第 5 章 非当事者団体による権利擁護運動
2 障害者家族による権利擁護運動
2.1 「融愛融楽」知的障害者家族組織の形成
中国において知的障害のある人の権利擁護運動は、家族による運動が多数を占めてい る。政府は知的障害や、発達障害のある人へのリハビリテーション施設やサービス提供団 体をあまり重視していないので、早期からこれらの人の親たちは自らの社会資源を通じ て、多くのサービス提供団体を立ち上げた。しかしながら、権利保障に関連する活動は行 われてこなかった。
「融愛融楽知的障害者親の会」(以下は「融愛融楽」と略す)は、知的障害者の親が共 同で資金を供出し、2012 年に政府に正式に登記した団体である。「融愛融楽」という家 族組織は、知的障害の人の権利主張に努める初めての団体である。筆者は2017年8月に 団体の管理者にインタビュー調査を行った。一方、創設者の王晓更は2017年にガンで死 亡した。その前に、彼女に対するインタビュー報道が多く行われ、一部のストーリーが「融 愛融楽」の公式サイトやソーシャル・メディアで公開された。本稿では、これらの報道に よる事例データや内部資料に基づき、「融愛融楽」の創設経緯や重要な展開事情を述べる。
創設者である王晓更は、知的障害のある子どもの母親であり、家族連合を設立する前に アメリカに5年間住んでいた。彼女は子どもを連れて帰国した後に、中国とアメリカの知 的障害のある人の異なる生活状態と権利保障状況をしみじみと痛感しており、「中国に帰 ってから、周りの人は彼の世話をするだけでいいと思い、成長や開発なんか誰も重視しな い1」という彼女の嘆きから当時の状況がよくわかる。以下は中国主流メディア「凤凰网」
に所属する「大風号」によるインタビュー報道2に基づき記述された内容である。
「アメリカに行った最初の頃に、王晓更は「恥」のために、障害のある子どもの親であ ることをあえて認めなかったが、その後、中国より障害のある人に対する差別が少ないこ とに感動した。彼女の息子が当地の専門家からの評価を受け、どの学校に行くか、どのよ うな支援が必要であるのかを含む一連の個人教育計画を作成した。そして、1,800人の生 徒がいる学校の、「Learning to Live Independently」と呼ばれる特別支援クラスに配属され、
彼の個々のニーズに合わせてレッスンを調整し、さらに就職への接続のための訓練がな されていた。これは中国の状況と大きく異なっている」。
「レッスン以外の時間で、彼は普通の子どもと同様に扱われ、Best Buddiesという部活の おかげで、友達もできた。一緒に映画を見たり、ゲームをしたり、この年齢の子どもの生 活とほぼ違いはない感じがある。このような環境の中で、彼も独立した判断意識を持ち始 めた」。
上記の話から、この一連の社会環境の変化の影響で、息子の生活状態が改善され、平等 に扱われることによって、王晓更が障害に対する態度を変えたことがわかる。以前は、障 害のある子どもの親であることを「恥」と考え、中国の多くの親と同じ障害観を持ってい た。このような障害観は、筆者による「現代中国における障害者観 一障害当事者と非当 事者の聞き取り調査から」の中でも言及した。そして、アメリカでの生活経験を通じて、
彼女は社会が障害のある人にどのような影響を与えるのか、障害を持っていても人間と しての権利を保障すべきであることを認識するようになった。
2010 年に中国に戻った後、王晓更は中国の知的障害・発達障害のある人の権利保障状 況を改善することを決意した。その後、障害者連合会第5回の副会長と、「亦能亦行」知 的障害研究所の常務理事の張巍の支援のもとに、15 人の親と北京「亦能亦行」知的障害 研究所に集まり、アメリカの「Best Buddies3」と「keen4」の活動をモデルとし、カルチャ ーとスポーツを融合したレジャー活動を実施した。このような活動の実施のほか、障害者 家族の観点を変えることに努めていた。
また、このプロジェクトを通じて、多くの障害のある人びとと親が集まることができた。
その中に、現在「融愛融楽」の理事長の李俊峰がいる。彼はもともと上場IT企業の共同 設立者なので、豊かな企業管理の経験を持っている。彼は知的障害のある人の権利擁護を 主張することに惹かれ、「融愛融楽」に参加した。彼が加入した後、専門的なガバナンス が組織に注入され、2014 年に民間の非営利組織として政府に登録し、障害者家族メンバ ーを意識決定の業務に配置し、具体的な実行は専門家たちによって行うという形式で展 開された。2015 年に李俊峰の紹介を通じて、国際障害者支援プログラムの元役員である 李紅が融愛融楽に加入した。そして2016年に国際公益学院と協力し、5年間で30人の障 害者家族に専門的な訓練を受けさせた。また、李紅も自らのネットワークを活用して多く の専門人材を募集した。このように草の根の組織として始まり、今や一定の規模にまで成 長した。
そして、王晓更は2014年に広州「扬爱特殊孩子家长俱乐部」という地方の家族組織を はじめ、全国における17の知的障害者家族組織と連携して、全国の知的障害者家族連盟 を立ち上げた。このように、知的障害のある人の権利擁護を主張し、彼らの社会生活の支 援を促進することを目的とする連盟が形成され、2018年までに 120つ以上の家族組織が 加入した。
「私達は、人がもつ障害そのものより、差別や偏見が本当の障害であると信じています。
