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第 1 章 食糧流通改革と中国農業の転換

第 3 節 食糧流通制度の改革と漸進的自由化

3.5. 食糧の生産・流通構造の変化

ではこのような一連の食糧流通システムの改革によって、食糧の流通主体や産地別の生 産状況にどのような変化が発生してきたのであろうか。以下ではこれらの動向について、

統計資料を利用しながら簡潔に整理していく。

まず食糧流通の主体について、食糧の生産者販売量に占める国有企業の買い取り量の割 合は、2004年から顕著な低下を示している。表1-3では、食糧の商品化率と国有企業に よる食糧買い取り比率の推移を整理した。この表からわかるように、国有企業による買い 取り比率は2003年の71%から、2004年には57%と大幅に低下し、2007年には50%に達 した。第2章で検討する最低価格買付実施の影響で、2008~09年にはその割合が57~58%

に上昇するものに、その後は再び低下傾向をみせ2010年には44%にまで低下している。

故に、食糧買付において民間企業のプレゼンスが高まっていることが指摘できる。他方、

食糧の商品化率については、2003年から一貫して上昇傾向を示していて、2003年の39%

から、2010年には59%になるなど、食糧の市場流通の割合も上昇傾向にある。

また、図1-3と図1-4の主要穀物の需給動向と価格動向に示されるように、2003・04 年前後から備蓄食糧の放出が限界に達してきたことを受け、2004年には食糧の小売価格が 大幅に上昇し、その後も上昇傾向を続けている。この背景には、特に飼料用・工業加工用 のトウモロコシ需要の増加が存在し、穀物全体の需要を押し上げている(寳劔2011b)。さ らに、前述の最低買付価格制度が実質的な政府支持価格となって、食糧価格の下支えをし ていることも影響していると考えられる。図 1―3 に示されているように、備蓄食糧が

2006/07 年前後から増加に転じていることと整合的である。したがって、食糧価格が国際

価格を上回り始めると、備蓄食糧が将来的な財政負担となりかねないといった問題を抱え ていることが示唆される。

17 2014年の「一号文件」(中国共産党中央と国務院が共同で発表する年初の政策指針)のなかで、「食糧」の安

全保障から、「穀物」(中国語で「谷物」)の基本自給と主食用穀物(中国語で「口糧」。主としてコメ、小麦の こと)の絶対安全(中国語で「確保谷物基本自給、口糧絶対安全」)という形に、政策目標が修正された。その 背景には、中国のWTO加盟後の2001年前後から大豆輸入が急増し、2013年の輸入量は6338万トンに達する

など、95%という食糧自給率の目標を大きく下回っていること(2013年の食糧自給率は87.0%)が挙げられる。

18基本農地(「基本農田」)とは、一定期間中の国内農産物需要と非建設用地需要の双方の予測に基づいて、期 間中は農外転用を禁じ、保護しなければならない農地のことである。中国の土地制度における基本農地の意義 については、沈(2000)を参照されたい。

表 1-3 食糧の生産・流通状況

商品化率 ③/②

2003 43,070 39% 13,681 9,718 71%

2004 46,947 41% 15,755 8,919 57%

2005 48,402 46% 18,225 11,494 63%

2006 49,748 50% 20,159 12,257 61%

2007 50,160 51% 20,133 10,167 50%

2008 52,871 54% 26,576 15,471 58%

2009 53,082 56% 26,639 15,223 57%

2010 54,648 59% 27,975 12,406 44%

2011 57,121 60% 28,243 11,443 41%

2012 58,958 62% 29,015 12,364 43%

(単位:万トン)

年次 ①食糧生産量 ②生産者販売量 ③国有企業買い取 り量

(出所)聶振邦主編『中国糧食発展報告』(各年版)より筆者作成。

(注) 1)食糧作物には水稲、小麦、トウモロコシや他の穀物のほか、大豆、イモ類を含む。

2)生産量は籾重量であるが、生産者販売量と国有企業買い取り量 ついては脱穀した重量(中国語は「貿易糧」)で計算されている。

    3)2003~2005年の生産者販売量(貿易糧)を算出するにあたって、 2006年の籾ベースの生産者販売量と貿易糧ベースの生産者販売量の換算率(0.81)を用いた。

