• 検索結果がありません。

第 3 章 農業経営の変容と所得分配への影響:山西省パネルデータによる考察

第 3 節 農業経営類型間の移動とその決定要因

3.1. 農家経営の特徴

各調査村の世帯1 人あたり所得(「純収入」)の推移については、図3-1に提示した11。 4 つの調査村に関する全体的な特徴として、自然環境が厳しく経済的に立ち後れているA 村、非農業部門の発展が先行していたB村、村の規模や農業産業化の程度は異なるが農業 を主要な収入源とするC・D村、という形で各々の調査村を位置づけることができる。

・「専業農家」:農業(「農林牧畜漁業」)労働投入日数の全労働投入日数に占める割合が90%

以上の世帯

・「第Ⅰ種兼業農家」:農業労働投入日数の全労働投入日数に占める割合が50%以上、90%

未満の世帯

・「第Ⅱ種兼業農家」:農業労働投入日数の全労働投入日数に占める割合が50%未満の世帯

類型毎の世帯構成比を示した表3-2をみると、B村とC村では時間が経つにつれて兼 業農家の割合が上昇していることがわかる。それに対してA村とD村では専業農家の構成 比はむしろ上昇してきた。ただし、第Ⅰ種兼業農家の割合はいずれの村でも趨勢的に低下 し、専業農家、あるいは第Ⅱ種兼業農家への二極分化が進展している。

とりわけ、B村では第Ⅰ種兼業農家の構成比が1986年の29.9%から2001年には7.4%と 20ポイント以上低下しているのに対し、第Ⅱ種兼業農家の構成比は2001年には70.6%に 達している。またC村では1996年頃まで農業経営類型の構成比は比較的安定していたが、

1990 年代後半から第Ⅱ種兼業農家の構成比が大幅に上昇し、2001 年にはその構成比が

66.7%となった。この時期、C 村では郷鎮外での非農業就業が大幅に増加しているため、

それが第Ⅱ種兼業農家の構成比上昇につながったと考えられる。

一方、所得水準が低いA村では、1980年代後半から1990年代初めまで第Ⅰ種兼業農家 割合が高まっていた。当該時期について国家統計局の貧困ラインの定義に基づいてA村の 貧困指標を計算したところ、貧困ギャップ比率(PGR: Poverty Gap Ratio)が1991年には 0.563、貧困度合いの大きさ二乗貧困ギャップ比率(SPGR: Square Poverty Gap Ratio)が0.371 と高い数値をとっていた15。生産性の低い農業では生計を維持することが困難であったた め、出稼ぎなどの農外雇用を生活の糧としていたことが、1990年代前半の兼業率の高さに 表現されていると推察される。

1990年前後の所得水準が相対的に低かったD村では、A村と同様に1986~91年の時期 には兼業化が進んでいた。しかし、1993年頃から農業生産への労働投入が高まってきてお り、食糧から果物への作目転換が進展したことで、専業農家の割合が2001年でも62.1%と 高い水準を維持している。

では各々の農家に着目したとき、農業経営類型はどの程度の頻度で移動しているのであ ろうか。そのことを明確にするため、農業経営類型に関する移動表を作成した。すなわち、

15国家統計局による貧困ラインは、1990年代後半にそれまでの基準が改正され、1998年価格で年間所得(「純 収入」)が635元以下の世帯が貧困世帯と定義された。貧困指標の定義と計算方法の詳細については、国家統計 局農村社会経済調査総隊(2000a: 130-131頁)を参照のこと。なお、国家統計局の定める貧困ラインは2011 から再び全面的な見直しが行われ、「低収入人口」2000年基準で1人あたり収入が865元以下の人口)と「絶 対的貧人口」2000年基準で1人あたり収入が625元以下の人口)という2つの指標に変更された(国家統計局 住戸調査弁公室編2012)。

t年における農業経営類型別世帯数を行方向に、t+1年におけるそれを列方向にとり、t年 とt+1年の間の農業経営類型変化をクロス表の形でまとめ、1986~2001年までの1 年間 隔の移動データをプールした。そのクロス表を行方向の周辺度数で割って基準化したもの が表3-3である。

表 3-2 各農業経営類型の構成比に関する推移

霊丘県A村 単位:% 太谷県C村 単位:%

86年 91年 96年 01年 86年 91年 96年 01年

専業農家 50.7 29.3 47.9 64.4 専業農家 59.1 59.2 46.7 17.4 第Ⅰ種兼業農家 36.2 53.3 15.1 15.1 第Ⅰ種兼業農家 25.8 28.2 41.3 15.9 第Ⅱ種兼業農家 13.0 17.3 37.0 20.5 第Ⅱ種兼業農家 15.2 12.7 12.0 66.7

定襄県B村 単位:% 臨猗県D村 単位:%

86年 91年 96年 01年 86年 91年 96年 01年

専業農家 40.3 35.0 24.3 22.1 専業農家 58.5 39.6 78.0 62.1 第Ⅰ種兼業農家 29.9 23.8 13.5 7.4 第Ⅰ種兼業農家 26.1 47.2 13.5 21.4 第Ⅱ種兼業農家 29.9 41.3 62.2 70.6 第Ⅱ種兼業農家 15.5 13.2 8.5 16.6

