第5章 オンパクリーダーの発達
5.2 結果
5.2.2 カテゴリーごとの結果
本項ではカテゴリーを【 】、サブカテゴリーを〔 〕、概念を「 」、調査対象者の発 言を“ ”で示す。調査対象者の発言の中の…は中略を示す。
(1)マインド
【マインド】とは、リーダー個々の性質や、彼らの経験から形成される〔地域への想 表 5.7 ストーリーライン、理論記述、さらに追及すべき点・課題(K氏)
理論記述
・K氏は行政職員としてGおよびその近隣地域のオンパクに関わるようになった。
・そこだからできる体験を通して感動を与えることの重要性に気づき、そのためには観光産業関係者以外の住民関与も必要であると考えた。住民 の生活も観光という面で活かされると考えるようになった。
・住民を巻き込むため、活動地域の飲み会やイベントなど人が集まる場所に出かけて人脈を作っていった。その場所での出会いに限らず、そこで 出会った人から別の人を紹介してもらうことを通して、ネットワークを拡大しながら住民を巻き込んだ。
・オンパクは最終的に8市町村体制で行われるようになり、発展プロセスにおいて事務調整は容易ではなかった。そのため、K氏が事務局リー ダー・事務局長・運営委員長として「理屈による説得」と「既成事実による説得」を使い分けて事業を推進した。
・本業における部署異動にあわせて、K氏はオンパクの役職にとどまることなく、オブザーバーとしてサポートに徹するようになる。サポートの ために、ジャパン・オンパクとのパイプ維持や観光まちづくりに関するトレンドキャッチといった準備を行っている。
・K氏の成長には、「学生時代の漕艇競技」と「人との交流」が関連していると考えられる。
・オンパク事業を推進するためのチーム作りに、「学生時代の漕艇競技」で学んだメンバーで力点をあわせることや下位層の力を上げることを活 かした。
・K氏の成長に関連した「人との交流」とは、Gおよびその近隣地域を愛する人々や観光まちづくりに取り組む全国の同世代たちとの交流のことで あり、彼らとの交流により自己を奮起させたり、どのように観光まちづくりを進めていくのかという視点を学んだ。
さらに追究すべき点・
課題
・K氏が担った役割(巻き込み役・関係者の意思疎通)は、他の観光まちづくりにおけるリーダーにも共通するのか?
・K氏がオンパク経験で獲得した人を巻き込むスキルや説得スキルは、他の観光まちづくりにおけるリーダーにも共通するのか?
・K氏の成長に寄与した経験・事柄は、他の観光まちづくりにおけるリーダーにも共通する点があるか?あるなら、どういった点か?
ストーリーライン
(現時点で言えるこ と)
下線は分析プロセス
<4>テーマ・構成概念 に該当する部分
K氏は大学入学までG町で生まれ育った。中学時代に漕艇競技を始め、高校時代は漕艇部の部長を務めた。大学進学のため愛知(豊田市)へ行 き、大学時代は漕艇部主将を務めた。漕艇競技の経験を通じて、ボートの推進力を出すためには、メンバーで力点を合わせることや、力の上位層 のみならず下位層の力を上げることの重要性を学んだ。K氏は、これは事業にあたってのチーム作りと共通していると考えており、学生時代に学 んだことがオンパクをリードする際に活かされたと捉えている。
K氏は大学卒業後、G町にUターンした。K氏は将来的に高校教諭になることを目指し、一旦就職するために実家のあるG町役場に就職した。最初 は教育委員会体育係に配属され、その後商工観光課観光係やGを含む広域連合出向の経験を経て、産業観光課観光係主査に就任する。この頃まで は、観光振興は観光産業関係者のみに関係するものと考えていた。観光係主査になってから4年後、Gおよびその近隣地域にてオンパクがスタート する。
Gおよびその近隣地域におけるオンパクは、Gと隣接する市町村が着地型旅行商品を開発しようとしたことがきっかけで始まった。この検討の中 でオンパク手法に着目し、Gと隣接する市の関係者はオンパク発祥地である別府へ視察に赴いた。視察した関係者は、自分たちの地域の場合はこ の手法を市町村連携で規模を大きくすべきと考え、近隣市町村の商工会議所・旅館組合・観光協会等に参画要請を行った。その際、当時の実行委 員長によって、行政・商工会議所・観光協会・旅館組合・民間企業(デザイン会社)に属する将来地域をリードしていくであろう30~40代のメン バーが集められた。K氏は、G町の観光協会および行政職員として参画した。こうしてGおよびその近隣地域のオンパクは、2市1町でスタートし た。
