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第4章 別府ハットウ・オンパクのリーダーの発達

4.3 インタビュー調査の結果

4.3.2 リーダーの発達プロセス

A氏とB氏のライフストーリーから、別府ハットウ・オンパクリーダーの発達プロセス を図 4.4の通り整理した。なおこの整理にあたっては、まず A 氏のライフストーリー を軸にプロセスを整理し、そのプロセスに B 氏のライフストーリーを重ね合わせていく ことによって作成した。このような手順で整理したのは、次の理由による。まず第1に、

A氏は国土交通省(現在は観光庁所管)の観光カリスマに選定されている(表 4.1)た めである。観光カリスマとは、各観光地が観光振興を成功に導いた人々の経歴や事績か ら学ぶために、観光庁によって選定・紹介されている先達のことである。すなわち、A 氏は国の機関に認められたリーダーである。第2に、表 4.1の通り、1990年代から現 在に至るまで、別府において最も中心的にまちづくりを先導した人物と考えられ、近年 の別府まちづくりの萌芽から発展まで、多くの経験を積んだと考えられるためである。B 氏も別府のまちづくりにおいて重要な役割を果たしてきているが、A氏のまちづくり経験 はおよそ25年にわたっており、リーダーの発達プロセスの基盤としてより濃密な記述が できると考えた。

時間の経過

大学卒業後、東京の企業に 就職

会社のルールに則って仕事

仕事相手とは理屈を用いて コミュニケーション

実家の稼業を継ぐため、

別府にUターン

【カルチャーショック】

理屈が通じない社会

地域で事業を進める際、

情緒的なつながり重視 故郷外と故郷の ギャップに衝撃を

受ける 【経験から学習した

ネットワークづくり】

【先輩に相談】

地域において俯瞰的・第三者的な 目を持つ地域の先輩に、まちづくり の取り組みを行う際に相談

Uターン前 別府

〔他者の力を借りる〕

〔自らリスクをかけて取り組む〕

【セカンドポジションで事業コントロール】

トップと同様の情報や事業コントロール権限を保有

外部からの圧力によってポジションを交替させられない 事業継続に注力

【国際交流】

温泉に関する国際シン ポジウム開催

外国の温泉地視察

【地域の軸の認識】

地域の軸を活かして別府 を活性化するアイディアを さらに創出・実行

【取り組み集大成】

自らトップに立ち、別府 ハットウ・オンパクを開催

その標準化(ジャパン・オ ンパク)に取り組む

【トップの役割】

効果的なスタッフ配置と フォロー

スタッフに内部的な仕事 を任せ、自身は対外的な 仕事(オンパク手法拡散)

に従事

〔地域関係者への情緒的対応〕

図 4.4 別府ハットウ・オンパクリーダーの発達プロセス 出所:調査結果に基づき筆者作成

前述の通り、両氏ともに大学は東京の大学に進学した。大学卒業後、A氏は調査・研究・

コンサルティングの会社、B氏は貿易会社に就職した。それぞれの会社では、両氏ともに、

規律があることや理詰めで仕事することを学んだ。その後、実家の稼業を継ぐために別 府に帰郷したが、規律がない・理屈が通じない地域社会に【カルチャーショック】を受 ける。特にA氏は、1991年頃のバブル崩壊と国内観光が団体旅行から個人旅行へシフト し始めたことに対し「何かしなければ」という想いを持ち、別府を活性化させるまちづ くりや個人旅行者の多様なニーズに対応する取り組みに着手する。例えば1994年に、別 府八湯を循環するバスの運行企画「スパッチ」を別府市および地元のバス会社とともに 実行した。しかし、この事業では大きな赤字を出してしまう。それでも A 氏はこの失敗 にめげず、同年12月に別府の海岸で花火を上げるイベント「クリスマス HANABIファン タジア」を実行する。このイベントでは別府の青年会議所や観光協会、商工会議所など 周囲を巻き込むことを行い、県内外からの集客に成果を上げた。A氏はこのイベントに関 して一時的な集客という瞬間的な効果があったと考えているが、別府の町自体を変える ことはできなかったと捉えている。この自己評価を踏まえて A 氏は日常的な町の姿を変 えていく取り組みへとさらに加速し、後の【国際交流】による「まちづくりの軸」発見 や、別府ハットウ・オンパクの企画へとつながっていったと考えられる。

