第 6 章 中国における障害者運動の考察
1.2 運動発生の社会環境要因
1.2.1 生態学的集中と組織の誕生
第2章でも言及したが、中国では古代から儒教の影響を受けており、人びとの相互扶助 が提唱された。それをきっかけに、国は「鳏寡孤独废疾者」1への保障施設を設立した。こ れは、障害のある人びとだけを対象とする収容施設ではなく、社会からの救助が必要とな るあらゆる人びとのための総合的な収容所であった。そのほか、清朝の時代に民間の慈善 団体もいくつかの施設を設立したが、救済活動を中心とするものであり、施設の入所者は 親族がいない障害のある人、高齢者等が含まれていた(楊 2009: 67-69)。
1949 年に新中国政府が成立した後、中央政府は従来の総合的な施設を改造し、それぞ れの機能を果たす施設に変更したが、具体的には子どもを「児童教養院」に配置し、多く の障害のある人は相変わらず高齢者と「残老院」に配置した。また、精神障害のある人を 専門の精神病院に収容した。そして、その当時には約50万人のハンセン病患者がいたが、
予防のために隔離して家で養護することを推進したので、障害のある人びとの集中がで きていないことがわかった。そのほか、政府はその当時において「労働能力がある」と認
められた都市部における障害のある人びとを、集中就業という形式で福祉企業等の生産 活動に従事させた。当時の中国は全体的に貧困状態にあり、その上に1966年から1976年 までの約10年間は文化大革命の時代であったため、福祉を含めたほとんどの社会発展が 止まってしまった。この時期の施設や労働場所に障害のある人びとが集まって活動を行 った形跡は関連資料からも見られていない。
その後、1981年の国際障害者年に、数名の身体障害を持っている人びとが、政府に「障 害者組織の創設を求める」という要望を出した。1980 年代の国際社会を見ると、既に各 国においての障害者運動が10年以上展開されており、障害のある人びとの権利保障も一 定程度確立されたと言える状況であった。一方、当時の中国は、すべてのことがゼロから 始まる状態にあり、障害のある人びとが長時間放置されたままで生きており、第4章「民 間 DPO の出現」のところで述べた 1980 年代初頭に身体障害を持っていた狙撃者として 多くの人に知られる呂争鳴が、全国各地の障害のある人から「有名になったから、障害者 を助けて私たちの声を政府に届けてくれるのかな?2」という手紙を受け取り、障害のあ る仲間を集めて中国初の障害者自助団体を創設した。最盛期には中国全土27の省、市、
自治区に広がったが、1988 年に中国政府が全国障害者連合会を設立したので、現在は障 害者コミュニティ文化体育サービスセンターに変更された。
このように、1980 年代に障害のある人びとの自助組織が北京を中心に誕生し、障害の ある人びとが集合する場所が形成された。しかし、この団体は障害のある人びとの相互交 流と扶助を中心に活動を行い、平等な権利保障等を求める運動には発展することはなか った。1988 年に政府主導の障害者連合会が設立されてから 2008 年の権利条約の批准ま で、おおよそ20年間において民間の当事者自助組織からの権利擁護運動は先行研究から も発見することはできない。
1.2.2 集合行動フレーム
2008年に障害者権利条約の批准をする前に、中国社会ではフェミニズム運動、HIV や 環境保護等の活動が既に行われている。これらの活動は、権利主張に焦点を当てているも のであった。
例えば、中国女性連合会は設立以来、トップダウンの形で女性の権利と利益の保護に一 定の成果を上げてきたが、障害者連合会と同様に政府主導の団体のため、当事者の立場に 立っていない状況がみられる。女性運動は、障害者運動よりも何年も前から展開され、多 くの学者の間で広く注目されており、欧米諸国のフェミニズム研究に関する多くの書籍 が中国語に翻訳され、中国に紹介された。最初はフェミニズム運動からの思想の影響を受 け、マスコミやインターネットの力を利用して影響力を広げた。また、不当な扱いを受け
た際に訴訟を起こす等、権利擁護の事例も多い(Shen 2017)。復旦大学のジェンダー学の 女性学者である沈奕斐は、女性の権利運動に関する公開講座において、「私たちが求めて いるのは特権ではなく、異なる点を理解できる多元社会の実現である3」と語った。
一方、中国のDPOは2008年以来、障害者権利条約に基づき、平等な権利を求める運動
を展開した。DPOが権利侵害を受けた個人に対する支援を提供し、訴訟を起こす形式は、
女性運動の中にも出現した。また、「障害のある人の成長に合わせた多元的社会」は、「一 加一」をはじめとするDPOの目標である。この点は、他の社会運動が求めている「多元 的社会」の実現にも共通している。さらに、障害のある人の権利侵害事件によって、一部 の人権保障を提唱する法律専門家、研究者も障害のある人の権利保障に努めるようにな った。
