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第 3 章 農業経営の変容と所得分配への影響:山西省パネルデータによる考察

第 3 節 農業経営類型間の移動とその決定要因

3.3. 農業労働供給関数の推計結果

このような変数の設定に基づく回帰分析の推計結果は、表3-6にまとめた。パネル推計

以下と定義されている。ただし上記の労働年齢以外でも、日常的に労働活動に参加する世帯員は労働力数に換 算することが可能であり、逆に労働年齢人口であっても労働能力を喪失している世帯員については労働力とし て含めないと規定されている。固定観察点調査の調査票、および調査指標解説書(内部資料)に基づく。

22世帯主の年齢や家族構成などについては、1986~2001年にわたる継続的なデータが含まれていないため、計 量分析には利用できなかった。

に際して、プーリング推計(OLS)、ランダム効果推計(Random Effect Estimation)、固定効 果推計(Fixed Effect Estimation)の3つの手法を利用した。F検定(農家別の固定効果が同 一であることに関する検定)、Breusch-Pagan検定、ハウスマン検定(Hausman Test)の結果、

4 つの調査村ともに固定効果推計が支持された。したがって、本章では固定効果推計の結 果に基づき、推計結果の考察を進めていく。

まず経営耕地面積について、4 つの調査村ともに有意な正の係数となった。このことは 経営耕地面積の大きい農家ほど、農業労働投入日数比率が高くなることを示唆しており、

仮説を支持する結果となった。4つの調査村のうち、B村とC村では1990年代中頃から農 地の貸借(「転包」)が進展している23。世帯の経営農地面積に占める賃貸面積の割合でみ ると、C村では約1割、B村では約4割に達するなど、農地の貸借も広がり、それが農業 労働供給に有意な正の効果に影響を与えていると考えられる。

さらに実質農業固定資本額について見てみると、A村とC村では有意な正の係数をとる 一方で、B村では係数は正であるが有意ではなく、D村では有意な負の係数となった。農 業資本の増加は留保賃金率を高め、農業労働投入日数比率に正の効果をもたらすと予想し たが、D村では想定と全く逆の結果であった。D村の実質農業固定資本額の平均値は、1996 年の189元から1997年には360元へと大幅に増加し、変動係数も0.932から1.659へと増 加していて、1998年以降も実質農業固定資本額の増加傾向が続いている。このような1997 年前後の農業資本の動向が推計結果に影響しているものと考えられる24

他方、人的資本の代理変数である中卒ダミーと高卒ダミーの係数は、B村の中卒ダミー を除くと、すべてのケースで有意な負の係数をとっていて、係数値の絶対値も高卒ダミー の方が大きくなっている。教育ダミーのベースラインは「非識字・小学卒」であることか ら、教育水準の高さが農家の非農業労働投入日数比率を高めるという意味で、教育投資に は労働再配分効果が存在することを支持するものといえる。

また、その他の変数について見てみると、世帯の属性を示す労働者数はいずれの村でも 有意な負の係数をとっており、世帯労働者数の多さは非農業就業へのプッシュ要因となっ ていると考えられる。それに対して負担係数は、有意な負の係数をとるのはB 村だけで、

その他の調査村ではいずれも有意ではなかった。したがって、負担係数の農業労働投入日 数比率に与える影響は必ずしも一様でなく、調査村によって異なることが示唆される。

23農地流動化について本論文第4章で詳細に検討するが、「転包」とは、農家が土地請負期間内で一定の条件 によって第三者に再度、土地を請負に出す方式のことである。

24 D村について、サンプルを1996年以前と1997年以降にわけて回帰分析を行ったところ、実質農業固定資本 額の係数は1996年以前では有意な正、1997年以降は負(10%水準で有意でない)という結果となった(ともに 固定効果推計を採択)。本推計結果も1997年を境とした農業資本の構造変化を示唆するものである。

表 3-6 農業労働投入日数比率に関する回帰分析

(1)霊丘県A村

係数 係数 係数

経営農地面積 0.025 6.362** 0.018 4.429** 0.016 3.621**

実質農業固定資本額 7.86E-05 6.718** 4.83E-05 3.803** 4.06E-05 2.839**

中卒ダミー -0.083 -3.637** -0.094 -3.686** -0.102 -3.595**

高卒ダミー -0.104 -3.130** -0.188 -4.348** -0.237 -4.542**

労働力数 -0.097 -6.262** -0.052 -3.225** -0.038 -2.114*

郷村幹部ダミー 0.005 0.164 -0.009 -0.277 -0.017 -0.476 党員ダミー 0.038 1.755** -0.010 -0.341 -0.031 -0.812

time trend -0.013 -5.985** -0.012 -6.525** -0.012 -6.168**

負担係数 0.005 0.315 -0.005 -0.342 -0.002 -0.110

定数項 27.344 6.163** 25.319 6.732** 25.098 6.361**

サンプルサイズ R2 within R2 between

R2 overall Breusch-Pagan F test that all u_i=0

Hausman

0.199 0.181 0.156

70.27**

7.95**

18.84*

0.112 0.115

0.198 0.158

760 760 760

OLS Random Effect Fixed Effect

t t t

(2)定襄県B村

係数 係数 係数

経営農地面積 0.016 10.469** 0.010 6.010** 0.008 4.300**

実質農業固定資本額 1.83E-04 3.729** 1.13E-04 2.308* 6.65E-05 1.259 中卒ダミー -0.103 -4.500** -0.054 -2.029* -0.022 -0.737 高卒ダミー -0.159 -4.360** -0.175 -3.672** -0.194 -11.018**