その一方で、前述のように1990年代末から食糧主産地を対象とした保護価格買付や最低 買付価格が導入されたり、食糧直接補助金が厚く配分されたりするなど、主産地を優先し た政策を採用してきた19。そこで、中国を 3 つの地域(食糧主産地、食糧主要消費地、そ の他)に分け、食糧生産量全体に占める各地域の構成比について、表1―4に整理した。

この表に示されるように、農業生産責任制の導入が進展した1980年代前半には食糧主産 地の生産比率が上昇する一方、食糧主要消費地ではその割合が緩やかに低下してきた。し かし、食糧流通改革の実施が難航していた1990年代は、食糧消費地では生産比率がやや低 下したものの、食糧主産地への生産集中は順調に進まず、75%前後を推移していた。その 後の2000年代に食糧流通の自由化が本格化し始めると、食糧主産地の生産比率は顕著な上 昇をみせ、2005年には78.0%、2010年には79.5%へと上昇した。他方、食糧主要消費地の 生産比率は大きな低下を示していて、2005年には7.1%、2010年には6.1%となった。

19食糧の主要生産県(「産糧大県」)は一般に工業化が遅れ、法人税などの財政収入が少なく、農業税などの農 業関連の税金・費用徴収は2000年代前半から削減・免除が進められてきたことから、財政基盤が相対的に脆弱 であった。そのため、財政部は2005年に「中央財政による食糧の主要生産県に対する奨励規則」「中央財政対 産糧大県奨励辨法」)を打ち出し、食糧の主要生産県の認定基準を明示したうえで、当該県に対して食糧生産の 奨励資金を配分することを定めた。

表 1―4 食糧生産量の地域別構成比

単位:%

1980年 1985年 1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2013年

食糧主産地 71.3 73.9 74.4 75.9 75.5 78.0 79.5 79.6

コメ 60.6 65.8 66.3 66.8 68.8 72.3 75.2 76.5

小麦 77.2 78.7 77.5 80.3 80.6 82.6 84.0 85.1

トウモロコシ 75.7 77.8 81.3 81.2 76.0 77.9 78.5 78.8

食糧主要消費地 14.2 12.5 11.7 10.6 9.7 7.1 6.1 5.5

コメ 26.1 22.5 21.7 20.5 17.9 13.8 12.6 11.7

小麦 3.9 3.0 3.4 2.6 2.2 1.1 1.1 1.0

トウモロコシ 2.8 2.9 2.5 2.4 2.0 1.8 1.6 1.5

その他 14.5 13.6 13.8 13.5 14.9 14.9 14.4 14.9

コメ 13.3 11.6 12.1 12.8 13.3 13.8 12.3 11.8

小麦 18.9 18.3 19.2 17.0 17.1 16.3 14.9 13.9

トウモロコシ 21.5 19.2 16.2 16.5 22.0 20.3 19.9 19.7

(出所)国家統計局農村社会経済調査司編(2009)『中国統計年鑑』(各年版)より筆者作成。

(注)1)地域の分類は以下の通りである。食糧主産地(13省・自治区):河北、内モンゴル、遼寧、吉林、黒 龍江、江蘇、安徽、江西、山東、河南、湖北、湖南、四川。食糧主要消費地(7省・市):北京、天津、

上海、浙江、福建、広東、海南。その他(11省・市・自治区):山西、広西、重慶、貴州、雲南、チベ ット、陝西、甘粛、青海、寧夏、新彊。

2)「食糧主産地」とは食糧の域内消費を補い、かつ食糧の移出が可能な地域のこと、「食糧主要消費地」

とは域内生産では域内消費を満たせないため、域外からの移入に依存する地域のこと、その他(生産・

消費均衡地)とは、域内の食糧生産・消費が均衡している地域のことである。なお、地区の分類と定義 については、「国家糧食安全中長期規劃綱要(2008―2020年)」と菅沼(2011: 267-268頁)に基づく。

食糧の品目別にみると、食糧主産地ではコメ生産量全体に占める割合が2000年代から顕 著な上昇を示していて、2000年の68.8%から2010年には75.2%と6.4ポイントも上昇して いる。その一方で、食糧主要消費地ではその割合の低下が著しく、2000年の17.9%から2010

