第 2 章 :先行研究
2 先行研究
2.6 陳・松本(2018)による「コンストラクション形態論」と「フレーム意味論」26
最後に、陳・松本(2018)について述べる。陳・松本(2018)は、複合動詞が全体 的な性質を持つとする研究の中で、最も新しいものである。陳・松本(2018)では、
「コンストラクション(構文)形態論」(Booij 2013)4と「フレーム意味論」(Fillmore
1977、1985など)という二つの補間性のある理論枠組みを用い、語彙的複合動詞の語
形成を捉え直そうとされている。この背景には、従来で言う複合動詞が意味する、手 段、様態、原因などの意味関係は、構成要素の意味に含まれていないにもかかわらず、
複合動詞の意味として現れる理由を説明しなければならないという課題が存在する。
また、意味構造によるアプローチにおいて、特にLCS のような道具立ては、限定的な 意味要素しか含まれておらず、複合動詞の意味記述には不完全である、という問題が 考えられるためである。コンストラクション形態論は前者、フレーム意味論は後者の 問題を解決しようとしている。以下では、この二つのアプローチをそれぞれ紹介する。
4 ここでのコンストラクションと構文は同一の概念を指す。
27
まず、コンストラクション形態論を説明する。陳・松本(2018:73)によれば、コ ンストラクション形態論では、個々の動詞は形式と意味のペアリングとしてレキシコ ンに登録されていると考えられている5。また、複数の複合動詞に共通するパターンは、
スキーマとしてのコンストラクションを成すと考えるという。たとえば、陳・松本(2018)
は、複合動詞「切り倒す」のコンストラクションと手段型を表す複合動詞のスキーマ を次の(12)と(13)のように示している。
(12) 「切り倒す」:[[切り]V+[倒す]V] ⇔[倒すBY切る]
(13) 手段型複合動詞のスキーマ:[Vi-Vj] ⇔[Ej-CAUS.CHG BY Ei-AGT]
陳・松本(2018:73)
(12)は個別である複合動詞のコンストラクションを表している。この場合、「切り 倒す」は、[[切り]V+[倒す]V]の形式を取り、[倒す BY 切る]ということを意味する。
(13)はスキーマとしてのコンストラクションを成している。 ここでの[Vi-Vj]は、形 式であり、 [Ej-CAUS.CHG BY Ei-AGT]は意味である。具体的には、V1(Vi)の事象である Ei
(E1)が「動作主的な事象」(Ei-AGT)、V2(Vj)の事象である Ej(E2)が「使役状態変 化の事象」(Ej-CAUS.CHG)を表している。複合動詞全体は、[Ej BY Ei]という「手段-目的」
のコンストラクション的意味として解釈される。陳・松本(2018)による手段型以外 の複合動詞は、その概要を次の表2にまとめる。
表2:陳・松本(2018)による語彙的複合動詞の分類
V1とV2の意 味関係
スキーマとしてのコン ストラクション
コンストラクション的 意味
E1とE2の 時 間 的 関 係
語例
原因型 [Vi ‐ Vj-INT]↔[Ej-CHG
BECAUSE Ei]
V1した結果V2 E1≧E2 崩れ落ちる、
立ち上がる
手段型 [Vi - TR ‐ Vj-INT]↔
[Ej-CAUS.CHA BY Ei-AGT]
V1することによってV2 E1≧E2 打ち壊す、
拾い上げる 前段階型 V1したうえで、V2 E1≒E2 割り入れる、
混ぜ入れる
背景型 [Vi‐Vj]V↔[Ej-CHG WITH
THE BACKGROUND OF Ei]
V1 する際に V2/V1 す べき状況でV2
聞き逃す、
売れ残る
様態型 [Vi-INT‐Vj-INT]V↔[Ej IN
THE MANNER OF Ei]
V1が様態、V2が主体移 動
E1=E2 舞い落ちる。
転がり落ちる 付帯事象型 [Vi ‐ Vj]V↔[Ej WITH
THE CIRCUMSTANCE OF Ei]
V1しながらV2 E1=E2 持ち歩く、
すすり泣く
5 レキシコンは、「心的の辞書」と呼ばれることもあるが、我々の脳内にある辞書のことを
指す。
28 比喩的様態 [Vi‐Vj]V↔[Ej AS IF
Ei]/ [Ei AS IF Ej]
V2のようにV1、V1のよ うにV2
E1=E2 咲き誇る、
盗み聞く 同一事象型 [Vi‐Vj]V↔[Ei≒Ej] V1 と V2 と意味的に類
似する
E1=E2 飛び跳ねる
消え失せる
事象対象型 V1することをV2 出し惜しむ、
伸び悩む 派生型 [Vi‐Vj]V↔[Ej←CAUSAL
RELATION-Ei](SUBi≠j
打ち上がる、
舞い上げる
V1希薄型 打ち沈む、ぶ
ったまげる V2補助型 V2がV1を補助する 見上げる、生
まれ合わせる 不透明型 V1 が V2 の意味役割が
認識できない
取り締まる
以上、陳・松本(2018)では、コンストラクション形態論の枠組みを利用し、複合 動詞を構成要素の単純な総合ではなく、構成要素に還元できない意味を有するまとま りの複合体として捉えている6。これにより、複合動詞の意味解釈において、構成要素 にない意味がなぜ存在するのかという問題が説明される。このような発想は、石井
(2007a)と影山(2002、2013)の考えと軌を一にしていると言える。
続いて、フレーム意味論を説明する。陳・松本(2018:51)によれば、フレームと は、ある概念を理解するために必要な背景情報を含む図式化された知識構造であると いう。この概念を動詞に適用させて考えると、一つの動詞が表わす意味が動作行為に 関連する様々な事象によって構成されることになる。動作行為に関連する事象の中に は動作の様態、結果、手段、原因、前提的背景、目的など様々な要素があげられる。
陳・松本(2018:53-58)では、これらの要素を「フレーム要素」と呼んでいる。また、
V1とV2によって形成される複合動詞は、V1とV2が表わす中心事象のフレーム要素が 一致する必要があると主張する。これに基づき、陳・松本(2018:151)では、「叩き 壊す」が言えて、「*撫で壊す」が言えないという複合動詞の適格性の問題を以下のよ うにまとめられる。
「叩く」の目的として様々な事象が含まれるが、V2「壊す」の中心事象と一致する ことが可能であるため、意味的一致になる。また、「壊す」の「手段」として様々な事 象が含まれるが、V1「叩く」の中心事象と一致することが可能であるため、意味的一 致になる。このように、「叩き壊す」のV1とV2 には意味的な整合性がみられるため、
複合動詞として形成可能となる。一方、「撫でる」の動作の目的には対象物を破壊する
6 ここでいう構成要素にない意味は、たとえば、(12)におけるBYのことを指す。
29
という意味が含意されておらず、V2と意味的な一致にならない。そのため、複合動詞 として形成されないということになる7。
以上、陳・松本(2018)を見てきた。陳・松本(2018)は、従来で言う「様態」、「原 因」、「手段」などの意味をコンストラクション的意味と考えていることから、非合成 的な立場である。また、陳・松本(2018)は、複合動詞の語形成の組み合わせの制約 をより豊かな意味レベルで議論していることが分かる。
3 まとめ