龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より 胃病、眩暈、頭痛、咳痰。
桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より
顔色のあまりよくない胃アトニータイプの者の悪心・嘔吐・悪阻。
ヒ ン ト
二陳湯は、つわりに用いられる小半夏加茯苓湯に陳皮、甘草を加味した内 容である。小半夏湯に厚朴、蘇葉を加味すれば半夏厚朴湯だから、二陳湯と 半夏厚朴湯は近い処方である。水飲を茯苓で小水に通じて半夏・陳皮でその 上衝をさばく二陳湯と、厚朴と蘇葉という胃腸に作用してその蠕動を促し、
気を通じて巡らせようとする半夏厚朴湯とは、痰飲と気の相違があってもあ る種の共通点がある。
二陳湯は「燥湿化痰」の基本処方で、多くの方剤に組み込まれている(『中医 処方解説』)。
矢数道明氏に妊娠悪阻に対する本方加味の素晴らしい治験例がある。
三四歳の婦人。妊娠四カ月である。いままで妊娠すること二度。二度とも つわりがひどくて人工流産してしまった。今度はどうしても生ませたいと、
家族のものもみんな望んでいるので、いのちがけでがんばるつもりであると いう。しかし、今度もつわりはひどくて約二カ月、ほとんど食事がもたない。
吐物に血が混じって出ることもある。すっかり痩せ衰え、顔色は蒼白で、脈 も腹も軟弱である。心下部に停水があり、わずかに膨満しているものがある。
舌白苔があり、便秘して脱肛する。
私は小半夏加茯苓湯でもよいと思われたが、心下の停飲と痞満と胃熱に対 して、二陳湯加味方の方がよいと思い、二陳湯に悪阻加減をして三日分与えた。
さかずきに一杯ずつ、徐々に冷服させた。一杯のんで落ちついたら、また一 杯のむというようにしたのであるが、初めのうちはむかむかしていたが吐か ないですみ、その後だんだん食物がおさまり、三日後にはあの激しい嘔吐が ほとんど治った。(二陳湯悪阻加減:二陳湯に砂仁、連翹、黄䊫各 gを加味
82.桂枝人参湯
(けいしにんじんとう)出典 『傷寒論』
太陽病、外証いまだ除かずしてしばしば之を下し、遂に恊熱して利し、
利下やまず、心下痞䌤し、表裏解せざるものは、桂枝人参湯これを主る。(太 陽病下篇)
腹候
腹力中等度よりやや軟(2‑3/5)。心下痞䌤 を認める(腹候図)。
気血水
気が主体の気血水。六病位
陰病。脈・舌
脈は表熱では浮弱、それ以外は沈弱遅。舌 苔は淡白、湿潤。
口訣
この方は桂枝湯の変方もしくは類方とみなすべきなり。(奥田謙藏)
頭痛といえば第一選択に考える。(藤平健)
本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態効能または効果
胃腸の弱い人の次の諸症:頭痛、動悸、慢性胃腸炎、胃アトニー。
b 漢方的適応病態
1 )脾胃虚寒で表寒を伴う感冒。すなわち、脾胃虚寒が基礎にあるものが 感冒にかかり、悪寒、頭痛、発熱、関節痛など表寒を呈したものに用い、
人参湯で脾胃虚寒の状態を改善すると同時に、発汗、解熱、鎮痛、抗菌作 用を持つ辛温解表の桂枝によって表寒を取り除くのである。
2 )脾胃虚寒。すなわち、桂枝の温通の作用により、末梢血管の拡張を来し、
消化管の分泌を促して消化吸収を強めるので、人参湯の温中散寒、益気健 脾の効能が増強され、脾胃虚寒に適用される。
3 )脾胃実寒(寒邪直中)。 2 )と同様な理由による。
より深い理解のために 実地臨床では、頭痛、下痢、寒証が強い場合に適用 される。
より深い理解のために 実地臨床では、頭痛、下痢、寒証が強い場合に適用 される。
腹候=腹力中等度よりや や 軟(2‑3/5)。 心 下 痞 䌤 を認める。
構成生薬
桂皮4、甘草3、蒼朮3、人参3、乾姜2。(単位g)
TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
温中散寒・健脾益気・辛温解表。効果増強の工夫
胃腸炎に対する効果の増強にはむろん つの視点がある。 つは水をさば く作用に注目することと、人参湯の適応である裏寒に注目してそれを強化 することである。
水飲をさばく作用の増強に注目し、
処方例) ツムラ桂枝人参湯 5.0g㾹 ツムラ五苓散 5.0g㾸分 食前
裏寒に対する薬能を増強して附子理中湯などを想定し、
処方例) ツムラ桂枝人参湯 5.0g㾹 ブシ末(調剤用)「ツムラ」 1.0g㾸分 食前
本方で先人は何を治療したか?
龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1 )急性腸炎・急性大腸炎・熱病に下剤を使用した後等で、発熱或は悪風寒、
身体痛、脈浮等の表証と、下利、心下痞䌤があるもの。
2 )感冒・流感等で発熱、脈浮弱、頭痛、或は悪寒などの表証があり、平常 冷え症、軟便などの裏寒があるもの、感冒悪感頭痛(桂枝)くしやみ(乾姜)。 3 )小児ひきつけで、臍下から心へ上衝するものに使つた例がある。
ヒ ン ト
桂枝人参湯を常習頭痛に応用することは藤平健先生がたぶん初めである。
『漢方臨床ノート・治験篇』からその下りを引用してみよう。
『私自身常習頭痛の経験者であるのであるが、かつては呉茱萸湯がよく応じ たのに、ここ数年それが応じなくなり、ふとした機会に、頭痛、嘔吐、下痢、
脈浮という状態の頭痛発作から、桂枝人参湯証に思いが及び、それを服用し たところ頓坐的に発作が治まった。これを数日服用することによって、以後 この発作が出現しなくなったのである。
この経験から、頭痛も、上衝という病理概念の重要な一症状であるから、
これがあって、さらに下痢があれば、本方証として一応妥当と認められるの であるが、あるいは下痢がなくても「上衝急迫」の一証で、「常頭」に応用でき るのではないかと推量し、これを応用してみたところ、既述のような成績を 得たわけである。』
83.抑肝散加陳皮半夏
(よくかんさんかちんぴはんげ)出典 本朝経験方
抑肝散加陳皮半夏は抑肝散に陳皮半夏の二陳湯を合わせた薬方である。江 戸時代の、北山友松子(1640ごろ〜 1701)によって作られたと伝えられて いる。
腹候
腹力中等度よりやや軟(2‑3/5)。腹直筋の 緊張、および臍上悸(水分之悸)を認める(腹 候図)。
気血水
気血水いずれとも関わる。
六病位
少陽病。脈舌
原則的に、舌質はやや紅、舌苔は白、脈は 弦細数。
口訣
抑肝散と同様に「怒りはなしやと問うべし」(目黒道琢)があてはまる。(著 者)
本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態効能または効果
虚弱な体質で神経がたかぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜泣 き、小児疳症。
b 漢方的適応病態
気血両虚の肝陽化風に痰湿の症候が加わる。すなわち、いらいら、怒りっ ぽい、頭痛、めまい感、眠りが浅い、頭のふらつき、筋肉のけいれんやひ きつり、手足の震えなどの肝陽化風の症候に、元気がない、疲れやすい、
食が細い、皮膚につやがない、動悸、しびれ感などの気血両虚の症候を伴 い、さらに、舌苔が白膩、悪心、嘔吐、腹部膨満感などの痰湿の症候を認 めるもの。
構成生薬
半夏5、蒼朮4、茯苓4、川芎3、釣藤鈎3、陳皮3、当帰3、柴胡2、甘草1.5。(単 位g)
腹候=腹力中等度よりや や 軟(2‑3/5)。 腹 直 筋 の 緊張、および臍上悸(水 分之悸)を認める。
TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
平肝熄風・補気血・燥湿化痰・理気和中。効果増強の工夫
抑肝散の項(p.114)を参照されたい。
本方で先人は何を治療したか?
矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
癎症・神経症・神経衰弱・ヒステリー等に用いられ、また夜啼・不眠症・
癇癪持ち・夜の歯ぎしり・癲癇・不明の発熱・更年期障害・血の道症で神 経過敏・四肢萎弱症・陰痿症・悪阻・佝僂病・チック病・脳腫瘍症状・脳 出血後遺症・神経性斜頸等に応用される。
抑肝散の証が長びいて、虚状を呈してきたとき特有の腹証になるが、その ときには陳皮・半真の加味方を用いるのである。
龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より 癎、神経衰弱、血の道症、脳出血。
桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より 抑肝散の証で、より虚証のもの。
ヒ ン ト
高橋道史氏の『浅田流漢方診療の実際』には、本方により改善した経験例が 述べられている。
「ある日、中年婦人が尋ねてきて言うには、自律神経の病気で洋医の診療を 受けているが、経過がはかばかしくないので漢方で治療を望むという。見る からに眼光鋭く、落ち着きがない。近ごろ頭痛や、めまい、肩こり、動悸、カッ として気が荒くなる、やたらに怒りたくなるなどがあるという。
脈は浮緊で数、腹部に胸脇苦満はないが、左側の腹直筋は拘攣し、臍上に 動悸が亢進している。北山友松子の口訣の通り、抑肝散に陳皮、半夏を加味 して投与したところ、初診から39日して来院したときには大いに良くなって いた。」
北山友松子は江戸前期の医師で、父は明からの亡命者馬命于(バメイウ)、
母は丸山の遊女という伝説的な出自の漢方家である。
より深い理解のために 本方の構成は、抑肝散の適用状態に、悪心、嘔吐、
腹部膨満感などの症状と白膩の舌苔が観察され、痰湿の存在が加わった状態 に適すると考えられる。すなわち、抑肝散に二陳湯を合方したものに相当す る。渡来人を父に持つ北山友松子が多湿の日本の風土に合わせて工夫したと いうことかもしれない。
より深い理解のために 本方の構成は、抑肝散の適用状態に、悪心、嘔吐、
腹部膨満感などの症状と白膩の舌苔が観察され、痰湿の存在が加わった状態 に適すると考えられる。すなわち、抑肝散に二陳湯を合方したものに相当す る。渡来人を父に持つ北山友松子が多湿の日本の風土に合わせて工夫したと いうことかもしれない。