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第 5 章 農業産業化政策の下の農民専業合作社の展開

第 2 節 農民専業合作社の変遷と政策的支援

2.1. 農民専業合作社の発展過程と法制化

中国における農民専業合作社の形成は、1978年末から実施されてきた一連の農村改革と 密接に関連する。中国農村では、人民公社による集団農業から農業生産責任制による農家 請負経営に転換が図られたことで、膨大な数の小規模経営農家が出現した。その一方で、

集団農業体制の解体によって農業基盤整備のための公的積み立ても減額され、技術普及組 織に対する予算削減や独立採算化も行われた。その結果、農業の技術普及や水利管理、生 産資材の共同購入や農作物の共同販売などの農家に対する公的サービスも大幅に後退する といった問題が発生し、とりわけ財政力の弱い内陸農村地域ではその影響が深刻であった

(池上1989a、辻ほか1996、 厳1997、胡・黄2001)1

このような問題に対処するため、全国各地で設立されてきた中間組織の一つが、農民専 業合作社と呼ばれるものである。最も早く設立された合作社としては、四川省郫県の養蜂 協会や広東省恩平県のハイブリッド米研究会(ともに1980年に設立)が挙げられる。また 農民専業合作社は、1980年代中盤から中国科学技術協会の系統をはじめとした関連部門か ら支援を受けるようになり、中央政府の政策方針のなかでも合作社が取り上げられるよう になってきた(潘・杜1998: 104-105頁)。

農産物の市場流通が浸透してきた1990年代前半には、専業協会や専業合作社が数多く設 立され、1990年の農民専業合作社(専業協会や研究会など、多様な名称の組織も含む)は、

7万7000社あまりにのぼったという(坂下2005: 75頁)。そのため、中国共産党も農民専 業合作社に対する権利保護や支援に乗り出した。具体的には、中国共産党中央・国務院か ら公布された1990年末の「1991年農業・農村工作に関する通知」(「関於1991年農業和農 村工作的通知」)と、1993年の「当面の農業・農村経済発展に関する若干の政策措置」(「関 於当前農業和農村経済発展的若干政策措置」)では、専業協会や研究会といった農民組織を 農業生産関連の総合的サービス体系(「農村社会化服務体系」)の新たな担い手として認め、

1 4つの省(黒龍江省、河南省、四川省、浙江省)の農業技術ステーションに対する調査を行った胡・黄(2001)

によると、農業技術ステーションあたりの平均実質経費(1985年=100とする全国消費者物価指数で実質化)

は、1985年から1995年にかけてすべての省で一貫して減少傾向を示している。

農民組織に対する支援と法的保護を行うことが明記された2

また1994年には、農民専業合作社の主管部門が農業部であることを国務院が認定し、農 業部は幾つかの省で実験地域などを認定して農民に対する組織化活動を推し進めていった

(韓主編2007: 4-5頁、潘・杜1998: 104-107頁)。

1990年代半ば以降になると、農業政策の揺り戻しや農産物価格の低迷の影響を受け、農 民専業合作社の発展は停滞傾向を示した。だが、1990年代末の農業産業化政策の本格化と ともに、合作社が生産農家を主導する「専業合作社+農家」や、アグリビジネス企業と農 家との間に農民専業合作社が入って仲介的な役割を担い、農業発展を推し進める「公司+

専業合作社+農家」といったモデルが提起され、中央・地方政府からの政策的支援も強化 されてきた(牛1997、宋主編2008: 96-99頁)。

その一方で、農民専業合作社に対して明確な法的根拠が一貫して与えられず、合作社の 育成・管理には「供銷合作社」3系統や農村経済管理部門、科学技術協会など様々な部門が 関与してきた。そのため、農民専業合作社は、「社会団体」や「民弁非企業単位」(ともに 登記先機関は民政部門)として、あるいは「協会」(主管部門は科学技術協会)や「企業法 人」(登記先は工商行政管理総局。以下、「工商局」と略す)として登記されたりするなど、

農民専業合作社の具体的な名称は地域や事業内容によって大きな相違が存在した(青柳 2001: 60-61頁)4

この問題に対処するため、中国政府は2004年頃から農民組織の規範化への政策を進めて きた(表 5-1)。専業合作組織の改革モデル省に認定された浙江省は、農民専業合作社の 振興と規範化のための法令・政策を、ほかの省に先駆けて積極的に打ち出した。すなわち、

2004年11月には「浙江省農民専業合作社条例」が浙江省人民代表大会で承認され、2005 年1月から施行された。この条例は、農民専業合作社およびその会員の権利の保護、農民 専業合作社の規範化とその促進に対して重要な意義を持つものであった。さらに、2005年 4 月には「浙江省農民専業合作社のモデル定款に関する通知」(「浙江省農民専業合作社示 範章程的通知)、2005年8月には「農民専業合作社の規範化建設に関する意見」(「関於農 民専業合作社規範化建設的意見」)が公布され、農民専業合作社の規範化を推進してきた。

