第 3 章 福祉先進国における障害のある人びとの自立生活への道
2.3 運動発展の社会文化要因
では、障害者運動の発生要因と集団的意識の形成を明確にしたところで、運動の拡大や 発展をもたらした各国の社会文化要因に注目したい。1970 年代に、障害意識は、政治的 抗議の発展を促進する社会構造に結び付けられ、これらの構造とは、共通の社会的空間、
個人的および組織間のネットワーク、および政治資源へのアクセスが含まれていた
(Scotch 1998)。
2.3.1 アメリカ 2.3.1.1 共通の社会空間
アメリカにおける障害のある人びとは、1960 年代以前に、主にリハビリテーション施 設、市民交流センター、慈善団体等に集まっていた。そして、1970 年代から障害者組織 の誕生とともに、障害のある人びとの集まる場所も多くなり、特にエド・ロバーツがカリ フォルニア大学に入ってから、一時的にバークレー校には続々と障害のある人が入学し てくるようになった。そして、1972 年に学校以外に地域で生活する障害のある人びとも このサービスを求めるようになり、彼らはバークレー自立生活センターを設立すること になった。新しい自立生活センターは当初、資金難に直面したが、その後助成金を獲得す
ることができ、サービスは全国に展開していった。1978 年に連邦リハビリテーション局 が各州を通して自立生活センターの運営補助金を出すことが制度化されたことによって、
1999年には全国で400ヶ所以上の自立生活センターが設立された(Shapiro 1993=1999: 87-88)。障害のある人びとが自立生活センターのサービスを通じて施設や病院、あるいは家 族から離れて、普通の人のように生活するようになった。依存的な状態から飛び出して自 分の生活を自らコントロールすることに大きな意味があった。また、自立生活センターは、
障害のある人びとの権利を保護するためにアドボカシープログラムを行った。そのため、
多くの障害のある人びとが自立生活センターに集まり、このように自立生活センターの 創設に従って、全国的規模の組織が形成され、障害のある人が各地の自立生活センターで 共通の社会空間を共有するようになった。
1975年に成立された自立生活意識を宣伝する組織「The Atlantis Community」が、1978
年に交通アクセスへの抵抗運動を行い、その後全国に広がり、全米の障害者組織ADAPT
(American Disabled for Accessible Public Transit)として発展した。これらの全国的な規模 の障害者組織の誕生によって、アメリカ障害者運動の発展を促す要因の一つである「共通 の社会的空間」が形成されるようになった(Barnartt and Scotch 2001: 57)。
2.3.1.2 個人・組織間のネットワーク
障害者運動のリーダーや、障害種別を問わない統合的な障害者団体が、各地方や中央政 府、および様々な社会団体とのネットワークを築き、障害者運動の発展に重要な役割を果 たしている。アメリカの障害者運動から見ると、例えば1960年代から1970年代の間に、
毎年障害者雇用委員会によって開催されていた会議で、全国の運動活躍者を集めた。これ らの会議を通じて、障害のある人びとや団体間のネットワークの形成の機会を提供し、さ らに、政府と非政府組織の連携を支援した(Barnartt and Scotch 2001: 62)。また、障害者 運動の展開に重要な役割を担っていたエド・ロバーツにより、自立生活センターを通じて 全国的なネットワークが展開された。
2.3.1.3 政治資源の獲得
運動初期に多くの支持者を得ることが重要であり、社会運動を効果的に行うためにも、
人びとを動員することが必要となる。アメリカの障害者運動は、「弱者」と思われること で、マスメディアの報道を利用し、社会からの注目を集めるようになった。そして、社会 運動を行うための資金を獲得することが重要であるため、自立生活センターを代表とし て政府からの資金援助を受け、様々な運動を行うことに成功した。1978 年にアメリカ連 邦政府は各州を通じて自立生活センターに資金援助を提供し、これはさらに制度化され
た。これによって、自立生活センターが長期的に維持できる基礎が確保されるようになっ た(Shapiro 1993=1999: 112-113)
また、ADAの法制に関連するトレーニング、技術支援、および政策普及のために、契 約の形式で政府からの資金を受けた。また、一部の政府機関が障害者リーダーを招募し、
障害関連の政策会議に参加させ、運動の正当性が認められ、行政側との交渉が進んだ
(Barnartt and Scotch 2001: 63)。
そして、1988年全米障害者評議会によって議会に提出された法案が、1990年に成立し た「障害を持つアメリカ人法(American Disability Act: ADA)」である。当時アメリカ連 邦議員の中に、家族の中に障害を持っている人がおり、彼らも障害者運動を支援した。特 に有名なのは、ジョージ・ブッシュ元大統領が障害問題に対する関心を示し、「障害のあ る人が社会のメインストリートに参加できるようになるためなら、私はどんなことでも やる気です」と話したことである(Shapiro 1993=1999: 185)。このように、アメリカ障害 者運動の発展が成功した要因として、政治資源の獲得が示された。
