第 2 章 中国における障害のある人びとの実態
2.2 障害福祉体制の概要
本節では、障害のある人びとに対する福祉政策をめぐり、その歴史的変遷と関連の施 策から、障害福祉体制の特徴を検討する。
2.2.1 障害福祉の歴史的変遷
2.2.1.1 障害のある人が「残废人」と呼ばれる時期
障害のある人びとは、原始社会、奴隷社会、封建社会を経て新中国が成立する前の長い 間、社会の最下層であった。「先天的運命論」の影響で障害は因果応報の結果であり、災 難の化身とされ、個人の、ひいては家族の屈辱であると見なされた。そのため、障害のあ る人はひどく迫害され、わずかな救済しか受けらず、「無能」、「廃人」だと差別され、
社会生活から排除された(周ほか 2013: 102)。
一方、中国は儒教に深く影響を受け、人びとが他人を思いやること、すなわち慈悲の心 を持つことを信じているので、人びとが互いに助け合うことが提唱された。例えば、「鳏 寡孤独废疾者」9に対する補償制度が設けられていた。この理念は、古代における障害の ある人のための社会福祉政策の確立の基礎となっており、新中国政府の創設後の障害政 策にも影響を及ぼした。
始皇帝(前259—前210)の時代から、政府は「鳏寡孤独废疾者」のために総合的な収容 所を設立し、生活の救済や住居を提供した。また、宗族は相互の助けのために、農業労働 が必要な時に救助し、貧困と災害を被る家族に食べ物や住宅を提供した。そのほかに、民 間の慈善団体や教会などの宗教団体が組織され、障害のある人は徐々に市民社会機関に 頼り、特に清朝の時代に、救済活動を行うためにいくつかの機関が設立された(楊 2009:
67-69)。
2.2.1.2 新中国成立後の救済の段階
新中国成立後、障害のある人びとの全体的な生活状况は改善され、排除されていた人は 徐々に家族や社会に受け入れられた。街で物乞いをして、追放されていた状態から、政府 からの救済を受給する状態となる。農村部において障害のある人は、土地と生産の道具を 配付され、共済組合、協同組合に参加することができるようになった。都市部における障
害のある人びとは、政府の支援の下で生産活動に努め、小型の手工業協同組合や福祉工場 が創設された。身寄りのない障害のある人や障害を持っている孤児は、それぞれ設けられ た社会福祉施設、児童福祉施設に入所することとなった(冬雪 2005)。この時期に障害 のある人の社会的境遇と生活条件はかなり改善されたが、社会の障害に対する認識はま だ同情と哀れみの態度によって形成され、障害福祉についてはほぼ慈善事業に集中し、障 害のある人びとに対する一種の「恵み」であった。
1949年以降、中央政府は生活支援に注目し、主に次のような政策を実施した。まず、従 来の総合的な福祉施設を改造し、それぞれの機能を果たす施設に変更した。1953 年末ま でに、約1600ヵ所以上の古い福祉施設をもとにして、高齢者と障害者を「残老院」に配 置し、子どもを「児童教養院」に配置した。また、1955年に正式に社会福祉を管理する部 門を設立した。精神障害や収入を持たない人を引き取る機構の発展を推進した。そして、
生活保障制度を実施し、「労働能力の不足や喪失した人、障害を持っていて頼りになる友 人がいない人に一定程度の生活保障を維持するために、生活の需給を満たし、若者に対す る教育と高齢者の死後処理を確保すること」と定められた。さらに、患者と精神障害のあ る人に対する居養制度が創設された。建国当初は約50万人のハンセン病患者がいたが、
その予防と治療を実施するために隔離して養護することを推進した。1958 年に民政部に よって創設された精神病院は86ヶ所あり、7985人の精神障害のある人を収容した。その 他、雇用問題を解決するために、利益を追求しない福祉企業を開設し、集中就業という形 式が行われている。この形式は障害のある人の社会参加を促すことを目標とせず、働くこ とを通じて保護する意味を持っている。
この時期の社会の障害観は、障害を持つ人びとは社会の失敗者であるが、人道主義の提 唱で彼らに施すことが必要であるとの考えであった。そのために、福祉政策も「救済」と
「慈善」の機能を持っていた。つまり、従来の障害観とあまり変わらず、障害のある人に 対する福祉政策は、まだ欠如した状態であった。さらに、この「居養」福祉は障害のある 人を隔離して保護するので、社会参加を抑制していたと言える。この時期の障害福祉は、
障害のある人のニーズを満たすという出発点から推進されたものではなく、政府側の統 治を促すものであった(楊 2009: 70—71)。
2.2.1.3 平等と参加を目標とする段階
第2次世界大戦後、世界中で人権運動が急速に発展し、障害者差別への抵抗、平等な権 利の獲得を求める障害者権利運動が活発になり、国際社会の障害者運動が現代の障害観 の形成に大きな影響を及ぼした。その後、国連が1975年の「障害者権利宣言」と1982年 の「障害者の世界行動綱領」、そして1993年に「障害者機会均等基準規則」を公布した。
