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第 4 章 農地賃貸市場の形成と農地利用の効率性:浙江省の事例を中心に

第 4 節 農地流動化による地代水準の効率性

4.2. 農地借入に関するプロビット分析

本章では農地を借り入れて農業経営を行う農家と、それ以外の農家との間で農業経営に 関して質的な差が存在することを想定し、プロピット・モデルを利用してその決定要因を 考察していく。農地の借入決定を考慮するうえで、世帯主の属性、世帯全体の属性、地域

(所属行政村)の特性という3種類の指標を利用して推計を行う。

18限界生産性の推計方法は、Kurosaki and Khan(2006)、南・馬(2009)、丸川(2010)を参照した。

19 Olley and Pakes (1996)が指摘するように、クロスセクションデータによる生産関数(粗収入関数)の推計では、

生産性ショックによる生産要素の投入水準決定への影響という内生性の問題が存在する。本稿ではそれをコン トロールするための操作変数を検討したが、適切な指標を得ることはできなかった。したがって、本章の推計 結果には内生性の問題が存在することについては筆者も認識している。

20農業生産の技術的特性を考慮した場合、作物栽培、畜産業、水産養殖業に分けて推計作業を行う方が望まし いが、調査票には農産物ごとの労働投入や中間投入財のデータは存在しないため、本章では農業粗収入すべて を合算した形で推計を行った。なお、コメについては自家消費の割合が高いため、自家消費分については調査 農家のコメ販売農家の平均市場価格で評価したうえで粗収入に追加した。

世帯全体の属性に関する指標として、請負農地面積、労働者数、世帯全体の教育水準、

幼児・高齢者ダミーを利用する。世帯主の属性に関する指標として、年齢、教育水準、健 康指標を利用した。他方、地域の特性を代表する指標として、行政村別の世帯あたり請負 農地のジニ係数、人口1人あたり農地面積、地形ダミー(平地をベースラインとした丘陵 地と山地のダミー)、郷鎮ダミーを用いた。

これらの変数に関する定義と基本統計量について、表4―5に整理した。奉化市について みてみると、「借入あり」と「借入なし」世帯の間で平均値が有意に異なるのは、世帯主の 年齢、高齢者ダミー、健康指標、請負農地のジニ係数という4つの指標で、「借入あり」世 帯の方が世帯主の年齢が若く、健康状態もよく、そして高齢者が世帯内にいる割合も低い こと、そして請負農地のジニ係数が有意に低いことが示されている。他方、徳清県につい ては、「借入あり」農家の方が労働者数は有意に多い一方で、高齢者が世帯にいる割合が有 意に低いことが示されている。

表 4-5 農地借入プロビットの基本統計量

平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差

請負農地面積(ムー) 2.515 1.159 2.727 1.727 -1.119 3.863 2.211 3.892 3.523 -0.054 労働者数(人) 2.298 1.014 2.118 1.075 1.447 3.065 1.041 2.629 1.084 2.581**

世帯主の年齢(歳) 53.4 9.0 55.9 11.1 -1.967** 52.0 9.5 51.4 11.3 0.365 世帯主の教育年数(年) 6.543 2.746 6.927 2.921 -1.141 6.457 3.345 6.497 3.468 -0.075 党員ダミー(世帯主が党員=1、それ以

外=0) 0.160 0.368 0.191 0.394 -0.691 0.196 0.401 0.129 0.336 1.237

高卒以上比率(世帯内労働者の高卒以上

の比率) 0.159 0.134 0.148 0.159 0.602 0.188 0.137 0.178 0.117 0.522

幼児ダミー(世帯内に5歳未満の幼児が

いる=1、いない=0) 0.128 0.335 0.142 0.350 -0.364 0.261 0.444 0.203 0.403 0.902 高齢者ダミー(世帯内に75歳以上の世帯

員がいる=1、いない=0) 0.106 0.310 0.191 0.394 -1.919** 0.152 0.363 0.302 0.460 -2.130**

健康指数(1=健康不良、2=普通、3=

良好) 2.564 0.665 2.391 0.741 2.041** 2.717 0.544 2.651 0.600 0.713

村の請負農地のジニ係数 0.264 0.071 0.284 0.076 -2.356** 0.263 0.068 0.266 0.063 -0.365 村の1人あたり農地面積(ムー) 0.846 0.168 0.863 0.147 -0.958 1.196 0.417 1.258 0.365 -1.057

丘陵地ダミー 0.756 0.713 0.689 0.664

山地ダミー 0.222 0.195 0.111 0.120

標本規模

借入なし 平均差のt検

94 330 46 364

奉化市 徳清県

借入あり 借入なし 平均差のt検

借入あり

このデータを利用して農地借入の有無に関するプロビット分析を行った結果が、表4―6 である。推計結果の全体的な特徴として、奉化市の方が有意な係数の数が多く、モデルの あてはまり度合いを示すPsudo R2の数値も0.131と相対的に高いことがわかる。まず奉化 市の結果をみると、請負耕地面積の大きさは農地借入に対して有意な負の効果、すなわち 請負耕地面積が少ない農家ほど、より農地の借入を行うことが示された。また、地域の特 性を示す指標では、村の1人あり農地面積は有意な正の符号、丘陵地ダミーと山地ダミー は有意な正の符号をとっている。このことは、1 人あたり農地面積が小さい村では農地借

入の確率が低い一方で、平地と比べて丘陵地や山地ではより多くの農地借入が行われてい ることを示している。

表 4 ― 6 農地の借入決定に関するプロビット分析の推計結果

係数

請負農地面積

-0.102 -2.095

**

-0.003 -0.142

労働者数

0.084 1.083 0.188 2.482

**

世帯主年齢

0.126 1.474 0.080 1.097

世帯主年齢(二乗)

-0.001 -1.514 -0.001 -1.138

世帯主教育年数

-0.043 -1.442 -0.015 -0.530

党員ダミー

-0.093 -0.483 0.405 1.660

*

高卒以上比率

-0.221 -0.422 -0.462 -0.611

幼児ダミー(5歳未満)

-0.283 -1.310 0.126 0.605

高齢者ダミー(75歳以上)

-0.160 -0.558 -0.278 -1.176

健康指数

0.136 1.237 0.161 1.062

村の請負農地のジニ係数

1.181 0.707 -2.311 -0.550

村の1人あたり農地面積

-1.553 -2.647

***

-0.100 -0.238

丘陵地ダミー

1.533 3.745

***

0.135 0.245

山地ダミー

1.534 3.419

***

-0.080 -0.108

郷鎮ダミー1

0.152 0.535 -0.872 -2.511

**

郷鎮ダミー2

1.188 3.308

***

-0.040 -0.061

定数項

-4.736 -1.972

**

-3.136 -1.333

標本規模 log llikelihood Wald Test Pseudo R2

奉化市 徳清県

係数 z値 z値

424 410

-195.0

***

-128.9

***

51.3

***

32.6

***

0.131 0.105

(注)***1%水準、**5%水準、*10%水準で有意であることを示す。

それに対して徳清県では有意な係数は、労働者数、党員ダミー、郷鎮ダミーの3つだけ である。労働力については奉化市と同様、その人数が多くなればなるほど農地借入の確率

が上昇する一方、党員が農地借入を行う確率は非党員よりも有意に高いという結果となっ た。前述のように徳清県では反租倒包が広範に行われるなど、地方政府による農地市場へ の介入度合いが高く、世帯主が党員である場合にはより積極的に農地を借り入れているこ とを示唆している。