年には12.6%へと低下した。この背景には、黒龍江省や吉林省で栽培される東北地方のジ

ャポニカ米への需要が増加する一方、主として南方地域で栽培されてきたインディカ米へ の需要が低迷してきたことが存在する20。小麦とトウモロコシの産地別の生産比率の変化 でも同様の傾向が観察されるが、コメと比較するとその速度は相対的に緩やかである。

20黒龍江省におけるジャポニカ米普及の経緯については、福岡県稲作経営者協議会編(2001)を参照されたい。

また、「東北地方」(遼寧省、吉林省、黒龍江省のほかに、内モンゴル自治区も含む)のコメ生産量の構成比は、

1990年の5.3%から、2000年には9.9%、2010年には15.0%へと大きく上昇している。後述の特化係数(コメ)

でも「東北地方」の躍進は顕著で、1990年の0.37から、2000年には0.62、2010年には0.80となった。なお、

通常の地域分類では東北地方に内モンゴル自治区は含まれないが、内モンゴルの東部(大興安嶺山脈に広がる 平原地帯)は食糧生産が盛んで、農業地理的な条件が他の東北地方と共通性も強いため、食糧流通政策上も東 北三省と同様の施策が適用されることが多いという(池上2012: 27頁)。そのため、本論文においても「東北地 方」に内モンゴル自治区を含めている。

最後に、食糧の産地変化を考察するため、総作付面積と食糧作付面積に基づく特化係数 を表1―5に示した。Aijj地域におけるi作物の栽培面積とすると、j地域におけるi作 物の特化係数(SCij)は、中国全体の作付面積に対するi作物の栽培面積比率をj地域におけ るi作物の栽培比率で割ったものである。すなわち、

 

 

i j ij

j ij

i ij ij

ij

A A A A

SC

(1.1)

が特化係数であり、この係数が1を上回ると当該作物について特化が進展していることを 意味する。表1―5をみると、1980~90年代にかけて食糧全体では地域間の特化係数に大 きな格差は存在せず、いずれの地域でも前後の水準に推移していたが、特化係数自体は「そ の他」地域の値の方が相対的に大きいいった特徴もみられた。しかし、2000年代から特化 係数の緩やかな変化が発生していて、食糧主産地の値が1を上回り始める一方、食糧主要 消費地域とその他地域で特化係数が減少傾向を示している。とりわけ食糧主要消費地では その傾向が顕著で、2010年には特化係数が0.8へまで低下した。

他方、生産量の比率と同様、特化係数についても品目別でみると大きな変化が観察でき る。食糧主要消費地に含まれる浙江省、福建省、広東省では、豊富な水資源を利用したコ メ栽培が伝統的に行われてきたことから、他地域と比べて特化係数が高く、1980年代には 係数値が2を超えていた。しかしながら、前述のように2000年から南方のインディカ米が 保護価格買付対象から除外されたこと、そしてより収益性の高い作目への転換が進展して きたことから、食糧主要消費地の特化係数は顕著に低下し、2010年には1.99となった。さ らに、食糧主要消費地では小麦とトウモロコシの特化係数はもともと低かったが、2000年 代には小麦の特化係数が大きく低下するなど、穀物全般の比較優位の低下が示唆される。

それに対して、食糧主産地では東北地方を中心にジャポニカ米の栽培が広がってきた結 果、特化係数も1990年の0.90から2000年には0.95、2010年には1.02に上昇するなど、

コメ栽培の特化が徐々に進展してきた。また、トウモロコシについては特化係数の大きな 変化はみられないが、小麦について緩やかながら特化係数の上昇傾向が示されている。ま た、その他地域では、1980 年代には小麦とトウモロコシの特化が相対的に進展していた。

しかし、1990年前後からコメを含めて3つの穀物ともに特化係数の低下傾向がみられ、2000 年代には小麦とトウモロコシの特化係数が1を下回ってきた。

このように食糧流通改革、とりわけ1990年代末からの流通自由化の促進と食糧主産地へ の支援強化を契機に、食糧生産の主産地への集中が徐々に進展してきたことが指摘できる。