の利得は500(500 は外部の機会で得られる利得)。
w−200 < wであるから固定賃金がいくらであれ努力しないのが労働者にとって 最適である。その前提で労働者が求人に応じる条件はw500である。したがっ て企業にとってはwD500を提示して2000−500D1500の利得を得るのが最適 である。
2. 企業が固定賃金wに加えてよい結果が得られた場合にボーナスbを支払うインセ ンティブ契約を提示したとする。このときの経営者と労働者の利得は以下のように なる。
(i) 労働者が求人に応 じて努力し,よい結果が得られた 場合の企業の利得は 5000 w b,労働者の利得はwCb 200(200は努力のコスト)。
(ii) 労働者が求人に応じて努力したが悪い結果になった場合の企業の利得は 2000 w,労働者の利得はw 200。
(iii) 労働者が努力しなかった場合,企業の利得は2000 w,労働者の利得はw。
(iv) 労働者が求人に応じなかったとき,企業の利得は0,労働者の利得は500(500 は外部の機会で得られる利得)。
労働者が求人に応じて努力したときの労働者の期待利得E1は
E1D0:8.w+b−200/C0:2.w−200/Dw+0:8b 200 である。ただし,労働者に努力させるためにはこれが努力しなかったときの利得以 上である必要がある(インセンティブ両立条件)。これは
wC0:8b 200w より
b250
*32「利得(payoff)」はゲーム理論の用語であるが,企業や労働者が得るものを意味する。企業の
場合は利潤,労働者の場合は効用であるが,ここでは効用を貨幣で表現したものになってい る。
記の期待利得が外部の機会で得られる利得以上である必要がある(参加条件)。こ れは
wC0:8b 200500 より
b 1:25wC875 と表現される。企業の期待利得E2は
E2D0:8.5000 w b/C0:2.2000 w/D4400 w 0:8b である。bD 1:25wC875をこれに代入すると
E2D3700
となるから,企業はbD 1:25wC875かつb250を満たすようにwとbを決 めれば期待利得3700を得ることができるのである。例えば.w; b/D.0; 875/ある いは.w; b/D.500; 250/と決めればよい。
どちらの契約でも労働者の利得は同じ(外部機会の利得に等しい)であるが企業の利得は インセンティブ契約の方が大きい。
以上の議論では企業も労働者も危険中立的であると仮定していた。企業の株主は様々な 投資先を持つことによって危険(リスク)を分散させられるので危険中立的であるという 仮定は非現実的ではないが,労働者は危険回避的であると考えるのが適当かもしれない。
そうするとbD 1:25wC875を満たす報酬では満足しない。その場合は少し余分に賃金 またはボーナスを支払う必要があり,企業は3700の利得を得ることはできない。
もし企業が労働者の努力を観察できるとすると結果ではなく努力したかどうかで報酬を 決めることができる。そのときインセンティブ両立条件と参加条件はそれぞれb200, b wC700となるから.w; b/D.500; 200/や.w; b/D.0; 700/などが企業の利得を 最大にする賃金とボーナス(努力に対するボーナスなので労働者にとってリスクはない)
であり,そのとき企業は3700の利得を得る。労働者の努力についての情報を企業が持っ ていればこの状態を実現できるが,努力したかどうかが直接には観察できず,不確実な結 果で判断するしかないという情報の不完備性(非対称性)によって,労働者が危険回避的 な場合には最適な状態が実現できなくなるのである。