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第 5 章 農業産業化政策の下の農民専業合作社の展開

第 4 節 農民専業合作社の事例研究

4.1. 山東省招遠市の果樹合作社(企業インテグレーション型)

(1)煙台市のリンゴ生産とZ企業の概要14

招遠市が所属する煙台市(地区レベルの市)は、全国有数のリンゴ産地で、リンゴ生産量 は中国全体の約3割(2006年)を占めている。山東半島の先端部に位置する煙台市は黃海・

渤海に面し、標高500m以上の山地の占める割合が高い(全面積の 37%)地域である。そ のため、山東省の他の地域と比べて煙台市は気候が温暖で、年間降水量も600mm前後と比 較的少なく、地理的・気候的にリンゴの生産に非常に適している15

果樹合作社の設立主体であるZ社は、供銷合作社に直属する株式会社で、1993年に設立 された。設立当初は日本の大手商社との補償貿易16の形式で、濃縮リンゴ果汁(澱の混入し た混濁タイプ)17を日本に向けて輸出してきた。2006年時点では補償貿易以外にも独自に販 路を広げ、リンゴ以外の果物果汁や冷凍野菜の輸出も行っている。主力商品であるリンゴ果 汁は、年間生産量(2000~2500トン)の約70%を日本向け、残りの30%を韓国やオースト ラリアなど向けに輸出している。果汁ではリンゴの他に、桃果汁(200~300 トン)を日本 に、梨果汁(400~500トン)を韓国に輸出し、2005年の売上高は3000~4000万元で、営業 利益は400万元前後となっている。

(2)A果樹合作社設立の経緯と合作社の運営状況

Z社は原材料の農薬管理や品質管理を強化するため、リンゴの集荷を行っていた招遠市内

14 Z社とA果樹合作社に対するヒアリング調査は、20063月と20068月に山田七絵・JETROアジア経済 研究所研究員、蘇群・南京農業大学教授とともに実施した。なお、山田(2007)はそれらに加え、200612 の補足調査に基づいて執筆されたもので、本章でも参照している。

15莱陽農学院(現:青島農業大学)の果樹生産・流通の専門家に対するヒアリング(200682日)、煙台 市のホームページ(http://www.yantai.gov.cn/cn/index.jsp)、及び栖霞市のホームページ(http://www.qixiaapples.org)

より(ともに20121227日閲覧)。

16補償貿易とは、機械設備などの導入代金をその機械設備を使って生産した製品で支払う方式のことである。

(JETROホームページ(http://www.jetro.go.jp))。

17清澄タイプの果汁(澱を酵素で凝縮し、濾過して透明にした果汁)と比べて、混濁タイプの果汁は原料とな るリンゴに高い熟度が要求され、保存期間を延ばすためには冷凍保管する必要もあるため、生産・保存コスト が高くつく。

の8つの鎮において、供銷合作社との共同出資の形で2003年にA果樹合作社を設立した。

合作社の設立にあたっては、既存の供銷合作社のネットワークと人員が活用されていて、各 鎮に設立された8つの合作社(分社)では、鎮幹部がA果樹合作社のリーダーを兼務する とともに、供銷合作社の技術職員もA果樹合作社の技術員を兼任している。また、招遠市 においてZ 社、供銷合作社、A果樹合作社から構成される「農業産業化指導グループ」の グループ長には Z 社の総経理、副グループ長には同社の副総経理が就任するなど、地元の 農業産業化の政策運営においてZ 社は重要な役割を果たしている。そのため、A 果樹合作 社は形式上、Z社と供銷合作社から独立した組織となっているが、実態としてはZ社と供銷 合作社の強いコントロール下にあると考えられる。

図 5 - 2 山東省招遠市の A 果樹合作社の集荷体制

産地仲買人

農家 一般農家 会員農家

A果樹合作社 鎮レベルの供銷合作社

Z社(輸出加工企業) 国際市場 2002年以前

産地仲買人

果汁等 果汁等

国内市場 国内市場 国際市場

Z社(輸出加工企業)

2003年以降

(出所)山田(2007: 126頁)と筆者による現地調査に基づき筆者作成。

(注)図注の実線は契約関係、破線は市場取引を意味する。

A 果樹合作社の設立当初は、大規模経営農家を中心に合作社が組織されていたが、2006 年現在では会員数も安定してきた。栽培するリンゴの品種によって会員は2つのグループに 分類されている。2006 年現在では、「紅富士」(日本品種のフジ。主に生食用)の契約栽 培面積は200ヘクタール、グラニースミス(豪州系青リンゴ。すべてリンゴジュース用)の 契約栽培面積が100ヘクタールで、紅富士を栽培する会員は456世帯(8つの郷鎮、12の行

政村)、グラニースミス栽培の会員は158世帯(5つの郷鎮、6つの行政村)となっている。

また、生産農家が合作社に参加できる基準として、①一定規模以上の栽培面積、②圃場の交 通の便利さ、③農家の管理能力、という3つが挙げられる。そして果樹合作社の会員は、① 100元の現金出資(配当はないが優先販売権をもつ)、②投資出資(1000元以上の出資が必 要、配当あり)のいずれかを行う必要がある。

合作社設立前後の集荷システムの概要については、図5-2に整理した。A果樹合作社が 設立される以前、リンゴの集荷は供銷合作社(産地仲買人経由も含む)を通じて行われ、供 銷合作社と生産農家との関係も緩やかなものであった。しかし、2002 年頃から輸出先(日 本)の残留農薬規制が強化されたため、原料の栽培・集荷管理を強化することが必要となっ た。そのため、Z社は生産農家との合意のもとでA 果樹合作社を設立し、A果樹合作社が 会員農家を直接、管理・指導する形に変更したのである。具体的な管理・指導の内容として は、会員農家が利用する農薬、肥料、紙袋(栽培中にリンゴの実を保護する紙袋)はすべて Z社から果樹合作社を通じて農家に提供される一方、果樹合作社は指定された投入財を農家 が適切に利用しているかチェックしたり、農薬散布の際には現場に赴き、地域でまとまって 散布するように指導している。

また、A果樹合作社は会員農家が生産したすべてのリンゴを買い取り、リンゴの品質に応 じて生食用と加工用に仕分けする作業も行っている。リンゴの集荷の際には、会員農家に割 り当てられたIDに応じてリンゴが分類される。これによって、残留農薬の基準違反が見つ かったり、農作物の品質に問題が発見された場合に、どの農家によって生産されたのかわか るよう、トレーサビリティーが確保されている。このような果樹合作社の存在によって、Z 社と契約農家との管理体制や契約関係が一層強化され、集荷物の品質が高まったという。な お、Z社は集荷手数料として果樹合作社に対して1トンあたり40元の技術指導料を支払い、

それが合作社の運営費用として利用されている。

(3)会員農家へのメリットと課題

合作社設立による会員農家のメリットとしては、3点を挙げることができる。第1 に、

高品質の農業生産資材を相対的に安い価格で安定的に購入できることである。合作社が設 立される以前には、市販されていた偽薬品を使用してリンゴ生産への被害が発生したこと もあったが、果樹合作社が指定する販売店から生産資材を直接購入することで、そのよう な被害は発生しなくなったという。

第2のメリットとして、栽培技術に関する指導・研修を受けられる点である。会員農家 は果樹合作社の技術者からリンゴ栽培に関する指導を受けられ、合作社が主催する各種の 研修にも無料で参加することもできる。とりわけ、リンゴの袋がけはリンゴの外観を向上 させる重要な技術であり、その習得によって特級品として出荷できるリンゴの割合が高ま り、生産農家の収益向上に直結している。

第3のメリットとして、販路の安定化が挙げられる。Z社が果汁用として買い取るリン ゴ(規格外の紅富士)は生食用よりも品質の面で劣るため、一般に生食用よりも安価(特 級品の2~3割程度の価格)で取引される。ただし、地元で生産される生食用リンゴは独自 のブランドを確立していないため、販売価格は市況によって左右され易い。リンゴの豊作 時には生食用の販売価格は低下し、生食用リンゴも加工用に回されることが一般に行われ ている。そのため、A果樹合作社の設立以前には、豊作時に加工用リンゴの供給が需要を 上回り、農家は規格外リンゴの販売難に直面することが頻繁に起こっていた。

しかし、合作社の設立後は、果樹合作社の会員であれば、規格外のリンゴを優先的に合 作社に販売する権利が付与されるため、安定的な販路が確保されることとなった。また、

100%果汁用に利用されるグラニースミスについては、Z社が全量を買い取り、かつ最低保

証価格も設定されている。

その一方で、Z 社以外には混濁リンゴ果汁の加工企業は近隣になく、相対的に品質の高 い加工用リンゴの販売先はZ社に限定されている。したがって、同社の海外・国内市場の 販売状況によって原料用リンゴの需要量が強く影響されるという側面も存在するため、合 作社の運営はZ社の経営状況によって左右されやすいといった組織としてのリスクも抱え ている18