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第 3 章 農業経営の変容と所得分配への影響:山西省パネルデータによる考察

第 4 節 非農業就業の所得格差への影響

4.2. 所得源泉別の所得格差の要因分解

そこで、ジニ係数に対する所得源泉別の貢献度が計算可能なShorrocks (1982)の手法を利 用して、各調査村内での所得格差の動向とその要因について分析する25。この手法を用い た分析は、寳劔(1999)で既に実施されているが、本章では所得源泉の分類方法を変更し た。すなわち、所得源泉を①農業純収入、②自営非農業純収入、③賃金・外出労務収入、

④その他所得、⑤課税公課の5つに分類し、推計を行った26

25 ジニ係数の推計にあたり、異常値による影響を取り除くため、世帯1人あたり所得が村平均を基準に標準偏 差の3倍を超えるような世帯は、異常値として推計から除外した。

26賃金所得と外出労務収入とは性質が異なる収入であるため、本来であれば区分けすることが望ましい。しか し、固定観察点調査の「農戸調査票」において、外出労務収入は村外の郷村企業への就業による収入も含むも

所得源泉別の要因分解については、Shorrocks(1982)とLuo and Terry(2013)の手法に 基づいて行った。農家の総所得をY、源泉別所得をYkk

1 ,

, 5

Y

k

Y

k )と定 義すると、総所得のジニ係数G

(Y )

は、以下の式(3.5)のように表現することができる。

k

S

k k

u

k

G Y

k

R

k

Y

G ( ) ( )

(3.5)

ただし、ukは総所得に対する所得源泉kのシェア、Skは各所得源泉のジニ係数への貢 献、G

(

Yk

)

は所得源泉kについて計算したジニ係数、Rkは所得源泉kと総所得との間の順 位相関係数のことである。またRkは、以下のように定義される(F

(.)

は総所得、あるい は源泉別所得の累積分布)。

)) ( , cov(

)) ( , cov(

k k

k

k

Y F Y

Y F

RY

(3.6)

したがって、所得源泉kの総所得のジニ係数への貢献度(sk)は以下のように求めるこ とができる(ckは所得源泉kの「擬似ジニ係数」(Pseudo Gini Coefficient))27

k k k k k k k

k

u c

Y G

R Y u G

s ( )

) (

(3.7)

始めに1986年から2001年までの4つの調査村に関する世帯1人あたり所得のジニ係数 を推計し、所得格差の推移をまとめた(図3-3)。ジニ係数の動向をみると、係数値の全 般的な上昇傾向は窺えるものの、いずれの調査村でもジニ係数が単線的に上昇する特徴は 観察できない。ただし、1993年前後でC村を除く3つの村において、ジニ係数がジャンプ する傾向を示している点は共通している。また、C村ではジニ係数の変化が他の調査村と 比較して小さく、相対的に安定した不平等を維持していたが、1990年代末からのジニ係数 の変動は大きくなっている。それに対して、A・B・D村では、1990年代後半からジニ係 数が上昇する傾向を示している。

次に各所得源泉の擬似ジニ係数と貢献度を推計し、その結果を表3-8にまとめた。本章 では5年ごとの計算結果のみを掲載したが、各調査村の所得格差要因の趨勢は、この表で かなりの部分が表現されている。また、所得源泉別の貢献度に関する時系列的変化につい

のとして定義されており、賃金労働との区別が曖昧である。そのため、本章では両者を1つに分類した。

27 Shorrock (1982)による不平等の要因分解法の問題として、所得格差に関する「均一付加の特性」(the property of uniform additions)、すなわち全ての世帯に対して一定額の所得移転(所得控除)があった場合、不平等度が縮 小(拡大)するという特性を満たさないことが指摘されている(Morduch and Sicular 2002、孟2012)。そこで、

各年の村別課税額の世帯間格差を確認するため、課税公課に限定したジニ係数を推計した。年次や調査村によ る相違は存在するものの、課税公課に関するジニ係数は概ね0.2~0.4の範囲に推移するなど、必ずしも一定額 の所得控除が行われているわけではない。したがって、一定額の所得控除による要因分解への影響は軽微であ るといえる。

ては、図3―4に図示している。なお、所得源泉の④と⑤は所得に占める比重は相対的に小 さく、所得格差に対する貢献度も高くないため、表から省略した。

表3-8をみると、A・Bの2つの調査村では賃金・外出労務収入の所得構成比は年を追 う毎に上昇する傾向にあり、いずれの調査年次においても賃金・外出労務収入の不平等へ の貢献度が最も大きくなっていることがわかる。ただしA村では、1990年代半ばから後半 にかけて賃金・外出労務収入比率が48%に上昇したが、2000年前後から再び30%前後に 低下している。そのため、1996年のA村の賃金・外出労務収入の貢献度は73%に上昇し たのち、2001年には50%へと低下している。

B村では賃金・外出労務収入の構成比が年々上昇する一方、1990年代前半から中盤にか けて不平等への貢献度は40~50%の水準に低迷している。その理由として、当該源泉の擬 似ジニ係数の低下、すなわち賃金・外出労務収入に関する世帯間格差が縮小したことで、

賃金・外出労務収入の構成比の上昇効果が相殺され、貢献度の上昇が抑制されたと考えら れる。また、A・B村ともに自営非農業純収入の所得構成比は10%前後の水準にとどまっ ている。ただし、自営非農業純収入の擬似ジニ係数は相対的に高い値をとっているため、