2 199110月に国務院から「農業社会化サービス体系建設を強化することに関する通知」「関於強化農業社会

化服務体系建設的通知」)が出された。この「通知」では、政府が農民組織を積極的に支援し、その権利を保護 するとともに管理を強化し、農民組織の健全な発展を指導することが明記されている。

3 「供銷合作社」とは1950年代に設立された購買販売協同組合のことで、国際協同組合同盟(ICA)にも登録 されている。計画経済期には農村の国家商業部門の下請機関として、青果物の国内流通・輸出、農村部の農業 生産資材(化学肥料、農薬など)と生活財の供給を独占してきた。しかし改革開放後、その独占的地位は否定 されたため、民間流通業者との競争にさらされ、その地位は年々低下している(池上・寳劔編2009: 263頁、山 2013: 78-79頁、全国供銷合作網(http://www.chinacoop.gov.cn/))。

4 1990年代までの農民専業合作社の動向を考察してきた青柳(2001: 64-65頁)によると、農民専業合作社は「継

続的な事業活動」の有無で、合作社型と協会型に分類されるという。すなわち、合作社型とは専従職員や固定 的施設などの経済的な実態があり、農産物販売、生産資材購入など経常的な経済活動を行う共同組織である。

それに対して協会型とは、経済的な事業活動をともなわず、おもに特定農作物の生産技術などの研究会や講習 会を行う組織である。

中央レベルでは、2005年3月に農業部から「農民専業合作組織の発展を支持・促進する ことに関する意見」(「関於支持和促進農民専業合作組織発展的意見」)が公布され、農民専 業合作社の健全な発展を促進するための指導原則や主要な措置が明記された。そして2006 年の「1号文件」(年初の政策方針)においても、農民専業合作社に関する立法プロセスの 加速や支援の強化、そして農民組織支援のための貸付・税制・登記等の制度整備が提唱さ れた。

このような動向を受け、2006年3月に開催された全人代では、農民専業合作社に関する法 律制定の建議が行われ、2006年10月の全人代常務委員会において農民専業合作社法が承 認された。これは農村専業合作社に関する初めての法律で、既存の農村専業合作社に対し て明確な法的地位を与えると同時に、その管理・運営を規範化することを目的とするもの である。また、合作社法の施行にあわせて、合作社登記のための資格や手続きを明記した

「農民専業合作社登記管理条例」も施行され、合作社定款の雛形であるモデル定款も公表 された。

表 5-1 農民専業合作社関連の法令・通達

政策・通達 公布元官庁 年・月日 主な内容

浙江省農民専業合作社条例 浙江省 20041111 農民専業合作社の法人格を全国で初めて条例によっ て認定

農民専業合作組織の発展を支持・促進す

ることに関する意見 農業部 2005324 農民専業合作組織の健全な発展を促進するための指 導原則や主要な措置を明記

社会主義新農村建設に関する若干の意見

(「1号文件」) 中共中央、国務院 2006220

農民専業合作組織に関する200405年の「1号文件」の 内容をさらに推し進めており、立法プロセスの加速、支援 の強化、合作経済組織発展に有利な貸付・税制・登記 等の制度の設立を明記

農民専業合作社法 全人代 20061031日 承 認

(2007年7月1日施行)

農民専業合作社に関する初めての法律。既存の農民 専業合作組織に対して法的地位を与えるとともに、

その管理・運営の規範化を目指す。

農民専業合作社財務会計制度(試行)を

公表することに関する通知 財政部 2007年12月20日

(2008年1月1日試行)

合作社の財務会計に関するルールを明確にし、貸借 対照表と損益計算書のほかに、会員権益変動表など の形式も定める。

農民専業合作社の金融サービス工作を進 めることに関する意見

銀行業監督管理委員

会、農業部 200925

すべての合作社を金融機関による信用評価の対象と し、合作社向けの金融サービスを強化することに加 え、一部の合作社に対して農村信用互助社の設立も 試験的に認める。

農民専業合作社のモデル合作社建設活動

を促進することに関する意見 農業部ほか 2009年8月31日

経営規模・サービス力・品質の面で優れ、民主的な 管理が行われている合作社を全国各地からモデル合 作社として選定することで、合作社全体の運営改善 と規範化を推し進めることを目指す。

農民専業合作社の財務管理工作を

一層強化することに関する意見 農業部 2011年5月20日

財務管理の強化を合作社の規範化の中心に据え、合 作社内の管理体制の健全化や上級機関による厳格な 監査実施などを明記する。

農民合作社の規範発展を牽引・促進する

ことに関する意見 農業部ほか9部門 2014年8月27日

合作社の規範化と政策的支援を一層強化する こと で、合作社の協同組合としての質を高めることを目 指す。合作社による信用事業の実施については、関 連部門による承認を必須とし、高金利を騙っ た会 員・非会員からの預金集めや非会員向けの融資を禁 じることも明記される。

(出所)各種資料より筆者作成。