2市1町で始まったオンパクは、第2回にはさらに3つの近隣市町村も参画した。Gおよびその近隣地域は6つの市町村で構成されているため、これ に応じてオンパク対象地域を拡大した。この地域拡大によって予算や事業推進の調整が容易ではなくなり、オンパク実行委員会を維持するために 事務をリードする人材の必要性が生じた。そこでK氏が事務局リーダーに就任した。その2年後、オンパク実行委員長が新しい実行委員長に交代す るのと合わせて、K氏は新しい実行委員長を名実ともに支えるためオンパク事務局長に就任する。さらにその翌年、2つの市町がオンパクに加わ り、8市町村体制となる。K氏はG町役場観光振興局から建設水道課に異動し、本業とオンパク業務とのギャップが生じ、本業の立場的に事務局長 を担うことが困難となる。そこで、本業とは別でオンパクに関わるため、そしてオンパクの運営全般を見ていくために、運営委員長に就任した。
しかし、さらにこの2年後、G町役場建設水道課から異動して危機管理室長兼情報防災係長に就任し、本業とオンパク業務とのギャップが大きく なった。またK氏は当時、同じようなことの繰り返しから脱却して斬新な発想を生むため、運営リーダーは変わるべきと考えていた。そのためK氏 はオンパクの役職から外れてオブザーバーの立場になり、陰から応援する立場になった。必要に応じてサポートするためにK氏は、ジャパン・オ ンパクとのパイプを維持し、観光まちづくりのトレンドをキャッチしておくといった準備を行っている。
この観光まちづくりプロセスの中で、K氏はどのようにして活動をリードしたのか?K氏は、オンパクをともに行うパートナーやスタッフとして 住民を巻き込むため、活動地域の飲み会やイベントなど人が集まる場所に出かけて人脈を作っていった。その場所での出会いに限らず、そこで出 会った人から別の人を紹介してもらうことを通して、ネットワークが拡大していった。また、最終的に8市町村が参画したオンパクは、各市町村 の考えの調整に困難をきたした。K氏はこの困難打破のために、オンパクの取り組みに関する具体的な話を理屈で説明し、説得を試みた。理屈で 説得できない場合は、住民がすでに参画しているという既成事実を説得材料にした。
K氏の成長に寄与した経験は何か?大きく分けると、「学生時代の漕艇競技」と「人との交流(地域を愛する人々、ジャパン・オンパク)」の2 点を挙げることができる。前述のプロセスに記した通り、K氏は中学・高校・大学と部活動で漕艇競技を行ってきた。特に高校・大学では部の長 を務め、いかにして力を出すか、思考と実践を繰り返して成長したと考えられる。この経験はオンパク事業を推進するためのチーム作りに活かさ れた。またK氏はオンパクを行う中で、自分の儲けにならなくても地域のために取り組む人・地域を愛する人々と出会い、自分も頑張らなければ ならないと奮起した。さらに、ジャパン・オンパクを通じて知り合った全国の観光まちづくりに取り組む同世代から刺激を受けた。具体的には、
観光まちづくりとして何をすべきかを考えるには、「まちづくり」と「観光の視点」の両方を議論すべきという視点をK氏は持つようになった。
あわせて、補助金等の行政の関与がなくなった時にオンパクをどうするのか、という将来のビジョンをK氏は考えるようになった。
K氏はオンパク実施以前、「観光振興は観光産業関係者のみに関係するもの」と考えていたが、オンパクを通して考え方が変化した。観光名所 を「視る」のみでは人の心に与えるものは少なく、そこだからできる体験を通して感動を与えることの重要性に気づき、そのためには観光産業関 係者以外の住民関与も必要であると考えた。住民の生活も観光という面で活かされると考えるようになったのである。K氏は、オンパク手法は観 光振興とまちづくりを同時に行うモノという認識を持ち、まずはそこに住む住民やその地域が輝くことが目的であり、その目的を達成した結果、
多くの観光客が来訪してお金が地域に入ると考えるようになった。K氏の考える観光振興のあり方は、観光まちづくりの概念そのものになったの である。