第5章 オンパクリーダーの発達
5.2 結果
5.2.1 各リーダーのストーリーライン
(1)H氏
H氏は、D で生まれ育った。H氏は高校時代、Dが寂れていく様子を見ていた。その中 で、D 外から来たものや大規模なものに頼っていてはまちがつぶれるという認識を持ち、
地域に根づいたものでまちづくりに取り組まないと D は持続的に良くなっていかないと 表 5.4 生成された概念とカテゴリー
カテゴリー サブカテゴリー 概念 定義 H I J K
生まれと育ち 後に観光まちづくりをリードすることになる地域で生まれ、高
校卒業までその地で育つ。 ○ ○ ○ ○
外に出るまで地域の様 子を観察
自身が生まれ育った地域の外に出るまでその地域の様子を観察 し、「地域を何とかしたい」「将来まちづくりに携わりたい」
という想いが芽生えること
○ ○
地域を何とかしたいと
いう想い 地域の状況に危機感を持ち、何とかしたいと思う気持ち ○ ○ ○ ○
積極的に学ぶ姿勢
政策立案やワークショップなどの研修や、研修講師や親・先輩 などのロールモデルから、まちづくりに臨む姿勢や事業推進の 方法などを積極的に学ぶ。
○ ○ ○ ○
成果を上げたという自 信
活動の成果が上がり、自分自身の考えや取り組みに自信を持
つ。 ○ ○
収益を上げる
一過性のイベントで終わらせず、観光まちづくりの取り組みを 継続できるように、収益を上げながらまちを変えていく取り組 みを行う。
○ ○ ○
リスクを冒して新しい ことに挑む
人任せにするのではなく、自ら組織を設立して新しいことに
次々に挑んでいく。 ○ ○ ○
地域の魅力を認識 観光まちづくり活動の軸となる地域の魅力に気づく。 ○ ○ ○ ○
プランニング
研修や業務経験を通じて企画や編集などのプランニングスキル を養い、そのスキルを用いて観光まちづくり活動を計画・実行 した。
○ ○ ○
形を見せて説得
ビジョンの説明のみでは相手の理解や協力を得られない場合、
具体的な企画や参加者、活動の成果などを目に見える形で提示 し、相手を説得する。
○ ○ ○
ファシリテーション
ワークショップの研修に参加したり、実際の場づくり経験を積 んでいくことによってファシリテーションスキルを養い、その スキルを用いて住民の取り組みを支援する場づくりや、世代や 価値観がさまざまな住民の相互理解促進の場づくりを行った。
○ ○ ○
生まれ育った地域の外 での経験
大学進学を機に生まれ育った地域の外へ出て、学業・部活動・
旅・仕事などの経験を積む。 ○ ○ ○ ○
ショック
生まれ育った地域の状況(地域に対して肯定感が低い住民意 識、経済環境やデザインに求められること)や、自分自身とは まったく異なる考え方を持つ人物との議論にショックを与えら れる。
○ ○ ○
ロールモデル リーダーの考え方や手法に影響を与えた人物 ○ ○ ○ マインド
地域への想い
リーダーシップスキル
周囲を巻き込 む
発達プロセスに関連す る要因
感じていた。この頃が、H氏の「Dを何とかしたい」という想いの萌芽であったと考えら れる。
H 氏は東京の大学に入学し、大学院修士課程修了まで物理学を学ぶ。20 歳頃から世界 を旅し、さまざまな地域を体験する。この「地域ならではの体験」を楽しいと感じ、H 氏も地域の体験を提供することに取り組みたいと考えるようになる。大学院終了後、ビ ジネスコンサルティングの会社に入社し、コンサルティング業務に従事する。この仕事 では H 氏が関係者と協働して最後まで責任を取るという形であったため、リーダーシッ プを発揮しなければならなかった。しかし、自分自身が取り組みたいことに取り組めて いたため、「仕事は楽しい」という感覚であった。またH氏は、この会社の社長から「プ ロフェッショナルとして行動すること」と「成果を求める意識」を学んだ。H氏は東京で 働きつつも、都会の環境にストレスを感じており、月に1 度程度D のまちを自分なりに 楽しむことを通して、リフレッシュしていた。これを通してH氏は、Dには面白いコンテ ンツが多くあると感じ、自分なりに楽しむ環境は居心地が良いと考えるようになった。
この経験を背景に、ビジネスコンサルティングの会社で働いて 3 年目の頃、まちづくり や観光といったH氏がさらに本気になれることに取り組みたい、Dにいずれ帰りたいと考 えるようになっていた。そして社会変革について、政策学校で実践的に学ぶことに取り 組む。具体的には、「社会を変えたかったらまず自分が変わらなければいけない」「自分 だけ安全なところにいても物事や相手を変えることはできない」という姿勢、それを行 動に移すにはどうすれば良いかを学んだ。その方法とは、自分の問題意識を掘り下げ、
それに対して自分はどう関わっていきたいか、どうするべきかを考えていくということ である。その後コンサルティング会社を退社し、DにUターンする。
H氏は政策学校の講師からオンパクのことを聞き、Dでも同様のことをしたいと考えて いた。地域住民がガイド・先生役となり、その地域ならではの体験を観光客ではなくそ の地域の人が体験する、ということをH 氏は考えていた。しかしD に戻った当初、地域 住民にDの良いところを尋ねると、「何もないです」という回答が返ってくるばかりであ り、その状態にH氏はショックを受けた。H氏は、地域住民の意識を変えていかないと、
