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第 2 章 農業調整問題と農業産業化

第 2 節 速水理論による中国農業の評価

2.3. 農業への保護政策強化

図 2-3 名目比較生産性の要因分解

50 60 70 80 90 100 110 120 130 140 150

1985年 1987年 1989年 1991年 1993年 1995年 1997年 1999年 2001年 2003年 2005年 2007年 2009年 2011年 2013年

実質比較生産性 農業の相対価格 名目比較生産性

(出所)産業別GDPと産業別就業人口は『中国統計年鑑』(各年版)、農業の生産者価格指数は『中国農産品価 格調査年鑑』(各年版)、工業の生産者価格指数は『中国統計年鑑』(各年版)より筆者作成。

しかし2003年頃から実質比較生産性は横ばいの状況が続く一方で、トウモロコシを中心 とした食糧需要の増大と最低買付価格による食糧価格の下支えを反映して、農業の相対価 格は2000年代前半から急速な上昇傾向が続いている。その結果、名目比較生産性は2004 年から上昇傾向に転じるなど、農業部門の労働生産性が徐々に回復している。

企業所得税収入に依存した県財政は、県営企業の経営悪化によって財政収入の収入源に 直面することとなった。そして工業化が後れて税源基盤が薄弱な県政府では、その財政収 入を郷鎮財政に求め、1990年代中後期に郷鎮政府の財政運営は極度の困難に直面し、財政 収入源をさらに農民に転嫁することが行われたのである(池上2009: 45頁、陳ほか2008:

236-242頁)。また、地方政府では自分の親類や友人を勝手に公務員としてしまう行為も横

行していた。このような行政機構の肥大化は財政負担増を引き起こし、財政赤字を補填す るために高利貸しや銀行、農村幹部などから高金利で借金するなどの行為が広範に行われ たことで、財政事情を一層悪化させ、農民負担問題をより深刻なものとしていた9。 このような農民負担問題を解決するため、中国政府は1998年10月に国務院農村税費改 革工作小組を設立し、全国各地で農村税費改革の試験を行った。税費改革の主な内容は、

①従来の各種費用を廃止または農業税に統合し、農民負担を農業税に一本化する、②農業 税率は過去5年間の農作物の平均生産額の7%とする、③村民委員会が徴収する賦課金で ある「三提」(公積金、公益金、管理費)は農業税の付加税とし、農業税本税の 20%とす るといった方針が決められた(池上2009: 45頁)。この税費改革は2000年から安徽省など 9省34県市において実施されたが、税収の大幅減の一方で上級政府からの適切な財政移転 が実施されなかったため、末端行政機関の正常な運営が損なわれたり、教師への給与未払 などによって義務教育の実施にも大きなマイナスの影響が生じた。そのため、2001年に入 って税費改革の試験実施のスピードが弱められた。

しかし2002年11月の第16回党大会と第16期中央委員会第1回総会において、中国共 産党の最高指導部として胡錦涛総書記と温家宝首相が選出されたことで、「三農」保護政策 はより強固に推し進められることとなった。胡錦濤-温家宝政権の「三農」支援の原則は、

「多く与え、少なく取り、制限を緩めて活性化する」(「多予、少取、放活」)という三つが 柱となっている。「少なく取る」とは税費改革による農民負担の削減であるが、2004 年か ら農業関連の税(農業税、農業特産税、牧業税)自体を撤廃する動きが各地で進められ、

2004年には葉たばこを除く農業特産税が廃止、2005年には牧畜業にかかる牧業税が廃止、

2006年1月には農業税条例が廃止され、農業税も廃止された(陳ほか2008: 244-246)。そ して、農業関連税が撤廃されたことによる郷鎮政府と村民委員会の歳入不足は、中央政府 と省政府、地区級政府から財政移転による補填と郷鎮政府の人員削減などの自助努力によ って行われることとなった(池上2009: 49-51頁)。

(2)食糧向けの財政支援の強化

それに対して「多く与える」政策では、食糧生産を中心に農民への直接的な補助が積極 的に実施されてきたことが大きな特徴として挙げられる。第1章で議論したように、2004

9このような1990年代当時の状況を刻銘に記録したものとして李(2002)が挙げられる。また、統計調査に基 づいて郷村財政の実態を整理したものとして、朱・譚・張(2006)がある。

年から食糧流通は完全に自由化され、保護価格による買付も廃止された。その一方で、食 糧生産を含めた農家全体を対象とした補助金が大幅に増額されている。農家に対する食糧 直接補助金(「直補」)に加え、農家が優良品種を導入するための補助金と農業機械購入に 対する補助の支出が2004年から開始された。さらに2006年からは、農業用ディーゼル油 や化学肥料、農業用ビニールといった農業生産資材価格の高騰に対応するため、農業生産 資材総合直接補助金も支給されるようになった。これらの補助金は、「四つの補助金」と総 称されている。