以上のことから、中国における障害者運動の集合行動フレームは存在していると考え ることができる。それは、80 年代以降から社会全体が追求する平等な権利の保障と、差 異を理解できる多元的社会の実現というものである。しかしながら、障害者運動の戦略や 展開方法は、他の社会運動、例えばフェミニズム運動等の影響を受けているかどうかはま だ確認できない。ただし、メディアやネットを活用して影響力を拡大することや、公益訴 訟を通じて権利擁護を主張する行動は共通しているということがわかる。
1.2.3 不満の原因と根拠
長期間にわたって、中国では障害のある人のための正式な規制は整備されておらず、
1990年に障害者保障法が制定されて以降、徐々に生活保障制度等が成立していった。2008 年に中国政府は条約を批准し、障害のある人の権利を保護する態度を表明したが、国内の 障害関連政策は相変わらず医療モデルにとどまり、障害のある人が平等に社会参加する ことはできない状態であった。
第2章の内容からも分かるように、中国は改革開放以降に経済体制の変化に伴い、生活 水準の格差や不平等な社会問題が目立つようになった。これらの問題を解決するために、
中央政府は「適度普恵型」福祉政策を提唱した。「適度」と表現されているように、中国 政府は中程度の限られた福祉を提供するものである。政府の支援は、主に当事者とその家 族への経済的援助、および当事者の就労促進を主要な手段としている。家族や頼りになる 友人がいない人、もしくは貧困状態にある重度障害のある人には介護サービスを提供し ている。つまり、障害のある人が生きるための最低限の生活保障を提供し、障害のある人 の権利を保障することを目的とはしていない。
2008 年の障害者権利条約を批准した後、中国政府は障害のある人の就労促進、重度障 害や知的・精神障害のある人に対する介助サービスの提供、バリアフリー環境の普及、生
活保障の整備という点を改善した。まず就労促進から見ると、現行の障害のある人びとの 就労に関する各制度や法律は、就労の機会を拡大することや、就労率を上げることに重点 を置いている。障害のある人の職場環境における合理的配慮の提供等に関する規定や、差 別的処遇を受けた際の権利保障に関連する政策はまだ存在していない。そのために、中国 における障害のある人びとの実際の就労状況はまだ無惨な状態にあり、差別されたり、不 公平な扱いを経験したりする人が多い。
次に介助制度を取り上げる。政府は、重度障害、知的・精神障害のある人びとに公的な 介助サービスを提供しているが、専門性のある指導が不足していることや、障害のある人 のニーズを満たすことができる環境がまだ整備されていないため、実際には現在の介助 形式は相変わらず家族に頼っている。特に中・軽度の障害のある人は公的な介助サービス を受ける権利が認められていない。現行の介助制度は、障害のある人びとの介助ニーズを 満たすことを目的としているとは言えず、介助サービスの施行とともに、介助施設におけ る就労促進のサービスが多く存在している。政府は障害のある人びとの介助支援を行う ことというより、適齢期になった障害のある人を自らの能力で生活させようとする意向 がうかがえる。
さらに、バリアフリー環境の普及の状況を検討する。中国政府は積極的にバリアフリー 環境の整備を推進する意向を見せているが、現段階ではまだ十分に整備されていないと 考えられる。2012 年に「バリアフリー環境建設条例」が公表される前に、中国のバリア フリー建設に関する規定は不明確な状態になっていたので、2012 年以前にできたバリア フリー施設の実用性は非常に低く、障害のある人びとのために利便性を提供するという 視点に立って建設されたわけでないと言える。「坂道の長さが足りない」、「電柱が視覚 障害のある人の専用道路をふさいでいる」、「公共場所のバリアフリー化されたエスカレ ーターの中に、視覚障害のある人のための文字が存在しない」等の事例は度々発生してい る。また、農村部ではバリアフリー化の展開はまだ始まったばかりの段階にある。
最後に、障害のある人びとの基本的な生活を保障するための制度を考察する。中国にお ける障害のある人びとに対する生活保障制度は、都市部と農村部に分けられ、それぞれの 保障を提供している。障害のある人びとの生活状況は、従来よりも確実に改善されてはい るが、生活保障水準は地域間、すなわち都市部と農村部の間に格差が現れており、各種別、
等級の障害のある人に対するそれぞれのニーズを満たす保障制度は十分に構築されては いない。また、現行の中国における障害のある人びとへの生活保障政策は、ほぼ最低限生 活保障の貧困状態にある人や、重度障害のある人を対象としており、わずかな収入がある 障害のある人や、中軽度障害のある人は、逆に何の保障サービスも受けられず、生活困窮 に陥ってしまったり、過度に家族に頼ってしまう可能性が高いことが見出された。