まちは変わっていかないと思い、なぜ地域住民はそのような意識であるかを考えた。そ の理由は、Dの良いところを地域住民が知らないからではないか、Dの住民にとっては当
たり前すぎて価値に気付かないのではないか、と H 氏は考えた。これに対処するには、
オンパクは最適であるとあらためて考えるようになる。このとき、H氏は地域情報ポータ ルサイトの運営事務局を担っていたため、まずはこのポータルサイトで面白い人の話を 発信することを継続した。H氏は地域情報ポータルサイトの運営を通して、Dには面白い 人がいっぱいいる、多くの人にこれらの人に会って欲しいと考えるようになる。そして、
地域情報ポータルサイトで取材をした相手である農家と、D移住者や別荘所有者向けに遊 休農地を再生する農業体験活動の提供を行う。参加者からの好評を得てH氏は、Dを知っ てもらえたら物事は変わっていくと感じた。これにより、D移住者や別荘所有者といった お客のイメージ、地域情報ポータルサイトで知り合った人々と連携すればできるという イメージがH 氏の中で生まれ、オンパクプログラムの1 つにあたるようなものを実施で きたという自信から、オンパク準備に取り掛かる。
市役所や観光協会の職員、まちの中の若手メンバーとオンパク準備の勉強会を始めつ つ、同時期にオンパク研修会に参加して立ち上げ方を学んだ。勉強会では、オンパクに 取り組みたいことをメンバーに説明し、どのように運営するか議論した。その後実行委 員会を組織したが、商店街関係者にオンパクを理解してもらえない事態が起きた。商店 街は人が来てお金が落ちるイベントを欲しており、H氏たちの「地域住民がガイド・先生 役でその地域の住民が地域ならではの体験をする」というイメージとは食い違いがあっ た。H氏は若手で別働隊を組織して、ガイドブックのような目に見える形まで企画を作っ ていった。それを実行委員長や商店街関係者に見せ、取り組みたいことを理解してもら った。そして第1回オンパクを実行した。2年目には、第1回実行委員長の「取り組みた い人間が担った方が良い」という考え方から、H氏が実行委員長に就任した。H氏はDで 何か取り組んでいた人を巻き込み、一緒に取り組んでいく体制を構築していった。3年目 に入った頃から、「Dには何もない」という人が減少し、「Dって面白いんじゃない?」と いう雰囲気がまちに出てきたと H 氏は感じた。また、オンパク以外でも新しいことに取 り組み始める人が出てきたため、H氏はオンパクの一定の成果を実感し、次のステップを 模索した。
オンパクは、地域住民が地域を楽しむプログラムを作って地域住民に提供し、Dのファ ンを作っていく取り組みとして継続し、一方で次のステップとしてまちづくりの取り組
みをビジネスとしても成り立たせることにH氏はチャレンジする。このきっかけは建築・
都市・地域再生プロデューサーというロールモデルとの出会いであった。このプロデュ ーサーは、空き物件を活用しながら、民間のまちづくり会社がまちを変えていく取り組 みを行っており、H氏はこのプロデューサーに弟子入りを希望する。そして、このプロデ ューサーが開催したまちづくり会社を立ち上げる人材育成講座に参加し、講座参加と同 じ年にまちづくり会社を設立する。講座受講から1年後には、カフェ開業を達成する。H 氏がこのような行動を取ったのは、オンパクというソフトの取り組みのみではまちづく りが続かなくなるのではないかと考えたことが背景にある。オンパクは直接的に収益を 上げることができるわけではないため、継続が難しくなるとH 氏は考えた。そこでH 氏 は、オンパクの次に何をすべきか、収益を上げながらまちを変えていくにはどうすれば 良いかを考え、不動産活用に可能性を見出した。H氏は、カフェとカフェの後に立ち上げ たゲストハウスで収益を上げ、その収益を活かしてオンパクで地域の事業を研究開発す る仕組みを構築していきたいと考えている。
H氏はこのプロセスの中で、どのようにして活動をリードしたのか。H氏は、ビジョン を共有でき、何かに取り組みたいと強く考えている相手と一緒に取り組むことを行った。
取り組む気がない人を巻き込む必要がある場合は、企画やその成果などの形を見せて後 から納得頂くという方法を取った。すなわち、皆の合意があったから取り組むのではな く、取り組む気のある人と組んで前に進んでいくということを行った。そうしなければ、
まちは変わらないまま自分たちが疲弊していってしまう、と H 氏は考えたのである。一 方で、ビジネスコンサルティング会社での経験やオンパクにおけるワークショップ実施 においてファシリテーションスキルを発揮した。H氏はこのスキルを、トレーニングを受 けることや、実際のワークショップ実施経験を通して身につけた。また、H氏が活動をリ ードする上で、本質をつかんでそれを形にするスキルは重要な役割を果たした。例えば、
地域情報ポータルサイトを通してDのことを広く・深く知り(本質をつかみ)、知ったこ とを活用して農業体験活動やオンパクという形にした。オンパクの次のステップを検討 する際にも、まちづくりの取り組みをビジネスとして成り立たせないとまちづくりが続 かなくなるという本質をつかみ、カフェやゲストハウス開業という形にした。このスキ ルについて H 氏本人は、物理学を学んでいたこととビジネスコンサルタントをしていた