第 6 章 :有方向移動事象を表す複合動詞の生産性
第 3 部 の序
第2 部では、本論における移動事象を表す複合動詞の意味制約とその表示モデル、
及び表示モデルに基づいた複合動詞の生産性の問題を見てきた。とりわけ、複合的な 移動事象の言語形成を取り上げ、V1 と V2 が一つの事象構造に対して、どのようにそ れぞれの語彙的意味を代入するかによって、複合動詞形成の仕方に違いが生じるとい うことの説明と、その理論枠組みを提示した。また、その際に、構成要素であるV1と V2の整合性が重要であることも述べた。ただし、第2部では、複合動詞が表す事象的 側面を中心に述べてきた分、個別の複合動詞における語彙的意味を深く考察すること ができなかった。この不足を補うために、第3 部では事象的側面に加え、複合動詞に 関わる様々な言語現象に対し、構成要素が持つ個別の語彙的意味の説明を行っていく。
具体的には、第7章で、「舞い上がる」と「舞い上げる」のような自他両形が共に存 在する複合動詞の語形成を述べる。ここでは、「放り上げる」と「*放り上がる」のペ アと「舞い落ちる」と「*舞い落す」のペアとを対照しながら、「舞い上がる」と「舞 い上げる」にのみ自他の対応が可能である問題を論じ、V1における方向性の含意とV1 とV2に見られる整合性がその結果に影響していることを指摘する。第8章では、「舞 い込む」の多義性を論じる。ここでは、V1による補充の仕方と経路のあり方が複合動 詞の多義性と関わっていることを論じる。V1 による補充の仕方は語彙的意味であり、
経路のあり方は事象的意味と理解されることを指摘する。第9 章では、類義語である
「浮き出る」と「浮かび出る」の違いについて述べる。ここでは、類義語である二つ の複合動詞を区別するために、移動事象における臨界点の意味合いが必要となること を指摘する。さらに、これらの考察を通して、複合動詞が有する言語現象とその意味 記述を正確に行うためには、構成要素における個別の語彙的意味と移動事象に関わる 様々な意味要素の両面を論じる必要があることを提示する。まず、以下では、そうし
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た意味記述を行うために、第2部の表示モデルに基づき、第3部で使用する表示モデ ルを提示しておく。
(1) 彼は二階に駆け上がった。
V2「上がる」の語彙的意味
V-[xi MOVE<MANNER>[Path]BECOME[xi BE AT- UPWARD PLACE]]
V1「駆ける」の語彙的意味
(2) 彼は二階に駆け上がった。
V2 xi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pk]BECOME[xi BE AT- UPWARD PLACE]
V1 xi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pn…]
(1)と(2)はともに有方向移動事象を有する複合動詞の表示モデルであるが、第 三部で、(1)の表示モデルに加え、(2)の表示モデルも使用する。(2)は、V1 と V2 の間に存在する整合性の詳細をより直観的に観察できるように特化した表示モデルで あると言える。(2)の見方を(1)と関連づけて、例文をもとに以下の通りに説明する。
まず、「駆け上がる」の場合、「主語一致の原則」により、V1 と V2 は同一の主語を 取る必要がある。(2)では、V1 と V2 の動作主の同定は、同一指標である下付きの i によって示している。また、(1)における意味要素のPathについて、影山(2010:101)
に倣い、(2)ではP1<P2<…Pn…Pk のように表示している。これは、氏によれば、起点か ら、中間経路を経て、着点までの移動を P1<P2<…Pn… <Pkによって表すことができるか らという。このような表示法を取ることにより、(1)のPathだけでは表しきれない詳 細な位置情報が表示できるようになると考える。具体的に言うと、ここでのP1は起点 に対応する一地点を表し、Pnは中間経路にある一地点を表し、Pkは着点に対応する一 地点を表す。不等号の<を用いることで、起点から着点までの一連の移動が表される。
ただし、影山(2010)によるこの表示法は、空間移動の諸概念をうまく表現できると は限らないため、異なる移動事象における経路の規定法は、より緻密に規定すること が必要である。これは、各章で述べることにする。
続いて、(1)ではV1が有方向移動事象の事象構造におけるMANNERを補充すること が見て取れる。このような様態補充は、V2 によって代入された語彙的意味である AT
UPWARD PLACEについても規定する必要がある。この二点は、(2)の表示モデルで、次
のように反映されている。(2)では、様態補充が双方向の矢印によって表示されてい る。これは、V1 と V2 の様態が整合的でなければ、移動事象が形成できないというこ とを表す。また、V1「駆ける」の動作方向は、P1<P2<…Pn…によって表される。ここで のP1は下方向の一地点を表し、Pnは上方向の一地点を表す。「*二階に駆ける」が言え ないように、「駆ける」は着点を含意しないため、Pnの後ろに点線が続く。そして、V1
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の方向性は V2の経路 P1<P2<…Pkと同定されることで、方向性の一致が示される。これ は(2)の点線で囲んだ部分によって示されている。さらに、点線で囲んだ上方向への 移動部分が最終的に結果事象のAT- UPWARD PLACEまで規定する必要がある。このこと は、(2)における点線の矢印によって表されている。
以上、(1)の事象構造に基づき、経路の詳述とV1とV2による整合性をより詳細に 規定したものが(2)となっている。第三部では、分析に際し、(2)の表示モデルも加 え、個別の複合動詞に見られる言語現象を考察していく。
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