A氏はイベントやまちづくりに着手し始めた当初、共に取り組む地域住民を理屈による 説明で巻き込もうとした。しかし、前述の通り理屈が通じない地域社会であった。これ を乗り越えるため、地域において俯瞰的・第三者的な目を持つ【先輩に相談】した。ま た、地域関係者への情緒的対応、自らリスクをかけて取り組むこと、マスコミや著名人 など他者の力を借りること、といったカルチャーショックを受けた【経験から学習した ネットワークづくり】を行い、周囲を巻き込んだ。

またA氏は、まちづくりのシーズ探しを目的に世界の温泉地と【国際交流】を行った。

この交流によって「まちづくりの軸」に気付き、その軸を活かして別府活性化のアイデ ィアを創出・実行していった。まちづくりの推進体制としては、A氏・B氏はまちづくり 事業の当初はトップに立たず、トップのすぐ下の【セカンドポジションで事業コントロ ール】を行った。その理由についてA氏・B氏は次の通り述べている。

A氏:トップには絶対なったらいけないと。トップになったら継続できな くなるから、だからいつもセカンドでいる方がいいというのが僕の考え方だ った。(中略)トップ挿げ替えられるじゃないですか。でも、セカンドのき ちっとしたとこ握ってるやつは、セカンドにいる限りは絶対変えられないじ ゃないですか。変えられる理由もないし。(中略)トップ取ると、必ずどっ かで軋轢が生まれてるので。で、特に役所と軋轢が生まれると大変なことに なるんですよ。もう事業が遂行出来なくなっちゃうの。補助金団体だから、

みんな。そうすると仲悪くなった途端に、なんにも出来なくなるわけ。でも セカンドにいる限り、絶対矢面に立たずに済むんですよ。調整役、そこが肝 で、セカンドがほんとに大切ですね。矢面に立つとどうしようもないね。喧 嘩するしかないもんね。

B氏:自分のやりたいことやろうと思えば、リスクを避ける必要があるん ですよ。当然地方は、田舎は。コミュニティの中で。そうなると、自分だけ が目立つと絶対足引っ張られるし、絶対良くないですよ。自分は引っ込んで 人を立てる方が絶対長く続くと思う。

両氏は、セカンドはトップと同様の情報を掌握しつつ事業を動かす権限も持っており、

非難の矢面に立たずに済むため挿げ替えもされず、事業を継続することが可能と考えて いた。両氏はこれらのことを継続して別府で行い、さまざまなまちづくりの【取り組み 集大成】として2001年に別府ハットウ・オンパクを開催した。このときにはA氏はセカ ンドポジションではなく、組織のトップになって事業を動かした。前述の通り「まちづ くりの軸」が定まってきたことや、それまでの活動を通してまちづくりに取り組む別府 の人々と A 氏との関係が安定してきたこと、周囲にトップの引き受け手がいなかったこ とから、A氏は「オンパクは自分でやんなきゃしょうがない」と矢面に立つ覚悟を決めた のである。そして B 氏は運営のトップとして、事業を動かした。両氏はトップに立って からは、スタッフ配置に気を遣った。具体的には、そのスタッフが能力を発揮できる、

あるいは楽しいと思える仕事を任せるようにした。そして両氏は、ハットウ・オンパク

の内部的な仕事はスタッフに任せ、対外的な仕事(オンパク手法の他地域拡散)に従事 するようになった。ただし、C氏がA氏について次のように述べている通り、スタッフに すべてを任せきりにするのではなく、必要な時にはフォローを行っている。

僕らが好き勝手にまちづくりして色々荒らすわけですよ、人間関係を(笑) そういう時にきちっとフォローしてくれる、若手を守ってるっていう意識が 強いですね。だから自由にさせて、走らせて、隠れ、知らないとこで謝って いただいてる。