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第 2 章 農業調整問題と農業産業化

第 2 節 速水理論による中国農業の評価

2.1. 食料問題の解消

前章で議論したように、中国の食糧生産量は1996年に初めて5億トンを超えるなど食糧 生産量は大幅に増加する一方で、代表的な賃金財である食糧の食料消費全体に占める重要 性も顕著な低下を見せてきた。では中国人の食生活には、どのような変化が生じているの か。中国人(香港、マカオは含まず)のカロリー摂取状況を考察するため、図 2-1 では FAOSTAT(http://faostat.fao.org/)の食料需給表(Food Balance Sheet)を利用して、中国人の 1人1日あたりカロリー供給量とタンパク質供給量の推移を示した1

まずカロリー供給量(摂取量)をみると、改革開放直後の1980年には2146キロカロリ ーであったが、食糧増産によって1985年には2496キロカロリーへと大きな改善を見せて いる。その後はカロリー供給量の増大は停滞するものの、1990年前半から再び大きな増加 を示し、1995年には2691キロカロリー、2000年には2806キロカロリーに達した。2000 年代は増加率がやや低下しているものの、カロリー供給量は一貫して傾向を示し、2010年 の供給量は3042キロカロリーとなった。同じくFAOの食料需給表のデータによると、2010

12-1に示したFAOの食料供給量とは、栄養学的な意味での摂取量ではなく、調理によるロスや食べ残しな ども含めた供給量のことである。ただし、中国政府による公式統計ではカロリー摂取量に関するデータが公表 されていないこと、また先進国と異なり、途上国や中進国では廃棄によるロスの割合は相対的に低いことが考 えられるため、本章では供給量を摂取量と見なして議論を進めていく。

年の日本、台湾、韓国のカロリー供給量はそれぞれ2692キロカロリー、2957キロカロリ ー、3280キロカロリーである。したがって、1国の平均値で考察すると、中国のカロリー 摂取量は既に東アジア諸国と同水準に到達していることがわかる。

さらに、この1990年代前半からのカロリー供給量増大の主要な要因は、動物性タンパク 質の供給量増大による影響が大きい。図2-1に示したように、1990年代前半から、1人1 日あたりの植物性タンパク質供給量は55グラム前後に停滞する一方で、動物性タンパク質 の供給量は1990年の13.2グラムから、2000年には21.3グラム、2010年には37.2グラム へと顕著な増加を見せている2。このような動物性タンパク質の摂取量と摂取比率の上昇と いう傾向は、日本や台湾などの東アジア諸国でも同じく観測されている。

図 2 - 1 中国のカロリー供給量とタンパク質供給量の推移

0 20 40 60 80 100 120

2000 2200 2400 2600 2800 3000 3200

1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010

動物性タンパク質 植物性タンパク質 カロリー

kcal/日 g/日

(出所)FAOSTATの食料需給表(Food Balance Sheet)に基づき筆者作成。

(注)データは、食料の廃棄などを含めたカロリーおよびタンパク質の11日あたりの供給量である。

中国人の食生活の変化は、同じくFAOデータで作成した食品別の食料供給量(表2-1)

からも確認することができる。この表を見ると、穀物供給量については1980年代後半から 低迷し、絶対量でも減少に転じている。その一方で、肉類や卵、ミルクといった畜産物の 供給量は1990年代から急速な増加を示すなど、動物性タンパク質の消費量が高まっている ことがわかる。また、野菜や果物については、農産物の自由市場が復活した1980年代前半

2 FAOSTATの中国人の油脂供給量に関しても、タンパク質と同様の傾向が観察される。すなわち、植物性油脂

の供給量は1990年代前後から低迷する一方で、動物性油種の供給量は緩やかな増加が続いている。

から安定した増加傾向を見せる一方で、魚介類の供給量も1980年代後半から急速な増大を 示している。これらのデータから、中国人の食生活が欧米化していること、日本など東ア ジアの先進国の食生活に近づいていることが窺える。

実際、表2-1の下段に示した日本、台湾、韓国の食料別食料供給量(2010年)と比較 しても、中国の食料供給量が遜色ないレベルに達していることがわかる。もちろん同じ東 アジア諸国でも食文化の相違のため、個別食品の供給量では違いがある。しかし、穀物は もとより、肉類や卵といった畜産物や、魚介類に関する中国人の平均消費量は、すでに東 アジアの平均レベルに達していて、野菜供給量に至っては東アジア諸国の平均を大きく上 回っている。

表 2 - 1 中国の品目別食料供給量の推移

単位:kg/人/年

穀物 野菜 植物油 果物 肉類 ミルク 魚介類

1980 154.2 48.7 3.0 5.9 13.6 2.5 2.3 4.4

1985年 177.4 78.5 4.1 9.4 18.0 4.5 3.7 6.5

1990 172.5 99.3 5.7 14.1 23.7 6.2 5.0 10.4

1995年 168.2 149.3 6.0 29.2 34.3 12.3 6.4 20.3

2000 162.1 243.0 6.2 40.7 44.0 15.4 8.5 24.1

2005 153.5 283.5 7.1 55.6 48.4 16.8 22.7 26.7

2010年 150.1 332.3 7.7 74.3 56.9 18.5 30.5 32.2

日本 104.1 98.9 15.5 49.0 47.7 19.0 72.6 53.7

台湾 104.7 111.4 22.5 117.9 77.8 13.1 36.6 30.1

韓国 151.2 196.5 18.5 67.5 59.1 11.0 22.5 58.4

(出所)FAOSTATの食料需給表(Food Balance Sheet)に基づき筆者作成。

(注)1)果物にはワイン、穀物にはビール、ミルクにはバターは含まれない。

   2)日本、台湾、韓国の数値は2010年のものである。

それに加えて、エンゲル係数についても1990年代から大きな変化を観察することができ る。第1章で説明したように、改革開放直後の1970年代末には、中国の都市・農村世帯と もにエンゲル係数は60~70%前後の高い数値を示していた。第1章の図1-1を見ると、

その後の1980年代半ば以降は都市・農村世帯ともに、エンゲル係数が上下動したが、1990 年代に入ると都市・農村世帯ともにエンゲル係数が顕著に低下していることがわかる。都 市世帯では、エンゲル係数が1990年の54.2%から1995年には50.0%に低下し、2000年に

は39.4%と初めて40%を下回った。都市世帯のエンゲル係数はその後、緩やかな下落傾向

に転じて、2013年のエンゲル係数は35.0%となっている。他方、農村世帯のエンゲル係数 は1990年代前半には58%前後に推移していたが、1990年代後半には下落傾向が明確とな

ってきた。2000年のエンゲル係数は初めて50%を下回る49.1%となり、2005年には45.5%、

2012年には40%を下回る39.3%に下落している(2013年は37.7%)3

なお、総務省統計局の家計調査(2 人以上の非農林漁家世帯)によると、日本でエンゲ

ル係数が40%を下回るのは1960年代半ば頃である4。したがって、エンゲル係数から考慮

すると、中国においても食料不足の問題が2000年代から大きく緩和されてきたことが窺え る。また、中国の家計調査データ(2000年)を利用して、都市世帯の食料支出弾力性を推

計したYen et al.(2004)によると、穀物、野菜、果物の支出弾力性は0.6~0.8前後に推移

する一方で、畜産物の支出弾力性は豚肉が0.94、家禽類が1.26、牛肉が1.41と相対的に高 い数値をとっている5

これらの点から総合的に考察すると、中国では2000年前後には賃金財としての食糧消費 という「食料問題」は基本的に解決する一方で、食生活の高度化に向けた農業構造調整の 重要性が高まっていることが指摘できる6