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第 5 章 農業産業化政策の下の農民専業合作社の展開

第 3 節 統計調査に基づく農民専業合作社の実態

前節で考察してきたように、農民専業合作社法の施行後も合作社の規範化に向けた取り 組みや政策的な支援の動きも大きく進展してきた。それに伴い、農民専業合作社の経営実 態やその経済効果について、ヒアリング調査やアンケート調査に基づく実証研究も数多く 行われている(本論文第6章を参照)。その一方で、政府部門から公表される情報は限定的 であるため、農民専業合作社の全体像は必ずしも明確になっていない。

しかしながら近年、いくつかの研究機関によって農民専業合作社に関する比較的規模の 大きいアンケート調査が実施され、合作社全体像の一端が明らかになってきた。本節では まず、工商局や農業部など政府機関が公表する行政データに基づいて、農民専業合作社の 概要について整理する。次に、人民大学が2009年に3省・自治区(山東省、寧夏回族自治 区、山西省)で実施した農民専業合作社調査(以下、「人民大学調査」。孔ほか2012)を参 照しながら、合作社の具体的な活動内容や経営状況などについて考察していく。

3.1. 農民専業合作社のマクロ的状況

図5-1には工商局に登記された合作社数と会員数の推移を整理した。この図で明確に示 されているように、合作社の総数と会員数は急激な増加を見せている。合作社の登記数は 2007年末の2.64万社から、2010年末には37.91万社と急速に増加し、2013年末には98.3 万社に達した。それに伴い、会員農家数も2007年末の210万世帯から2010年末には2900 万世帯、2013年末には7412万世帯へと大幅に増加し、総農村世帯数に占める会員農家の 比率も、2009年末の8.2%から2013年末には28.5%となった。

次に、詳細な数値が公表されている2010年末の工商局データを利用して、農民専業合作 社の内訳を簡単に紹介する。合作社の業務内容(複数回答)では、耕種業を対象とするも のが全体の42.8%と最も高く、続いて畜産業が30.2%、農業関連の技術・情報サービスが

21.3%、農産物販売が 18.5%という結果となった。また省別の合作社数では、農業生産の

盛んな山東省が4万3331社と最も多く、次いで江蘇省の3万5214社、山西省の3万1658 社の順になっている。ただし、会員世帯数と合作社出資総額では江蘇省が全国トップにあ る(農業部農村経済体制与経営管理司ほか編2011)8

8農業部の農民専業合作社への標本調査(2010年末実施、対象合作社数は211793社)によると、合作社の 産業別分布では耕種業が47.9%と約半分の割合を占め、畜産業も30.7%と高い割合を占めている。耕種業に関 する合作社の品目構成では、野菜が28.9%と最も高く、次いで果樹の27.9%、食糧の19.4%となっている。他 方、畜産業に関する合作社の品目別構成比は、豚が40.6%と最大で、家禽類は22.6%、肉牛・羊は16.4%、乳

牛は7.0%である(農業部農村経済体制与経営管理司ほか編2011)。

図 5-1 農民専業合作社の組織数と会員世帯数の推移

1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000

0 20 40 60 80 100 120

2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年

農民専業合作社数(左軸)

会員農家数

万社 万世帯

(出所)『中国農業発展報告』(各年版)、農業部農村経済体制与経営管理司ほか編(2011)、『新華網』

http://www.xinhuanet.com/、2012521日付け記事)『農民日報』2014214日付け記事(20144 10日閲覧)より作成。

その一方で、農民専業合作社では食品安全に向けた取り組みや農産物のブランド化も進 められてきた。2012年のデータによると、農作物のトレーサビリティー・システムを整備 した合作社数は2.6 万社、無公害食品や緑色食品、有機食品といった品質安全認証を実際 に取得した合作社数は3.1 万社に達している。また、合作社が栽培する農作物のブランド について、商標登録を実施した合作社数は4.6万社に上り、1523社の合作社では農産物の 地域ブランド認証(「農産品地理標志認証」)を獲得した。このような品質安全やブランド 化の取り組みに加え、合作社は農産物の販売面での事業活動を強化している。1.56 万社

(2011年)の合作社はスーパーとの安定した直接取引を行い、その取引額は533億元であ る。また、6007社(2012年)の合作社は63の中大都市に9591店舗の直売店・チェーン店 を展開し、販売額が83.3億元に達しているという(『農民日報』2011年12月13日、中国 農業部HP(http://www.moa.gov.cn/、2012年12月13日付け記事)。

しかしながら、農民専業合作社については登録数自体が政策目標となっているため、内 実を伴わない合作社も依然として数多く存在している(潘 2011)。浙江省の合作社を分析 した黄ほか(2011)は、合作社の効率性は総じて低く、経営能力の不足や技術水準の低さ がその主要な要因となっていることを指摘し、合作社数の増大のみを政策目標とすること

を厳しく批判する。また、四川省の行政村データを利用した寳劔(2009)でも、実態を伴 わない農民専業合作社の設立は、農民の所得水準向上に必ずしもつながらないことを示唆 している。そこで、以下では人民大学による標本調査に基づいて、合作社の実際の運営状 況とその課題について見ていく。