表 2-3 「四つの補助金」支出額の推移

単位:億元

食糧直接 補助金

優良品種 補助金

農業機械 購入補助金

農業生産資材総 合直接補助金

2004年 145 116 29 1

2005 年 173 132 38 3

2006年 310 142 42 6 120

2007年 514 151 67 20 276

2008 年 1,029 151 122 40 716

2009年 1,275 151 198 130 795

2010年 1,226 151 204 155 716

2011 年 1,406 151 220 178 835

2012年 1,668 151 224 215 1,078

2013年 1,609 151 226 218 1,014

合 計

(出所)2004~2008年は陳ほか(2008: 261-263頁)、2009~2013年は『中国農業発展報告』(各年版)より筆者作成。

「四つの補助金」の支出状況については表2-3に整理した。この表からわかるように、

もともとは食糧直接補助金が農家への直接補助の中心であったが、2007年前後からの世界 的な石油価格高騰に対応するため、農業生産資材総合直接補助金の支出額が2007年の276 億元から2008年には716億元へと大幅に引き上げられた。そして2008年には石油の国際 価格が下落したにもかかわらず、農業生産資材総合直接補助金はむしろ増額され、2009年 には795億元、2012年には1078億元に達した。しかし、世界的な石油価格の下落もあっ て、2013年の補助金額は1014億元に抑制されている。

この農業生産資材総合直接補助金は、実際の農業生産資材の購入量とは関係なく、食糧 の作付面積に応じて農家に支払われている。また、面積あたりの補助金支給額や対象とな る食糧の品目については、省によって基準が異なるが、食糧の主産地にはより多くの補助

金が中央政府から支給されているという(農林水産省大臣官房国際部国際政策課編 2011:

25-27頁)。これらの点を考慮すると、農業生産資材総合直接補助金は実質上、食糧生産農

家に対する直接支払いと性格的に近いものと考えることができる10

(3)食糧の最低買付価格の導入

他方、第1章で説明したように、2004年から保護価格に代わって最低買付価格が導入さ れた。最低買付価格が実際に発動されたのは2005年のコメの買い取りで、早稲インディカ 米457万トンと中晩インディカ米795万トンが最低買付価格によって買い取られた。さら に米価が低迷してきた2008年の秋以降、政府はコメの買い支えを強化し、2009年3月末 までに国家臨時ストックの形で1435万トンのコメを購入するとともに、コメ輸送費の補助 金も支給された。また、2009年もインディカ米の価格は伸び悩んだことから、早稲インデ ィカ米については277万トン、中晩稲インディカ米では577万トンを最低買付価格で購入 している。

小麦については、2006年から最低買付価格による政府買付品目に追加された。2004年以 降の小麦増産で、供給過剰と価格低迷傾向が顕著となってきたことから、政府は大量の最 低価格買付を実施している。各年の買付量は、2006年が4070万トン、2007年が2895万ト ン、2008年が4174万トン、2009年が4004万トンとなっている11

さらに、最低買付価格については、買付価格の基準面でも大幅な引き上げが行われてい る。コメと小麦の代表的な品目について、最低買付価格の水準と変化率を表2-4に整理し た。この表から読み取れるように、2004年から2007年までは最低買付価格は変更されな かったが、2008年から最低買付価格が大幅に引き上げられた。早稲インディカ米について は、2008年が対前年比10.0%、2009年は同16.9%の大幅引き上げとなり、小麦についても

2009年には同13.0%の引き上げが行われた。

10食糧直接補助金と最低買付価格による食糧の増産・増収効果の既存研究を整理した菅沼(2011、2014)によ ると、補助金の増産・増収効果は非常に限定的である一方で、最低買付価格による価格支持の効果は相対的に 高いことが指摘されている。なお、食糧直接補助金の基準面積(請負面積か実際の食糧栽培面積か)や対象農 家(食糧生産農家かすべての農村世帯か)については、省・(直轄市、自治区)政府が基準を作成しているため、

地域によってスキームが大きく異なる(農林水産省大臣官房国際部国際政策課編2011: 11-17頁)。例えば河北 省・河南省といった食糧主産地で実施された農村・農家調査によると、食糧直接補助金は請負面積(あるいは 農業税計算面積)を基準にムーあたりで均等に支給され、受給対象も実際に農業経営をしている農家ではなく、

農地請負権をもつ農家であるという。そのため、食糧直接補助金には専業農家による食糧生産の大規模経営化 を阻害するといった側面も存在している(馬・楊2005、張2007)

11 2005年以降の最低買付価格、中央備蓄、国家臨時貯蔵による政府買付量については、『中国糧食発展報告』

(各年版)と鄭州市糧食卸売市場ホームページ(http://www.czgm.com/)の「中国糧食市場月次報告」に基づく。

なお、2008年のコメとトウモロコシの買付量に関して、2つの統計データの間で大きな乖離が存在するが、各 種資料と整合性を付き合わせたうえで、本章では後者のデータを優先させている。