第 6 章 中国における障害者運動の考察
3 自立生活の展望
3.2 今後の中国障害者運動の方向
のある人のための福祉制度もこうした福祉制度の理念のもとに派生したものである(杉 野 2007: 229-230)。
1990年代から、「介護の社会化」が提示され、これまでの障害者運動も「脱家族」を主 張した。日本の障害者運動において、親や施設による「被保護」の関係から、障害のある 人の主体性を取り戻し、障害への否定的態度から肯定的な意識への転換を図った。現在、
日本における障害のある人びとに対し、当事者の意志に基づく介助の提供が具現化して いる。
こうした福祉先進国の自立生活運動の歴史からの経験は、中国の障害者運動の発展に 示唆を提供するものである。特に戦前から続いている家族依存を中心とした日本の福祉 政策が、まさに現在の中国の福祉政策の実態である。今後の中国障害者運動が、「脱家族」
や「介護の社会化」を主題として取り上げ、運動を展開する必要があると考える。
3.2 今後の中国障害者運動の方向
祉水準は全体的に「補完的なもの」という特徴があり、障害者福祉も「適度」と示されて いるように、限られた福祉を提供するものである。中国での障害のある人びとは、当時の イギリスの「捨てられた人びと」の状況と違い、障害のことを徹底的に「社会が悪い」と いう二元対立の主張をしても、社会の広範な支持を得られるとは考えられない。さらに、
中国の障害当事者および家族ともども、障害に対する態度は「世間を避ける」、「障害によっ て恥を感じる」という意識がある(杜 2017)。つまり、障害のある人は自分自身に対して「常 識化された差別意識」が深く刻印されており、このような差別に抵抗することは困難であ る。それゆえ、「障害は社会によって作られる」というモデルのアイデンティティーを形 成することは、多くの障害のある人にとってハードルが高いと考える。
第4章の障害者権利擁護運動の課題の中で、中国政府の厳しい管理体制によって、障害 者運動の発展と継続が困難になるということを述べた。このような環境において、より広 範な支持を得るのは、障害者運動の発展にとって最も重要なことだと考える。現在の中国 での社会モデルの広がりは、主に社会に対して合理的配慮の提供を求めることを中心に 進んでいる。その中心となる戦略は、訴訟を通じて障害のある人の各権利を確立していく ことである。この点は、アメリカの1980年代以降の障害者権利擁護運動の戦術と一致し ている。また、上述した通り、アメリカにおける障害の社会モデル理論の代表的な人物で あるZolaが「普遍化モデル」を示し、「障害」は「健康」と連続的なものとして扱われ、
一部の人の属性ではなく、人間の普遍的な状態であることが提示された。さらに、高齢者 との政治的共闘を主張し、「障害」のための平等な機会や社会資源の要求は、「障害のあ る人」というマイノリティーのために闘うのではなく、世の中のすべての人のためのもの であると主張した(Bickenbach et al. 1999: 1182; 杉野 2007:65-66)。このような「普遍化 モデル」は、より広範な人と連携して、支持を得ることに効果があると考える。
中国における障害のある人びとは、長い間、身体的・心理的なリハビリテーション、職 業リハビリテーションのサービスを受け、また、時には様々な慈善に基づく活動やボラン ティアからの「善意」のケアを受けている。このような状況において、多くの障害のある 人は自己欺瞞に囚われ、本当の自分や本当の声を発見することが難しいと感じている(楊 2015: 109)。障害のある人は、「自らの力で心強く生きる」という社会スローガンのもと に生きており、障害による障壁を自分の力で克服することを認め、さらに社会的な評価を 得るために、健常者よりも努力をしなければならないという認識を持っている。そして、
努力しても現実の挫折を味わうことによって、このような支援の限界に気づくようにな った。このような現状は、Zolaの経験と似ているところがある。
中国のDPOは、障害のある人びとの各権利を主張して政策提言を行う際に、権利侵害 問題を指摘して専門家と協力して改善策としての提案書を提示する、という戦略を行っ
ている。政府と交渉する際に、「普遍性モデル」の理念に基づき、より多くの人をカバー することができるということを強調することは、政府が障害者権利擁護の展開を受け入 れやすくなるのではないかと考えられる。
このように、集団的意識の形成と政治的資源の獲得がまだできているとはいえない中 国障害者運動にとって、Oliverを代表とするイギリス社会モデルに従って徹底的に社会的 責任を主張する理念よりも、Zolaが提示した「普遍化モデル」の捉え方のほうが、中国の 障害者運動の発展に適合するのではないかと考える。
3.2.2 国際視点から国内の障害のある人のニーズに注目