3.2. 人民大学調査にみる農民専業合作社

(1)人民大学調査の概要と合作社の基本状況

人民大学による農民専業合作社調査は、2009年7~8月にかけて実施され、114社の農民 専業合作社が調査対象となっている9。以下では、本調査の集計データを利用して、合作社 の事業内容や会員へのサービスなどを中心に、合作社の特徴について整理していく。

合作社の設立年次は、農民専業合作社法が施行された2007年以降に設立された合作社が

全体の約65%を占め、特に2008年は36%の割合を占めている。この点からも合作社法の

施行が組織化の大きな契機となったことが指摘できる。合作社の会員数は、設立当初の平 均会員数である128人から2009年には249人とほぼ倍増している。それに伴い、合作社会 員が所属する地理的距離も広がりをみせ、設立時の平均であった1.6ヵ郷・4.8ヵ村から、

2008年には3.7ヵ郷、15.0ヵ村に増大した。

次に、合作社の「主要な創設者」に関する質問(単一選択)では、30.5%の合作社が「大 規模生産農家」と回答しているが、それに続いて「村民委員会」は21.0%、「県・郷政府」

は17.1%を占め、「企業」の割合も16.2%となっている。それに対して、「普通の農民」と

回答した割合はわずか7.6%にとどまる。したがって、合作社設立にあたって大規模生産農 家はもとより、地方政府や企業といった農民以外の組織が大きな役割を果たしていること がわかる10。また、合作社の設立目的(複数回答)では、「統一経営による競争力の向上」

が68%と最も割合が高く、次いで「生産サービス問題の解消」が25%、「農業生産コスト

の削減」が22%を占めるなど、農業の生産・販売関連の項目が比較的高い割合を占めてい る11。その一方で、「優遇政策を獲得するため」が17%、「政府の促進」が11%を占めるな ど、政府による支援政策も合作社の設立を後押ししている。

合作社への加入条件(12項目の選択肢、複数回答)に対する質問では、選択された割合 の高いものから、「合作社の経営内容に携わるすべての農民」(32%)、「一定の出資金を支 払うこと」(22%)、「地元の農民であること」(18%)の 3 つが挙げられる。その一方で、

9人民大学調査の標本抽出の方法としては、まず各省(自治区)から4つの県、各県から3つの郷鎮が選出され た(3省×4県×3郷鎮=36郷鎮)。さらに郷鎮から計72ヵ村が抽出され、その村に所属する114社の農民専業 合作社が調査対象となり、合作社の責任者に対してアンケート調査が実施された。

10国務院発展研究センターが2005年に実施した全国の140社の農民専業合作社調査(韓主編2007)によると、

主要な創設者(複数回答)として「大規模生産農家」と回答した割合は 46.2%と人民大学調査よりも高いが、

「政府」と回答した割合は 28.0%と相対的に低く、「龍頭企業」と「普通の農民」と回答した割合はそれぞれ

14.9%と9.1%で、人民大学調査との大きな乖離は見られなかった。

11その他の項目では、「ブランドの確立」が15%、「農業生産の規模拡大のため」が13%を占めている。

「生産が一定の規模に達していること」(11%)、「技術の熟達者であること」(8%)、「農産 物の品質が一定水準に達していること」(4%)といった経営面積や能力面での条件を課す 合作社の割合は低いという特徴が見られる。

(2)合作社の事業内容

合作社の業務内容では、「農業生産資材の提供」、「技術サービス・トレーニングの提供」、

「農産物の統一買付・統一販売」の3つについては、8割以上の合作社で実施されている。

その一方で、「加工・輸送」と「資金サービス」を行う合作社の割合はそれぞれ36%、20%

にとどまっていることから、合作社の業務は営農事業と販売事業が中心で、加工や輸送、

資金提供といった分野での事業活動は発展途上にあるといえる。

事業内容について詳しく考察するため、表5-3では合作社(耕種業)による会員農家へ の農業生産資材の提供率を整理した。表からわかるように、耕種業に関する合作社ではそ の6~7割が種子、肥料、農薬を会員農家に提供している。また、耕種業の農業生産資材の 購入ルートの構成について、資材によってその割合に違いはあるが、工場・育苗基地から の直接購入と卸売商からの購入を合わせると全体の6~8割を占めている。これらの組織・

主体から農業生産資材を一括購入するによって、市場価格よりも安価(10%程度)で生産 資材の購入ができるという。

表 5 - 3 農業生産資材の提供率とその購入先

単位:%

工場・育苗

基地 卸売商 一般小売

店、市場 その他 種子 79.7 48.3 31.0 3.4 17.2 肥料 66.7 56.1 15.8 1.8 26.3 農薬 73.9 30.4 30.4 4.4 34.8 加工設備 15.9

灌漑等機材 13.0 その他 17.4 提供率

(出所)孔ほか(2012: 145-146頁)より筆者作成。

農産物の販売方法については、83%の合作社で共同販売(「統一販売」)が実施されてい る。共同販売の具体的な方法(単一選択)としては、「買取」(生産農家から商品を買い取 り、合作社自体が販売する方式)を採用する合作社の割合は54%と最も高く、次いで「仲 介」(合作社が販売先を仲介する方式)の34%、「代理販売」(合作社が会員の委託を受け、

市場で代理をする方式)の19%となっている。さらに、農産物の販売にあたっては、91%

の合作社で「品質規格」(色、大きさ、成分など)があり、54%の合作社では「分類・包装