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第 4 章 農地賃貸市場の形成と農地利用の効率性:浙江省の事例を中心に

第 4 節 農地流動化による地代水準の効率性

4.3. 農地賃貸市場の推計結果

が上昇する一方、党員が農地借入を行う確率は非党員よりも有意に高いという結果となっ た。前述のように徳清県では反租倒包が広範に行われるなど、地方政府による農地市場へ の介入度合いが高く、世帯主が党員である場合にはより積極的に農地を借り入れているこ とを示唆している。

一方で、農業労働投入の弾力性は農地面積のそれと比較すると相対的に低く、係数が有 意であったのは奉化市の「借入あり農家」と徳清県の「借入なし農家」の場合にとどまっ た。さらに中間投入をみると、奉化市の「借入あり農家」を除くと弾力性は相対的に高く、

徳清県の「借入あり農家」のケースでは0.679 と非常に大きな値をとっていることがわか る。なお規模に関する収穫一定に関するF検定を行ったところ、いずれのケースも収穫一 定の帰無仮説は有意水準10%で棄却されなかった。

他方、世帯主の年齢について奉化市のケースのみが有意で、借入あり農家では逆U 字、

借入なし農家ではU字型の関係にあるという結果となった。それに対して世帯主の教育年 数はすべてのケースで有意ではなく、教育投資は農業粗収入に対して直接的な効果がない ことが示されている。またミルズ比の逆数は、奉化市の「借入なし農家」のケースのみ有 意であったが、そのほかのケースでは有意な結果とならなかった。

表 4 - 8 農業粗収入関数の推計結果

係数 係数 係数 係数

ln_農業労働投入 0.241 2.078 ** 0.141 1.615 0.164 0.860 0.365 3.508 ***

ln_農地面積 0.501 3.474 *** 0.409 3.592 *** 0.236 1.073 0.398 2.517 **

ln_中間投入 0.304 2.444 ** 0.659 12.158 *** 0.679 4.539 *** 0.436 4.124 ***

年齢 0.234 2.061 ** -0.137 -2.142 ** -0.015 -0.112 -0.011 -0.177

年齢×年齢 -2.08E-03 -2.034 ** 1.21E-03 2.108 ** 2.89E-04 0.210 9.60E-05 0.159

教育年数 -0.038 -1.005 0.005 0.198 0.047 0.921 0.022 1.001

Inverse Mill's ratio -0.281 -0.100 -3.040 -1.549 2.241 0.741 -1.170 -0.646

定数項 -1.407 -0.411 8.208 3.154 *** 1.742 0.561 5.318 2.041 **

標本規模 F検定 決定係数

(注)1)***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準で有意であることを示す。

   2)標準誤差はWhite=Huber法によって修正した。

   3)村ダミーは省略した。

奉化市 徳清県

借入あり 借入なし 借入あり 借入なし

z値 z値 z値 z値

80 131 35 184

11.23*** 19.87*** 6.68*** 9.49***

0.803 0.793 0.700 0.459

この農業粗収入関数の推計結果に基づき、表4-9では土地限界生産性と地代(貸出、

あるいは借入の地代)との比較結果を示した。なお、本表に含まれる農家は、「借入あり農 家」のうちで地代の授受がある世帯と、「借入なし農家」のうちで農地を貸し出し(地代の 支払い受取あり)つつ、自分でも農業生産を行っている世帯のみである。そのため、特に 奉化市では対象サンプルが限定的であることに注意されたい。

まず奉化市の比較結果をみると、「借入あり農家」の土地限界生産性の平均額は借入地代 のそれを1000元程度上回っていて、いずれの検定方法(t検定と符号化順位検定)でも統

計的な有意差が確認できる。それに対して「借入なし農家」について、平均差のt検定と 符号化順位検定ともに土地限界生産性と貸出地代の間に有意差がされなかった。この結果 は、「借入あり農家」は農地流動化を通じて地代をはるかに上回る高い収益を実現する一方 で、「借入なし農家」のうち、実際に農地を貸し出している農家は自営農業の収益性に見合 った水準の地代を受け取っていることを示唆している。

他方、徳清県の推計結果をみると、「借入あり農家」の土地限界生産性は実際の借入地代 の格差は奉化市のそれと比較して相対的に小さいが、平均差のt検定と符号化順位検定の いずれでも1%水準で有意差が確認された。他方、「借入なし農家」の土地限界生産性の平 均値は503元で、実際の貸出地代の平均値である531元を下回っているが、平均差のt検 定と符号化順位検定のいずれでも有意差が確認されなかった。また、「借入なし農家」の土 地限界生産性の平均値が借入あり農家のそれを上回っている点は、奉化市の結果と明確に 異なっている。

表 4-9 土地限界生産性と地代との比較結果

標本規模 平均 標準偏差 2標本平均差の t検定

ウィルコクソンの

符号化順位検定 相関係数 土地限界生産性 1,729 185

借入地代 331 32

土地限界生産性 518 128

貸出地代 367 29

土地限界生産性 443 60

借入地代 237 30

土地限界生産性 505 40

貸出地代 531 21

(注)***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準で有意であることを示す。

78 -0.574 -1.553 0.011

1.191 0.721 0.129

借入あり 26 3.788*** 3.187*** 0.417**

借入なし

借入あり 49 1.191*** 5.864*** 0.373***

借入なし 27

以上の推計結果から、農家間の相対取引が中心である奉化市では、貸出地代が農家の土 地限界生産性に見合った水準に設定される一方で、地元政府による介入度の高い徳清県で は、農地貸出が政府によって強制的に行われる傾向があるものの、貸出農家に対して農地 利用の機会費用と同等の地代が支払われていると理解することができる。

徳清県の農地貸出の多くが地方政府を通じて強制的に行われていることは、農家調査か らも確認できる。貸出農家に対する農地の貸出理由(単一選択)の回答結果によると、奉 化市では農地貸出の理由として、「労働力不足」と「農業の割の悪さ」がそれぞれ約4割を 占めるのに対し、徳清県では約7割の貸出農家が「集団の指導のため強制的に流動化」を 選択している。このような農家の意思に反した非自発的な農地流動化であっても、貸出農 家に対して農家の機会費用に見合った地代を提供していると言える。

ただし、政府による強制的な貸出の場合、農地の質にかかわらず同じ農村内では一律の

地代が設定され、農地の限界生産性と地代との間に乖離が生じてしまうことも多い。実際、

徳清県の「借入なし農家」に関して、土地限界生産性と地代との相関係数が有意でないこ とや、表4-4の反租倒包に関する貸出地代の変動係数の小ささもそのことの証左である。

それに対して、農業生産にともなう価格・収量リスクの大きさや、大規模経営に必要な 初期投資などの理由から、農地を借り入れる農家が比較的少数にとどまっている。そのた め、農地貸借での借り手は強い交渉力をもち、土地限界生産性が借入地代を大きく上回る 高い収益を得ていると考えられる。ただし、この借り手による寡占的な利潤の程度は、奉 化市よりも徳清県の方が相対的に小さく、かつ徳清県では農地を貸し出す農家も相対的に 高い地代を享受している。これらの点は、農地取引に対する政府による介入の一定の合理 性を示唆するものである。