さらに、2006 年に採択された「障害者権利条約」が現代の障害観の確立に決定的な役割 を果たした。こうした背景のもと、中国の障害福祉政策も急速に発展する。障害のある人 びとが積極的に社会に参加し、平等な権利を享受する意識が強まりつつある。
1988 年に中国障害者連合会が成立し、同年国務院は、国家計画委員会や民政部、財政 部、障害者連合会等が共同で作成した事業要綱に同意し、初めての「障害者事業五年活動 要綱」を提出した。この要綱によって、障害者事業を社会経済の発展に見合うように推し 進めることが明確になった。それは、障害の予防への取り組みやリハビリテーション、就 業、教育への支援等幅広い分野において、障害のある人びとの平等な参加や権利を保障で きるような活動を行うものである。その後、1991年『中国障害者事業「八五」計画概要』
を提出して、障害のある人びとの生活保障、教育、リハビリテーション、就業、バリアフ リー等の目標を定めた。この障害者事業は 5年ごとに新たに提案されるもので、2011年 には12件の5年計画が出されることになった。
1980年代以降、障害のある人びとの権利が主張され、政府は1990年に障害のある人の 平等な権利と社会参加を保障するために、初めて「障害者保障法」を作り、新しい障害観 への転換が進みつつある。政策から見ると、教育の分野では、統合教育が提唱され、障害 が理由で学校から拒否されることは認められない。また、一般の教育を受けることができ ない人に対する特別教育支援が行われる。雇用の分野では、福祉企業や関連の福祉機構が 障害を持つ人びとのために適切な雇用を提供するほか、社会の各企業は一定の比率に応 じて障害のある人に就職の機会を与えると規定されている。福祉サービスの分野では、重 度障害などのある人に生活保護を実施し、最低限の生活水準を守る。具体例としては、財 政援助と補助金および施設への収容が挙げられる。また、リハビリテーションの発展は急 速に進み、すべての障害のある人がリハビリテーションを受けられることを目標にして いる。そして、法律援助に注目し、障害のある人の法的援助制度を作り、2008 年の障害 者保障法の改正では、国連障害者権利条約の「障害に基づくあらゆる差別を禁止する」(第 5条)に準じて、「障害に基づく差別を禁止する」と条項を設けた。
2.2.2 現行の障害関連施策について 2.2.2.1 障害に関連する法制度
中国憲法第2章においては、「すべての国民が同様の公民権を持ち、国家は障害のある 人びとの労働、生活、教育などの権利を保障する義務がある」と規定し、障害のある人び との生存権保障や社会権保障として基本的な人権が言及され、障害のある・なしに関わら ず国民への福祉政策は国家の公的責任であるという原則が示された。個別具体的な障害
者施策を規定する法律は複数あるが、憲法と同じように基本的な理念として位置づけら れるのは、中国の障害者保障法である。
社会主義の中国では、政治や行政による主導が重要な役割を果たし、法律の発展はそれ より立ち遅れることがある。1949 年に新中国政府が成立した後、障害者事業も発展して きたが、障害のある人びとに関わる法律が整備されたのは、改革開放政策が採択された後 であった(小林 2000)。1982年に中国政府は、高齢者、疾病者または労働能力喪失者に 対する社会保険や、救済、医療衛生などの社会保障の政策に、障害のある人びとを受給対 象に加え、「国家と社会は視覚・聴覚・言語障害その他の身体障害をもつ公民の労働・生 活と教育を援助し処置する」(第45条)と明文化した。それをきっかけに、障害のある 人びとの権益を保護する法律が必要となる意見が出され、さらに、障害者事業10の発展に 伴い、障害のある人びとの権益を保障する法体系の確立は、中国の法制を展開する過程の 重要な目標11となり、1990年に中国政府は障害者保障法を制定した。それ以降、各省や自 治区、直轄市などの地方政府もこの保障法を実行するための詳細な規則を制定した(小林 2009)。
2008 年に国連の障害者権利条約の批准に従い、障害者保障法を改訂し、一部の条例を 補足した。具体的には、リハビリテーションの面では、「国家は障害のある人がリハビリ テーションサービスを享有する権利を保障する」ということが掲げられた(第15条)。
教育の面では「平等」に重点を置き、義務教育を修了できるよう支援する方針を加えた。
就業の面では障害のある人の強制労働を禁止する条例が新たに制定され、障害のある人 の権利保護が強化された。そして、文化的生活の権利が認められて明文化され、「バリア フリー環境」の名称が明確に用いられ、より具体的な内容が盛り込まれた。さらに、従来 の「福祉」の表記が「社会保障」に入れ替えられ、特に貧困層における障害のある人につ いて詳細な規定が加わった。それらの改正を経て、現在の障害者保障法は、障害のある人 びとのリハビリテーション、教育、就業、文化生活、社会保障、バリアフリー、法律責任、
という分野に区分されている。そして、障害のある人びとの権利を保護するために、障害 者保障法のほかにもいくつかの法律条文が制定された。表 2.10 は、障害に関連する主な 法律の体系と内容を示している。