中国障害者運動の課題に関する議論から、DPO は政府の厳しい制限により障害のある 人びとのニーズを主張できないという課題に直面していることがわかる。確かに制限さ れている社会環境は障害者権利主張の発展の妨げになると想像できる。
アメリカ、イギリス、日本の障害者運動史から、長期的な権利擁護活動を持続させるた めに必要であるのは、政府からの資金援助を得てサービスの提供をすることである。中国 社会の底辺における障害のある人びとのニーズに近いサービスの提供を通じて、相互交 流の場が形成され、それによって障害のある人びとの権利意識の確立や、ネットワークの 形成、そしてDPOに対する支持と理解を促進することができる。事業体と運動体を統合 している日本の自立生活センターや、イギリスのUPIASのように行政や専門家と対立す る運動を行うものとは異なる障害者団体 SIA が、セルフグループとして障害のある人の ニーズに基づき、サービスを提供することに努めていたという事例は、この成功モデルを 示している。
中国における障害のある人びとは、格差が非常に大きい社会で暮らしている。こうした 社会環境においては、障害者間の格差も大きくなる。例えば、都市部と農村部のそれぞれ の社会保障政策による格差、農村部や地方の合理的配慮の提供に対する認識の低さ、若年 障害者と高齢障害者の教育水準の格差等によって、同じく障害を持っていても、置かれて いる環境は全く異なる。そのため、中国における障害のある人びとのニーズは、人によっ て非常に異なっており、共通点を見つけることは難しいと考える。この点は国際社会の状 況と異なると言える。
政府主導の連合会に対し、今後どのように協力しながら、障害のある人の権利を保障で きるのかを探ることも必要である。DPO はこれまで国際社会の影響を受けて、様々な形 式で権利擁護運動を行ったが、今後は国内の特有な状況に焦点を当てて、障害のある人び とのニーズの把握、特に発達していない地方や農村部における障害のある人びとのニー
ズに触れることを期待している。また、障害者連合会が提供している保障サービスでは満 たされていない障害のある人のニーズに注目すべきである。
以上を踏まえると、今後の障害者運動は、国際社会の影響下に留まるよりも、国内の障 害のある人びとの多様なニーズを満たすことのできるサービスの提供を通じて、障害の ある人びとの共通のニーズを把握し、中国の社会環境に適する権利擁護運動を行うこと が重要であると考えられる。
3.2.3 介助保障制度の充実を求める
第4章の調査結果によると、自立生活項目の実施状況は、講義、ピアないしカウンセリ ング、集団活動、自立生活体験等の形式を通じて、障害のある人びとへのエンパワーメン ト支援に焦点を当てて行われている。また、社会へのアクセス行動や、障害のない人びと への交流活動を通じて、障害意識の転換を確認することができる。一方、要介助者程度の 障害のある人びとの参加が見られず、現在の自立生活項目は技能訓練やエンパワーメン ト支援を通じて自立して生活することが可能な人が大多数である。また、「一加一」の担 当者へのインタビューから、自立生活の重要性を認識したことが確認できるが、それに関 連するニーズに満たすためのサービス提供と要求運動の展開はいまだ見られない。
第 2 章の中国の実態から、中国の介助制度がまだ十分に整備されていないことがわか る。介助サービスの対象者は知的、精神、重度障害のある人を対象とするものであり、中 軽度の障害を持っている人びとは、公的介助サービスを利用することができない状態に ある。さらに、最低限生活保障の基準を少しでも上回る収入がある障害のある人びとは、
介助が必要となったとしても、政府からの援助を受給することができない。現在の介助形 式は相変わらず主に親族によって提供されている。政府主導の介助施設である「陽光家園」
は、専門性を持っている障害者団体の参与が少なく、障害のある人のニーズに相応しいサ ービスを提供するという点で疑問を持たざるを得ない。要するに、現在の介助サービスを 利用できる対象者は、非常に狭い範囲に限定され、障害のある人びとのニーズを満たして いないと考えられる。
そのため、現在はほとんどの障害のある人は、介助サービスを利用できず、家族に頼っ て暮らしている。「自立」に対する観念は、まだ身辺的自立や経済的自立に注目するもの であり、障害のある人びとの自立生活に対するイメージは「他人に頼らず、自らの力で生 活できる」というものである。国際社会の影響を受けたDPOは、中国社会に自立生活の 理念を提示して、「自己決定権」の意識が生まれたたが、一部の要介助者ではない障害の ある人の間で実践されているに過ぎず、自立生活理念の最も重要な部分の一つである重 度障害を持っている人でも自立できるということは無視されてしまった。