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第 7 章 農民専業合作社の加入効果分析(2):山西省農家調査による実証 . 157

第 3 節 残された課題

以上のように、本論文では農業構造調整の下での農業経営の変化について、農家のレベ ルから考察してきたが、残された課題も多い。第1章と第2章では、1990年代から農業調 整問題が深刻化し、2000年代半ばから農業保護が強化されてきていることを統計データに 基づいて考察したが、中国による農業保護の支柱である、食糧を中心とした「食料安全保 障政策」について、十分な考察を行うことができなかった。この点について、既存研究で

は政策論が中心で、十分な定量分析は行われていない(寳劔2011b)。国際穀物市場価格の 変動に備え、食糧の自給率を高めることは、中国経済にとってどの程度の社会的便益が生 み出されるのか、また食糧増産を促進する政策(直接補助、最低買付価格による価格維持)

によって、どの程度の経済的コストが発生するのか、といった点についてマクロ経済モデ ルに基づいて考察することは、今後の研究課題である。

また、第4章の農地賃貸市場について、土地限界生産性と地代の比較という手法によっ て市場取引の効率性を考察した。しかしながら、Yao(2000)やDeininger and Jin(2009)

による農家モデルが定式化したように、農地貸借には取引費用が存在し、それが農地貸借 の阻害要因となっている点について、本論文では明示的に取り込むことができていない。

さらに、農地賃貸における借り手と貸し手の需給関係について、本論文では借り手の少な さから需要寡占の発生とそれによる地代の歪み、そして村民委員会を通じた需要寡占の緩 和という可能性を示した。ただし、このことを定式化するためには農地の需給関係につい てのモデル化とそれに基づく実証が必要であるが、本論文ではそこまでに至っていない2。 地方政府による農地賃貸に関する厳密なモデル化については、今後の重要な課題である。

さらに農民専業合作社については、農業純収入に関する会員農家と非会員農家との比較 を通じて、加入効果の計測を行った。ただし、契約農業や農村生産組織(Rural Producer Organization)に関する重要な先行研究であるKey and Runsten(1998)やWorld Bank(2008)

が指摘するように、農村生産組織による会員農家向けのサービスは多面的で、生産・消費 目的の信用提供や、市場の不完全性に対応するための保険の提供(農産物の価格保証など)、 農産物の販売や農業生産資材の購入に関連した取引費用(探索費用、スクリーニング費、

輸送費用など)など多くの役割を担っている。もちろん、これらのサービスによる効果の 一部が農業純収入に集約化されているが、個々のサービスに関する会員農家への効果につ いて厳密な推計が行われていない。また、農民専業合作社を通じた農業振興政策による行 政村の経済状況への影響や村民自治への影響についても、本論文では十分に検討すること ができなかった。これらの残された研究課題について、十分な調査研究を続けていくこと は、今後の大きな責務である。

2寳劔(2011a)とHoken (2012)ではハウスホールドモデルに基づく農地賃貸市場のモデル化が行われているが、

農地の需給関係や政府の介入による影響についてはモデルに取り込めていない。

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