第 6 章 中国における障害者運動の考察
3 自立生活の展望
3.1 福祉先進国における障害者運動の経験からの示唆
が発生し、展開されている。また、国際社会の影響を受けて、障害の社会モデルの理念を 中国に広げ、国内の障害意識を転換させようとする行動が、現在の障害者運動の中心的な 部分である。しかしながら、全国の福祉制度の不均等や、政府の厳しい管理を原因として、
障害者運動の一層の展開と今後の運動持続性の確保に対して疑問が生じることも事実で あろう。
る人びとへの排除を、人種差別などと同様な偏見態度として捉え、社会からの様々な偏見 や差別を受けていることを主張し、それによって差別の解消に努めており、さらにアメリ カのADAの制定を促進した。一方、このようなマイノリティーモデルに対し、Zolaはそ の「政治的カミングアウト」が必要であることを首肯したが(Zola 1993: 171)、それとと もに多くの障害のある人は「本当の声(authentic voice)」をあげることが困難であること も指摘した(Zola 1988, 1993)。また、医療化モデルによって、健康管理を社会的規範と し、さらに個人の道徳的問題であることを示した。一部の「障害を克服した者」や「健常 者」は、高齢化社会の中でモデルとなっており、これに対し労働市場で排除された障害の ある人や、慢性疾患のある者、高齢者等は、社会に無視され、否定されるようになった。
このような医療化のプロセスに従い、障壁によって引き起こされる社会問題が個々の道 徳的問題に還元され、「脱政治化の傾向」があることも指摘された(Zola 1988: 370-373)。
このようなマイノリティーモデルとしてのアイデンティティーの形成が難しいので、
Zolaは「付加的補完的戦略(additional complementary strategy)」を提示し、世の中では誰 もがいつかは障害を持つという「普遍化」モデルの戦略を示した(Zola 1989: 420)。つま り、病気や障害の不便さを経験する人びとと広範的に連帯していくようなアイデンティ ティー戦略が、Zolaの「障害の普遍化モデル」の主張である(杉野 2007: 90)。例えば、
妊婦や乳幼児を連れた人、一時的に怪我をした人、高齢者などが含まれる。また、「健康 至上主義社会(healthist society)」の中で、人びとは「老いと障害」を否定する態度を持 っているが、誰でも一生のうちに病気や障害になるリスクが存在する。すなわち、すべて の人が潜在的に障害のある人になる可能性があるため、障害のある人と同様なニーズを 持つことを意味する。このように、Zolaは「ニーズの普遍性」を主張した(Zola 1988: 380-381)。
アメリカの社会モデルは、イギリス社会モデルの二元対立の主張と異なり、障害の定義 を広げ、より多くの人と連帯することによって、障害問題の解決に向けてニーズの普遍性 を形成した。この二つの社会モデルに対する捉え方は、中国の障害者運動の展開で「社会 モデル」の主張に示唆を与えることができると考える。
3.1.2 介助保障サービスの担い手の転換
福祉先進国の障害者運動の歴史的展開から、障害者運動を長期的に継続することがで きたのは、障害のある人びと自身がサービスの提供者になるのが重要な要因の一つだと 考えられる。アメリカの自立生活運動から自立生活の思想が提示され、障害のある人びと の日常生活に必要なサービスやスキルの訓練を提供するのは、障害のある人びと自身で あることが示されている。また、自立生活センターの成立によって、障害のある人びとが
地域で生活するニーズに応える支援が提供された。組織の運営・管理は自立した障害当事 者が行なっている。第3章の各国の障害者運動展開の分析から、このような自立生活をめ ぐるサービス提供と運動展開が障害のある人びとの集団的意識の形成を促進すると同時 に、重度障害のある人も参加可能なため、次第に全ての障害のある人びとが求めるものに なることは明らかである。
また、アメリカの自立生活運動の影響を受けた日本の自立生活センターも、障害のある 人びとのニーズに相応しいサービスを提供し、それと同時に運動体でも事業体でもある ような新しい団体の設立によって、障害者運動の展開を促進した。この形式の強みについ て、日本自立生活センターの創設者である中西(2014)は、「サービスを提供するのは当 事者であり、サービスを選択するのも当事者であること」が当事者主権の基本的な考え方 であり、こうした形式の運動体の強みは「当事者ニーズに一番近いところだ」と指摘した
(中西 2014: 16-17)。
一方、このような自立生活の要求を行う前に、介助サービスの保障が必須の条件だとも 考えられる。アメリカ、イギリス、そして日本の自立生活の要求運動が展開する前に、サ ービス保障や介助料要求をめぐる運動が多く行われていた。例えば、イギリスでは、「当 事者自身によるサービスの供給や管理」を要求し、脊髄損傷者協会(SIA)からの障害者 自身への介助サービスの提供や、ケア付き住宅運動等のような障害当事者自身の自己管 理を強調する介助サービス提供の運動が行われている。その具体的な要求内容は、従来の 自治体の入所施設に割り当てられた予算の一部を、障害のある人に直接給付することと、
地域で生活するための支援制度の整備である。これらの保障サービスの要求運動が、障害 のある人がサービスの受動的な受け手から、能動的な提供者になることを促進し、障害の ある人びとの自己決定の実現にも大きな役割を果たしたと考えられる。また、日本におい ても、1980 年代のアメリカ自立生活思想や自立生活センターの急速な普及を可能にした のは、重度障害のある人のための公的福祉制度の存在である(立岩 1995)。このように、
介助保障サービスの充実は、障害のある人びとの自立生活を実現する前の必須条件であ ると考えられる。
さらに、日本の障害者運動は、アメリカとイギリスのような施設への抵抗運動だけでな く、家族の束縛から解放を求める運動でもあった。代表的であるのは、「青い芝の会」が 親子間の殺人事件を通じて、社会が障害のある人を抹殺しようとするという主張を行い、
さらに、親が子どもの自立を妨げるという考え方も提起したことである。日本の社会福祉 政策は戦前から「家族扶養主義」をもとに制定され、国家は頼りになる家族がいない者の みを支援対象としてきた。戦後の生活保護法も、「補完性の原理」を引き継いでおり、生 活保護以外の手段で生活上の不足する分を補うという軸を核心として制定された。障害
のある人のための福祉制度もこうした福祉制度の理念のもとに派生したものである(杉 野 2007: 229-230)。
1990年代から、「介護の社会化」が提示され、これまでの障害者運動も「脱家族」を主 張した。日本の障害者運動において、親や施設による「被保護」の関係から、障害のある 人の主体性を取り戻し、障害への否定的態度から肯定的な意識への転換を図った。現在、
日本における障害のある人びとに対し、当事者の意志に基づく介助の提供が具現化して いる。
こうした福祉先進国の自立生活運動の歴史からの経験は、中国の障害者運動の発展に 示唆を提供するものである。特に戦前から続いている家族依存を中心とした日本の福祉 政策が、まさに現在の中国の福祉政策の実態である。今後の中国障害者運動が、「脱家族」
や「介護の社会化」を主題として取り上げ、運動を展開する必要があると考える。
3.2 今後の中国障害者運動の方向