(出所)筆者作成。

(注)農業経営類型の分類法は、以下の通りである。

専業農家:農業(農林牧畜漁業)労働投入日数の全労働投入日数に占める割合が90%以上の世帯。

第Ⅰ種兼業農家:農業労働投入日数の全労働投入日数に占める割合が50%以上、90%未満の世帯。

第Ⅱ種兼業農家:農業労働投入日数の全労働投入日数に占める割合が50%未満の世帯。

この表からわかるように、対角線上のセルのうち、専業農家と第Ⅱ種兼業農家の移動係 数がいずれの調査村でも0.7~0.8の水準にある。このことは、専業農家と第Ⅱ種兼業農家 における経営類型間の年次間変動が少なく、安定した類型であることを示している。ただ し他の調査村と異なり、D村に関する第Ⅱ種兼業農家の移動係数は0.55と低い値をとって おり、第Ⅱ種兼業農家の階層としての安定性は相対的に低い。他方、第Ⅰ種兼業農家の移 動係数はいずれの調査村でも0.5強にとどまっていて、専業農家や第Ⅱ種兼業農家への移 動してしまう割合が相対的に高い。しかし、第Ⅰ種兼業農家の移動係数は移動が無差別に 行われる場合の0.33を上回っていることから、階層としての安定性は一定程度存在する。

この類型間移動をより厳密に考察するため、安田(1971)によって提唱された「総合開 放性係数」を計算した。「総合開放性係数」とは、全体の循環移動量(粗移動量と構造移動 量との差)を独立循環移動量(階層間移動が独立に発生すると想定した場合の移動量)の 総和で割ったものであり、平等移動の状態において最大値1をとり、完全封鎖状態では0 の値をとる係数のことである。

表3-4では、1年間隔の移動に関する総合開放性係数の計算結果を提示した16。まず1986

~2001年のデータをプールして計算した結果を見てみると、兼業化の進展が速いB村の総 合開放性係数が0.326 と最も低く、農業経営類型間の移動が相対的に制約されていること がわかる。一方、専業農家の割合が高いD村の係数が0.521と最も高く、移動が比較的頻 繁に行われている。A村とC村の係数は0.4前後でB・D村のほぼ中間に位置している。

表 3-3 農業経営類型間移動の状況(1986~2001 年データ集計)

霊丘県A村 太谷県C村

専業 兼業Ⅰ 兼業Ⅱ 専業 兼業Ⅰ 兼業Ⅱ

専業 0.81 0.16 0.03 1.00 専業 0.73 0.21 0.06 1.00

兼業Ⅰ 0.30 0.56 0.14 1.00 兼業Ⅰ 0.26 0.57 0.17 1.00

兼業Ⅱ 0.11 0.16 0.73 1.00 兼業Ⅱ 0.08 0.13 0.79 1.00

0.52 0.28 0.20 1.00 0.45 0.31 0.24 1.00

定襄県B村 臨猗県D村

専業 兼業Ⅰ 兼業Ⅱ 専業 兼業Ⅰ 兼業Ⅱ

専業 0.81 0.10 0.09 1.00 専業 0.80 0.15 0.05 1.00

兼業Ⅰ 0.17 0.52 0.31 1.00 兼業Ⅰ 0.32 0.58 0.10 1.00

兼業Ⅱ 0.05 0.09 0.86 1.00 兼業Ⅱ 0.22 0.22 0.55 1.00

0.34 0.18 0.48 1.00 0.59 0.28 0.13 1.00

t+1年の類型 t+1年の類型

t

t

t+1年の類型 t+1年の類型

t

t

(出所)筆者作成。

(注)データが欠損する1992・94年について、1991~93年と1993~95年の2年間隔の数値を利用した。

ただし表3-2の農業経営類型の推移からわかるように、農業型類型の移動は1990年代 中頃から類型間移動の度合いに変化がみられる。そこで、サンプルを1986~91年と1996

~2001年に分けて、各々の期間について総合開放性係数を計算した。再び表3-4を見る と、1996~2001年の総合開放性係数は1986~1991年のそれと比較して、A村とD村では 係数が低下していることから、この2つの村では移動の開放性が低下したことが示唆され る。それに対して、B村とC村では1996~2001年の総合開放性係数の方がそれ以前の係 数と比べて高く、移動頻度が高まっていることがわかる。このような係数の変化には、B 村とC村における1996年前後から兼業農家の割合の上昇と、A村・D村の農業を中心と した経営への移行が影響していると考えられる。

16 農業経営類型間の移動は1年間隔でのみ起こっているわけではなく、ある程度の年数を経て経営類型が変化 しているとも想定できる。そこで、3年間隔、5年間隔の農業経営類型の変化に関するクロス表を作成するとと もに、総合開放性係数の計算も行った。全体的な趨勢として、移動間隔を長くとればとるほど、総合開放性係 数は上昇し、経営類型間移動の開放度は高まっているが、調査村毎の総合開放性係数の特徴は1年間隔のもの とほぼ同様の傾向を示している。

表 3-4 農業経営類型間移動の総合開放性係数

霊丘県A村 定襄県B村 太谷県C村 臨猗県D村

1986~2001年 0.443 0.326 0.449 0.521

1986~1991年 0.575 0.379 0.417 0.504

1996 ~ 2001 年 0.506 0.454 0.585 0.473

(出所)筆者作成。

(注)(1)各セルの数値は、1年間隔の農業経営類型間移動を当該期間についてプールして推計したものである。

ただし1991~93年、1993~95年については2年間隔の移動の数値を利用した。

(2)総合開放性係数の推計法については、安田(1971)を参照した。