所得格差への貢献度はA村では10%前後、B村では15~20%に達しており、農村内所得 格差の拡大に一定程度の影響を与えている。

図 3-3 調査村における世帯 1 人あたり所得ジニ係数の推移

0.150 0.200 0.250 0.300 0.350 0.400 0.450 0.500

1986 1991 1996 2001

霊丘県A村 定襄県B村 太谷県C村 臨猗県D村

(出所)筆者作成。

それに対して、農業生産が中心であるC・D村では所得に占める農業純収入の割合が高

いため、不平等への貢献度も農業純収入が高い割合を占めていて、その傾向は図3―4で明 確に示されている。とりわけ、D村では農業純収入の所得構成比が一貫して70%を超えて いる。また農業生産にも変化があり、1993年前後からD村では農業純収入の擬似ジニ係数 が0.2を上回る水準を維持している。これは農業生産の構造調整の進展を意味しており、

食糧生産から果物生産へのシフトが影響すると考えられる。

一方、D村の自営非農業純収入と賃金・外出労務収入は、1991年までは所得構成比を上 昇させており、2つの源泉を合わせて30%前後まで上昇し、不平等度への貢献度も5割を 超える水準に達した。だが1993年前後から非農業収入の所得構成比は低下してきており、

1996年にはほとんどの収入が農業純収入によって占められるに至った。ただし、2000年前 後には農業以外からの所得の構成比が再び3割程度まで上昇してきたことから、農業純収 入による不平等度への貢献度は5割前後に低下している。

またC村では、表3-8で示されるように1996年まで農業純収入の所得構成比が70%前 後の水準を維持してきた。しかし、1998年から賃金・外出労務収入と自営非農業純収入の 所得構成比が大幅に上昇し、2001年には合わせて50%を上回った。これは2001年の第Ⅱ 種兼業農家比率の上昇(表3-2参照)と動きが一致している。それに伴い不平等度への貢 献度も、2001年には賃金・外出労務収入と自営非農業純収入を合計した貢献度が68%に達 していて、農村内所得格差の主要な源泉となっていることがわかる。

以上のように、ジニ係数の要因分解を行った結果、所得水準が低く非農業就業機会が限 定されていたA村と、非農業部門の発展で先行していたB村において、農外所得、とりわ け賃金・外出労務収入が農村内の所得格差の主要な源泉となってきたことが明らかになっ た。他方、農業生産が主要な所得源泉であったC・D村では非農業収入の所得格差への貢 献度は低い。しかし、1990年代後半にはC村で賃金・外出労務収入の所得構成比率が上昇 し、村内の所得格差が広がる一方、D村のように農業構造調整によって農業純収入の擬似 ジニ係数が大きくなるなど、調査村の所得格差の要因にも変化が見られる。

表3-8 所得源泉別世帯1人あたり所得のジニ係数要因分解

金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%)

所得合計 220 100 0.303 100 247 100 0.409 100 915 100 0.418 100 1085 100 0.367 100

①農業純収入 135 61 0.148 30 96 39 0.116 11 359 39 0.122 11 607 56 0.195 30

②自営非農業純収入 11 5 0.433 7 26 10 0.490 12 51 6 0.257 3 114 10 0.435 12

③賃金・外出労務収入 46 21 0.675 46 77 31 0.722 55 440 48 0.634 73 346 32 0.574 50

金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%)

所得合計 703 100 0.281 100 1133 100 0.257 100 2184 100 0.303 100 2276 100 0.357 100

①農業純収入 321 46 0.068 11 559 49 0.122 23 720 33 0.114 12 773 34 0.137 13

②自営非農業純収入 62 9 0.479 15 108 10 0.626 23 195 9 0.523 15 177 8 0.717 16

③賃金・外出労務収入 233 33 0.615 72 437 39 0.364 55 1006 46 0.377 57 1238 54 0.452 69

金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%)

所得合計 634 100 0.278 100 1011 100 0.251 100 2018 100 0.266 100 3018 100 0.290 100

①農業純収入 453 71 0.228 59 801 79 0.229 72 1390 69 0.173 45 1357 45 0.160 25

②自営非農業純収入 35 6 0.835 17 45 4 0.314 6 118 6 0.141 3 354 12 0.556 23

③賃金・外出労務収入 142 22 0.339 27 186 18 0.283 21 485 24 0.506 46 1196 40 0.331 45

金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%) 金額(元) 構成比(%)

所得合計 358 100 0.226 100 658 100 0.274 100 2432 100 0.314 100 2340 100 0.304 100

①農業純収入 307 86 0.176 67 464 71 0.168 43 2375 98 0.321 100 1661 71 0.241 56

②自営非農業純収入 18 5 0.631 14 88 13 0.651 32 63 3 -0.065 -1 318 14 0.402 18

③賃金・外出労務収入 60 17 0.282 21 147 22 0.281 23 126 5 0.181 3 373 16 0.507 27

(出所)筆者作成。

(注)課税公課によるマイナスの所得が存在するため、内訳の合計が全体の合計を上回るケースが存在している。

霊丘県A村

1986年 1991年

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

定襄県B村

1986年 1991年

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

2001年

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

所得 擬似

ジニ係数

貢献度 (%)

1996年 2001年

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

所得 擬似

ジニ係数

貢献度 (%)

1996年

太谷県C村

1986年 1991年 1996年 2001年

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

所得 擬似

ジニ係数

貢献度 (%)

臨猗県D村

1986年 1991年 1996年 2001年

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

所得 擬似

ジニ係数

貢献度 (%)

擬似 ジニ係数

貢献度 (%)

所得 擬似

ジニ係数 貢献度

(%)

所得

図 3-4 所得格差への貢献度

(1)霊丘県A村

0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0

1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001

農業純収入 自営非農業純収入 賃金・外出労務収入

(2)定襄県B村

0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0 100.0

1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001

農業純収入 自営非農業純収入 賃金・外出労務収入