我々は差別や偏見をなくすため、社会的インクルージョンを促進し、人びとの意識とモラ ル向上を図り、国の施策の充実化や障害者権利の保障を求めます。そして、障害があるこ
とをありのままに受け入れられる社会、そうした共生社会に力を発揮できるよう、応援し ていきたいです5」。
差別意識を変えるために、「融愛融楽」は2016年から家族にエンパワーメント支援を
行い、さらに、この過程の中で権利意識の理解が高い人とネットワークを作り、今後の障 害者家族リーダーを成長させるように努める。また、知的障害のある人への偏見を変える ため、宣伝活動により、積極的にボランティア活動を行って、彼らに接触することを通じ て偏見を改善することに力を入れている。
2.2 就労支援の促進
2011年に、王晓更は再びアメリカに行き、9つ以上の障害者支援組織を訪問した。そし
て2013年に、知的障害のある人も一般の職場で働くことを実現するために、アメリカで
「Supported Employment」として制度化されたジョブコーチの支援サービスを中国に導入 することを決めた。ジョブコーチの支援サービスは日本でも1980年代末の頃から始まり、
現在では既にジョブコーチの支援制度が体系的に形成されている。一方、このような支援 方法は中国では初めて出現したものである。
「この支援サービスを通じて、知的障害のある人でも仕事ができ、社会の負担ではない ことを示したいのです。私たちが求めるものは、この支援サービスを通じて障害のある人 と社会のつながりを作って、障害のない人と同様な権利を持つことです6」
上記の理念に基づき、「融愛融楽」はジョブコーチに対する養成研修を行い、障害のあ る人の全体状況を評価し、就職のためのトレーニングを行い、各々の人の特性に基づき適 切な仕事を開発する。そして、合意が達成されたら、「融愛融楽」からのジョブコーチが 状況に応じて職場に配置される。2017年末までに8人の常勤者がおり、合計41人の障害 のある人の就職を支援し、そのうち34人が正式な労働契約を結ぶことができ、23人が1 年以上雇用されている。
このような就職支援のサービスを普及させるために、「融愛融楽」は研究家と連携して 政府に支援型就業を制度化することを提言した。また、この時期に国際労働機関の人が
「知的障害者協力会7」にこの就職支援の理念を紹介し、2014年から2016年の間に 7つ の地域でモデルとして推進され、480名のジョブコーチを育成したが、その後、ジョブコ ーチの仕事を継続する人は100人不足になってしまった8。そして、「融愛融楽」は2013
年から知的障害者協力会、国際労働機関と協力し、ようやく政府主導の障害者連合会から 公布された「第十三回五年計画における障害者事業開発」という条例の中に、支持型就業 が今後の開発計画に含まれ、2020年までに2500人のジョブコーチを育成することを目標 とすることとなった。また、広東省政府により2019年の「広東省障害者就業方法」の第 19 条の中で、「各地区は知的・精神障害者のための支持型就業の展開を促進すべき」と いう政策が公布された。これは中国の民間組織の絶え間ない権利主張活動、政策提言によ って、従来の就業形式を打ち破り、政府の条例に影響を与えた貴重な事例と考えることが できる。
2.3 地方の家族組織による融合教育の促進
上に述べた「融愛融楽」と連携して全国知的障害者家族の連盟を築く広州市「扬愛特殊 孩子家长倶楽部(Guangzhou Yangai Association for Parents of Children with Special Needs)」
という地方の家族組織は、広州市の障害者家族に対する権利意識の発揚と一連のサポー トを提供し、それによって広州市の障害者教育方針を変え、インクルーシブ教育の促進に 成功した。
この組織は最初、1997年にイギリスの臨床心理学博士Reginald Brian Stratfordと彼の妻
(特別教育支援の専門家)によって創設されたものである。1996 年に彼は広東省母子保 健病院の知的障害のリハビリテーションの部門に招待され、数多くの知的障害のある子 どもと家族に接触した後、当時働いていた保健病院に家族支援組織を中国で導入するこ とを提唱し、そしてこの「家族倶楽部」が成立した。当時の設立費用と運営費用はほとん ど香港と海外の国々の支援によって成り立った9。そして 2003 年に政府に正式に登録さ れ、現在の理事会は9人で、そのうち2人は専門家であり、7人は知的障害者家族である。
「扬愛」は個別のニーズを持っている子どもの教育支援を提供する「融愛行・特殊子ど もの随班就読支援計画」というインクルーシブ教育を提唱する権利擁護プロジェクトを 行う。政策提言を行うため、「扬愛」組織は特別な戦略を使用する。Zhang Chao(2017)
がこの組織がどのように広州市のインクルーシブ教育を促進していたのかについての過 程を述べた。まず、障害のある子どもの親に対する権利意識を育成し、特に「一加一」が 整理した権利条約の核心理念や具体的な内容を通じて、家族が権利保障意識の重要性と 必要性に気づいた。また、ソーシャルワーカーは障害のある人の教育問題に関する法律と 政策を家族に伝えており、それが家族の集団と権利擁護の主張の形成に役割を果たした。
そして、組織のリーダーは一部の地元教育専門家と連携して、障害者家族に対する調査を 通じて、改善意見に関するデータを収集して政府に提示し、法律政策に基づく合理的な権