3.5 誘 発 使役
3.5.4 いわゆる所動 詞の場合
井上(1976)は 、使 役文 の中の 補文 の 述語は 必ず 動詞 であ るが 、す べて の動 詞が許 容さ れ る わ け で は な い と 述 べ て い る 。 一 般 的 に 「 あ る 」「 似 る 」 な ど の 状 態 動 詞 は 、 使 役 構 文 の 述 語動詞 にな らな い。「あら せる 」「 似さ せる」 など の状 態動 詞の 意味 では 許容 できな い。
状態動 詞が 使役 文の 動詞 にな らな いこ とにつ いて は、 寺村 (1982) は「い る 」は「 い さ せ る 」 と な る こ と が で き る か ら 、 状 態 動 詞 と い う よ り も 所 動 詞 と 呼 ん だ ほ う が よ い と 述 べ た 。 寺村に よる と、 受身 文を 作るこ とが で きない 動詞 はだ いた い使 役態 にも なら ないと 指摘 され ている 。
(1) a.彼に お金 が要 る。 → *彼に お金 を要 らせ る。
b.彼女 にそ の着 物が 似合 う。 → *彼女 にそ の着 物を 似合わ せる 。
c.助手 に運 転が でき る。 → *助手 に運 転を 出来 させる 。
d.木が ある 。 → *木を あら せる 。
可能態 の形 にな った 動詞 も使 役態 には ならな い。
(2) 彼に中 国語 が話 せる→*彼 を( に) 中国 語を話 せさ せる 。
日本語 には 所動 詞、 例え ば「 要る」「あ る」「 出来 る」 等の 動詞は 「さ せる 」使 役構文 と 結 合する こと が出 来な い。ベト ナム 語で も同様 で 、cần「 要る」、có「 ある 」、hợp「似 合う 」、~
(3) a.Anh ấy cần tiền
彼 要る お金
(彼に お金 が要 る)
b.Tôi *bắt/*cho/*khiến/*làm/*để anh ấy cần tiền.
私 させる 彼 要る お金
(4) a.Có cây 木 ある
(木が ある )
b.Tôi *bắt/*cho/*khiến/*làm/*để có cây.
私 させる ある 木
(5) a.Bộ Kimono đó hợp với cô ấy.
着物 その 似合う に 彼女
(彼女 にそ の着 物が 似合 う)
b.Tôi *bắt/*cho/*khiến/*làm/*để bộ Kimono hợp với cô ấy.
私 させる 着物 似合う に 彼女
(6) a.Anh ấy lái xe được.
彼 運転 出来る
b.Tôi *bắt/*cho/*khiến/*làm/*để anh ấy lái xe được.
私 させる 彼 運転 出来る
日本語 では 「あ る」 は使 役形 を用 いら れない が「 いる 」は 「い させ る」 とい う使役 形を 用 いる こと がで きる 。一 方、「い る」、「 ある 」に 対応 する ベト ナ ム語 では 一つ の có「い る 、あ る」で ある 。この cóは いずれ にし て も cho、bắt、để、khiến cho、làm cho と結合 でき ない 。 しかし 、hợp「似 合う」 場合 は、để (cho)使 役構 文と 共に 用い られ る場 合も ある。
(7) Tôi phải để ý đến cách dùng từ của mình
私 べき 気を使 う に 言葉遣 い の 自分
để (cho) hợp với nghề giáo.
させる 似合う に 教員
(直訳 :*私は 教員 に似合 わせ るよ うに 、言葉 遣い に気 を使 わな けれ ばな らな い。)
(私は 教員 に似 合う よう に、 言葉 遣い に気を 使わ なけ れば なら ない。)
寺村(1982)は 、日 本語 にお ける 所動 詞のう ち、 感覚 に関 する 「見 える」「聞 こえる 」「 匂
いがす る」 等は 場合 によ って 使役 態を 作れそ うで ある と述 べて いる 。
(8) 尻尾が 見え る。 → 尻尾を 見え させ る。
(9) 低音だ けが 強く 聞こ える 。 → 低音だ けを 強く 聞こ えさ せる 。
(10) 香水の 匂い がす る。 → 香水の 匂い をさ せる 。
上の(8)、(9)、(10)で は「 匂い をさ せる」 がよ く使 われ てい るだ ろう 。一 方、「 見え る」
「聞こ える 」は いつ も「させ る 」と 結 合でき るわ けで はな い。「さ せる 」を つ けて使 役文 にす ること がで きな い場 合も ある 。そ の場 合は「 させ る」 の代 わり に「 ~よ うに 」を用 いた 方が 自然で ある 。
(11) *後ろ の人 も見 えさ せるた めに 、大 きく 書いて くだ さい 。
は不自 然な 文で ある 。こ のよ うな 場合 では以 下の (12)の 方が 自然 であ る。
(12) 後ろの 人も 見え るよ うに 、大 きく 書い てくだ さい 。
一方、「見 える」「聞 こえ る」 等は ベト ナム語 に対 応す る「nhìn thấy」「nghe thấy」 であ る。
これら の動 詞は 使役 文を 作る と、bắt、cho使役 動詞 と結 合で きな い。làm cho、khiến cho使 役 構文に も不 自然 な文 にな る。 一般 的に 、để cho 使役 構文と 結合 する と自 然文 になる 。
(13) Tôi mặc áo khoác màu đỏ, để cho mọi người dễ nhìn thấy.
私 着る コート 赤 色 させる 皆 安易 見える
(私は 皆見 えや すい よう に、 赤コ ート を着る 。)
(14) Tôi nói lớn để cho mọi người phía sau cũng nghe thấy.
私 言う 大きい させる 皆 後 も 聞こえ る
(私は 後の 方も 聞こ える よう に、 大き い声で 話し た。)
ベトナ ム語 にお ける nhìn thấy「 見え る 」と nghe thấy「聞 こえ る」は、動作 を 表す動 詞 nhìn
「見る 」、nghe「聞 く」 と結果 を表 す動 詞 thấy「 分 かる /見 える 」か ら形 成さ れた。 しか し、
ここの 結果 は人 間の 認知 につ いて の結 果で、 自分 の能 力で コン トロ ール でき ない動 詞で ある ため、bắt 使役 動詞 と結 合する こと が 出来な い。 そして cho 使 役構 文も 結合 し難い 。NP1 は NP2に 働き かけ を行 った が、NP2の能 力で「 見る 」「 聞く 」とい う動 作を 行っ ても「 分か る、
見える 、聞 こえ る」状 態に なる かど う かは確 定で きな い。従っ て、nhìn thấy「 見える 」と nghe
thấy「 聞 こえ る」は để cho使 役構 文の みと結 合す れば 自然 であ る。 この 場合 、NP2は自 らの
力で物 を「 見る 」「 聞く」、自 分の 意図 した目 的を 達成 する ため に、 何ら かの 方法を 働き かけ るとい う意 味を 表す 。
(15) *Tôi bắt anh ấy nghe thấy tiếng sóng biển.
私 させる 彼 聞こえ る 波の音 海
(16) *Tôi bắt Hanako nhìn thấy núi Phú s ỹ.
私 させる 花子 見える 富士山
例(15)、(16) は非 文で ある。「彼 は波 の音が 聞こ える 」「 花子は 富士 山が 見え る」 と い う
目的を 達成 する ため に、(17)、(18)の ように NP1 の 働き かけ の方法 を表 現し たほう が自 然 な文に なる 。
(17) Tôi mở cửa sổ để cho anh ấy nghe thấy tiếng sóng.
私 開ける 窓 ~させ る 彼 聞こえ る 波の音
(直訳 :私 が窓 を開 ける こと が彼 に波 の音を 聞こ えさ せた 。)
(彼が 波の 音が 聞こ える よう に、 私は 窓を開 けた 。)
(18) Tôi cho cô ấy ngồi cạnh cửa sổ
私 ~させ る 彼女 座る そば 窓
để cô ấy có thể nhìn thấy núi Phú Sỹ.
ため 彼女 出来る 見える 富士山
(直訳 :私 が彼 女を 窓の そば に座 らせ ること が彼 女に 富士 山を 見え させ た。)
(彼女 が富 士山 が見 える よう に、 私は 彼女を 窓側 に座 らせ た)
ベトナ ム語 にお ける nhìn thấy「 見え る 」と nghe thấy「聞 こえ る」は 可能 を表 す có thể「 で きる」と共 に用 いら れる 。そし て、nhìn thấy「 見 える」と nghe thấy「 聞こ え る」は 受身 文に も用い られ る。
(19) Tôi bị Taro nhìn thấy khi đi ra ngoài với Hanako 私 ~られ る 太郎 見える 時 出かけ る と 花子
(直訳 :*花子 と出 かけた とき 、太 郎に 見えら れて しま った 。)
(花子 と出 かけ たと き、 太郎 に見 られ てしま った 。)
(20) Nói lớn tiếng sẽ bị hàng xóm nghe thấy.
話す 大声 きっと ~られ る 近所 聞こえ る
(直訳 :*大き い声 で話し たら 、近 所に 聞こえ られ てし まう 。)
(大き い声 で話 した ら、 近所 に聞 かれ てしま う。)
「見え る」「聞 こえ る」 は ベト ナム 語で は対応 する が、「匂 いをさ せる 」よ うな 表現は 対 応 しない 。có mùi「匂 いが する 」とい う 表現以 外に tỏa /bốc /bay mùi「 匂い が出る /飛 ぶ/
広がる 」等 の言 い方 もあ る。
(21) Người anh ấy bốc mùi rượu.
体 彼 匂う 酒臭い
(直訳 :彼 の体 がお 酒臭 いが 出て いる。)
(酒の 臭い をぷ んぷ んさ せて いた。)
は対応 する 使役 表現 が存 在し ない 。こ のよう な場 合は 、ベ トナ ム語 では 自動 詞その ま ま であ る。
上に述 べた よう に、 日本 語で は一 般的 に所動 詞は 「さ せる 」と 共に 用い られ ないが 、ベ ト ナム 語 では để(cho) 使役 動 詞と 共 に 用い ら れる もの と 、用 い られ ない も の もあ る とい うこ とがい える(勿論 bắt/cho/khiến(cho)/làm(cho)使 役動 詞と は結 合でき ない)。先 に見 たよう に、để(cho)と 用い られる とい っても 、意 味的 には NP2 の動 作の 目 的の結 果、 ある いは NP2 の状 態変 化の 実現 をめ ざすた めに、NP1 は何 らか の行 為を 行わな け ればな らな い。
NP2の 動作・作用・変化 など はま だ実 現 してい ない 場合 に用 いら れる。実現 さ れた場 合に は、
用いら れな い。