労働力数 -0.199 -15.018** -0.195 -12.616** -0.175 -3.044**

郷村幹部ダミー -0.018 -0.271 0.043 0.724 0.061 0.989 党員ダミー 0.030 0.819 -0.072 -1.473 -0.126 -1.987*

time trend -0.013 -6.083** -0.020 -9.912** -0.022 -10.692**

負担係数 -0.100 -4.611** -0.091 -3.921** -0.096 -3.800**

定数項 27.827 6.283** 40.062 10.112** 45.173 10.873**

サンプルサイズ R2 within R2 between

R2 overall Breusch-Pagan F test that all u_i=0

Hausman

0.401 0.366 0.319

0.65

8.07**

30.28**

0.312 0.318

0.416 0.342

799 799 799

OLS Random Effect Fixed Effect

t値 t値 t値

(3)太谷県C村

係数 係数 係数

経営農地面積 0.017 5.214** 0.021 5.501** 0.022 4.957**

実質農業固定資本額 3.98E-05 5.032** 2.70E-05 3.245** 1.94E-05 2.106* 中卒ダミー -0.088 -4.483** -0.067 -2.837** -0.069 -2.450* 高卒ダミー -0.125 -2.141* -0.198 -2.913** -0.293 -3.622**

労働力数 -0.126 -10.392** -0.124 -9.302** -0.125 -8.311**

郷村幹部ダミー 0.092 2.529* 0.033 0.718 -0.043 -0.773 党員ダミー -0.005 -0.209 0.007 0.185 0.004 0.080

time trend -0.015 -7.326** -0.017 -8.991** -0.019 -8.943**

負担係数 -0.032 -1.525 0.000 -0.003 0.014 0.592

定数項 29.911 7.554** 35.323 9.199** 37.865 9.122**

サンプルサイズ R2 within R2 between

R2 overall Breusch-Pagan F test that all u_i=0

Hausman

0.289 0.286 0.263

18.24**

4.41**

29.46**

0.348 0.353

0.155 0.104

733 733 733

OLS Random Effect Fixed Effect

t t t

(4)臨猗県D村

係数 係数 係数

経営農地面積 0.005 3.497** 0.005 2.671** 0.004 2.146* 実質農業固定資本額 -1.20E-05 -1.253 -2.08E-05 -2.237* -2.38E-05 -2.477* 中卒ダミー 0.020 1.477 -0.012 -0.739 -0.049 -2.408* 高卒ダミー -0.025 -1.214 -0.059 -2.320* -0.095 -3.131**

労働力数 -0.043 -5.429** -0.047 -5.331** -0.048 -4.876**

郷村幹部ダミー -0.012 -0.378 -0.076 -2.160* -0.123 -3.127**

党員ダミー -0.040 -2.188* 0.001 0.033 0.115 2.440*

time trend 0.008 6.747** 0.007 6.258** 0.006 5.332**

負担係数 0.041 3.585** 0.013 1.036 -0.007 -0.502

定数項 -15.891 -6.404** -13.460 -5.840** -11.665 -4.898**

サンプルサイズ R2 within R2 between

R2 overall Breusch-Pagan F test that all u_i=0

Hausman

0.096 0.085 0.034

52.16**

4.61**

40.62**

0.066 0.075

0.138 0.017

1,543 1,543 1,543

OLS Random Effect Fixed Effect

t t t

(出所)筆者作成。

(注)1)年次ダミーは省略した。

2)**は1%水準、*は5%水準で有意であることを示す。

さらに党員ダミーと郷村幹部ダミーの係数は全般的に有意なものが少なく、その符号も 調査村によって大きく異なる。党員ダミーについてB村では有意な負、D村では有意な正 の係数をとる一方で、郷村幹部ダミーはD 村のみ有意で、その係数は有意な負となった。

この結果は、農業労働投入日数比率に対して政治的ネットワークの有無という経済外的な 要因は全般的に影響力が小さいこと、そしてその効果が存在する場合でも、地域によって 異なる形で機能していることを示していると考えられる。

他方、タイム・トレンドはD村を除く3つの調査村ではいずれも有意な負の係数、D村 では有意な正の係数であった。すなわち、D村以外では年ごとに就業面で農業離れが進む 一方で、D村では緩やかではあるが農業就業への志向が強まっていることが示唆される。

以上の点から、4 つの調査村ともに教育投資には労働配分機能が存在し、世帯主の教育水 準が高い世帯ほど、農業労働投入日数比率が減少し、非農業就業傾向が強まっていること が明らかとなった。また、農地面積や農業固定資本といった農業の生産要素は農業労働投 入日数比率に対して有意な正の効果をもたらしている。したがって、農業労働供給への強 度が高い農家に対して農地と農業資本が集中するという形で、農業経営の分化が進展して いると推察される。ただし、D村のように農業産業化が相対的に進展する行政村では、農 業資本の効果が異なったり、政治的ネットワークの影響が強かったりするなど、他の3つ の調査村と異なる動きをみせている点には注意が必要である。