2.3.2 イギリス 2.3.2.1 共通の社会空間
イギリスでは、1970 年代まで障害のある人びとが福祉施設や、障害者自助団体等に集 まることが多かったが、1980 年代から全国的な障害者連合組織自立生活センターが結成 され、全国の各組織に集まるようになった。
例えば、セルフヘルプグループのSIAには、脊髄損傷者たちが集まり、入所施設に抵抗 する人びとがUPIASに集合する。そして、1981年の国際障害者年(International Year of Disabled People)に、UPIASの基本的な理論をもとに結成された組織(Campbell and Oliver 1996: 74)として、イギリス障害者団体協議会BCODP(British Council of Organization of Disabled People)という連合組織が設立された。同年にシンガポールで最初の障害者国際 会議 DPI が開催され、イギリスの障害者連合組織の促進に影響を与えた(Campbell and
Oliver 1996: 74)。当時のBCODPの委員会のメンバーは、UPIASのメンバーが含まれる
他に、その後の「ダービー州自立生活センター(Derbyshire Center for Integrated Living:
DCIL)」のメンバーも及ばれていた(Campbell and Oliver 1996: 84)。このBCODPは、
障害当事者によって組織されることを条件とし、障害のある人のために創設された慈善 団体の加入は禁止されている。障害当事者団体のみの介入は、イギリス障害者運動のエン パワーメントの開始だと指摘された(Drake 1996: 154-155)。また、BCODPは現行の福祉
サービス、差別に対する批判、ステレオタイプな否定的な意識に対する抵抗等の活動を行 うほかに、CILの活動を支援し、自立生活運動にも貢献してきた。
もう一つの共通の社会空間を形成したのは、イギリスの自立生活センターである。イギ リスの自立生活運動(IL運動)と自立生活センター(CIL)は当時のアメリカのIL運動 の影響を受けている。具体的には消費者主義、セルフヘルプ、脱医学モデル、セルフケア 等の価値形成が挙げられるが、イギリス独自の社会、経済、文化の現状の背景にふさわし く展開してきた。最初に創設された二つの自立生活センターにはUPIASのメンバーが関 与しており、UPIAS の運動の流れを引き継いでいるが、活動内容や方針には異なる点も 見られる。
ハンプシャーの自立生活センターの設立の契機は、前に述べた障害者施設の入所者た ちが提起した「プロジェクト 81」という取り組みから始まっている。このプロジェクト は、自立生活を希望している者や、すでに自立生活をしている障害のある人を対象として 自立生活支援を供給するために、HCIL(Hampshire Coalition Disabled People)を設立した。
HCILの主な事業は、介助の供給と情報提供、アドボカシー、自立生活スキルの訓練等で ある。また、これらのサービスの提供とともに、地域を基盤としたサービスへのアクセス、
個別介助計画の支援等も行う。HCILの目的は障害のある人の地域での自立生活に関わる 直接的なサービスの供給である(Barnes et al. 1999: 148-149)。また、障害のある人が自分 の生活を自らコントロールすることと、HCILが強調する個別介助サービスの提供は、ア メリカ自立生活運動の消費者主義の影響を強く受けていたと指摘された(Oliver and Barnes 1990)。
一方、ダービーの自立生活センター設置を推進したのは、70 年代の半ばに、地域で自 立生活を送るために適切な情報提供サービスが必要となったために成立した「障害者情 報相談サービス(Disability Information and Advice Line: DIAL)である。1980年代に入る と、DIALは、単なる情報提供サービスではなく、当事者によって運営される組織が必要 であるとの認識に至り、まず「ダービー州障害者連合(Derbyshire Coalition Disabled People:
DCDP)を設立する。DCDPは7つの原則をもつ。それは、民主的な組織であること、精
神・知的も含むすべての障害のある人を対象とすること等が決められており、6番目は「自 立生活と地域に統合された生活を保障するサービスを提供すること」、7番目は「自らの 問題をコントロールすることを支援すること」となっている。この6、7番の原則を実現 するために24名のスタッフと124名のボランティアから組織されるダービー自立生活セ ンター(Derbyshire Center for Independent Living: DCIL)が1985年に設立された。センタ ーの主な業務は障害のある人の7つのニーズ、具体的には情報交流、カウンセリング、住 居、福祉機器、個別介助、交通・移動手段、アクセスに応えることであった(田中 2005: