第 5 章 :使役移動事象を表す複合動詞の生産性
3 移動動詞の事象構造と生産性の問題
3.1 使役移動事象を表す複合動詞の生産性(第一の問題)
この節では、(3)の事象構造を用いて、第一の問題を説明する。特にほかの移動事 象と比べ、V2が使役移動を表す複合動詞の生産性が高い理由は、本論での考え方を提 示する。
表1 から分かるように、移動事象を表す複合動詞の中で、移動様態動詞、あるいは 位置変化動詞が V2 になる場合は、複合動詞としての生産性が低い。移動様態動詞が V2 になる例は、「飲み歩く」、「散り急ぐ」、「群れ飛ぶ」などがあげられる。位置変化 動詞がV2になる例は「茹でこぼれる」、「突き当たる」、「行き止まる」などがあげられ る。一方、有方向移動動詞、あるいは本論で扱っている使役移動動詞がV2になる場合 は、複合動詞としての生産性が高い。有方向移動動詞がV2になる例は、「持ち帰る」、
「駆け戻る」、「舞い上がる」などがあげられる。この現象は第4 章で述べた移動事象 を表す複合動詞の事象構造と関連付けて、次のように説明される。
「歩く」などのような移動様態動詞は、客体を含意する上位事象を持たず、かつ、
「*駅に歩いた」が非文であるように、着点が指し示す結果状態も持たない。また、「(水 滴がテーブルに)こぼれる」のような位置変化動詞はBECOMEによる結果状態という下 位事象のみを持つ。影山(2002:37)が言うように日本語の複合動詞の意味構造が、
V2の「概念構造(意味構造)」の副次成分または項の位置にV1の意味構造を補充する という方法で成り立つのであれば、この二タイプの複合動詞の合成においては、その 事象構造で、V1による補充の位置が少ない。そのため、V1とV2の合成によって作ら れる複合動詞として生産性が低いのだと思われる3。
一方、「(家に)帰る/戻る」のような有方向移動動詞の場合、移動 MOVEによる着点 と共起することが可能である。そのため、対応する意味構造上では、推移のBECOMEに よる結果状態も持つ。使役移動動詞の場合、意味構造上では、最大範囲を持つ。この 二タイプの複合動詞の合成においては、V1 による補充の位置が V2 の事象構造に用意 されているため、生産性が高いと言える。また、使役移動動詞は有方向移動動詞に比 べ、(3)におけるCAUSE以前の上位事象も有する。V1による補充の位置が最も多くあ ることから、複合動詞としての生産性が最も高いのだと思われる。
以上、移動事象を表す複合動詞の事象構造と生産性の現象は、ある程度相関してい
3 移動様態動詞を、再帰的な使役移動と分析する立場がある(影山・由本1997:154参照)。 その場合、その意味構造は[x ACT ON x]CAUSE[x MOVE<Manner>]と表記される。ただし、再 帰的な上位事象がV2にあっても、V1による補充は難しい。たとえば、「新宿でお酒を飲み 歩く」の場合、V1「飲む」はLCS2の上位事象を補充することがなく、下位事象のMOVEに
おけるMannerを補充することとなる。
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ることが見て取れる4。特に V2 が使役移動動詞の場合、その事象構造上における補充 の位置が最も多くあることから、複合動詞の生産性が最も高いのだと思われることに ついて述べた。ただし、事象構造から表1 における異なったタイプの移動動詞による 複合動詞の生産性の問題がある程度説明されても、第二の問題に対しては回答できな い。これについて次節で述べる。
3.2 三種類の使役移動動詞の事象構造と生産性(第二の問題)
3.2.1 開始時起動型の複合動詞
まず、(2a)のような開始時起動型の複合動詞について見る。開始時起動型の使役者 は移動せず、移動物に対する使役作用は移動開始時にのみ存在する。この際、移動物 の移動範囲は制限されない。このような特徴を持つ複合動詞はV1との関係から、さら に三種類に分かれる。まず、そのうちの二種類について考察するために、次の(4)と
(5)の複合動詞を見る5。
(4) 彼はボールをバスケットに投げ入れた。
(5) 先生は喧嘩した生徒たちを(職員室に)呼び出した。
(4)の「彼」は「ボール」に対する使役作用に関して、「ボール」が移動する開始 時にのみ関わる。V1「投げる」は「ボール」が移動し始めてからはもはや作用しない。
(4)と類似する用例はそのほかに、「撒き散らす」、「切り倒す」、「削り落とす」など があげられる。また、使役者と移動物が接触しなくても、使役作用が移動の開始時で のみ成立する場合もある。(5)がそうである。(5)の「先生」における「生徒」に対 する使役作用も、「生徒」が移動する開始時にのみ関わる。また、(5)をみると分かる ように、着点に対応する名詞句は必須ではない。(5)と類似する複合動詞は、そのほ かに「誘い出す」、「呼び入れる」、「招き寄せる」などが例としてあげられる。さらに、
(4)と(5)とは別に、次の(6)もこのタイプに属している。
(6) 風が屋根を吹き飛ばした。
4 事象構造を用いた生産性への分析は、あくまで基本的な傾向を示すものである。これは、
非生産的である移動様態動詞の中で、「~歩く」のような複合動詞が生産的であり、また、
使役移動動詞の中で、「~上げる」と対照的に「~下げる」の複合動詞が非生産的である、
というような現象がみられるからである。これらの問題は語形成における個々の現象と捉 えるべきである
5 本論では、(4)と(5)における使役移動はいずれもV2によると考える。(4)について は、「ボールをバスケットに入れた」が言えるように特に問題ない。ただし、(5)について は、「生徒たちを呼ぶ」が言えて、「*生徒たちを出す」が言えない。このことから、(4)と
(5)は一見異なるように思われる。この違いについて、本章では次のように考える。たと え、「生徒たちを職員室に呼んだ」という文が成立しても、「生徒たちを職員室に呼んだけ ど、誰も来なかった」のように、必ずしも生徒たちが移動を行ったとは言えない。一方,
「出す」については、松本(2009:189)が「呼び出す」、「誘い出す」、「召し出す」、「駆り 出す」があるように、そのいずれも使役移動を表していると指摘している。松本(2009)
であげた例については、V1は移動事象を表さないため、複合動詞が意味する移動はV2の
「出す」によると考えられる。よって、(4)と(5)が表す使役移動は同じくV2による点 で同じタイプの使役移動の複合動詞として扱える。
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(6)は着点を取り除いた(4)と類似するようにみえるが、次の点で区別される。
「ボールを投げる/入れる」のように、(4)の移動物はV1とV2に共通する項である。
一方、「屋根を*吹く/飛ばす」から分かるように、(6)の移動物はV2の項のみとなる。
この場合、複合動詞のV1 は単なる活動を表している。(6)のほかに、「銃弾を跳ね返 した」や「セミを木から振り落とした」などが例としてあげられる。以上の考察を踏 まえ、開始時起動型の複合動詞の事象構造を次の(7)のように示すことができる。
(7) V-[[x ACT<MANNER>ON y]CAUSE[y MOVE [Path]]BECOME[y BE AT-z/AT-place]]]
V1
(7)は基本的に(3)と同様である。ただし、第2 節で述べたように、使役移動事象
の下位分類と生産性の問題は、どちらかと言うと、V1と密接に関わっている。そのた め、ここでは V2 による語彙的意味の添加という表示を省くことにする6。また、本章 以降では、その他のタイプの使役移動を表す複合動詞の事象構造も基本的に(7)と同 様の表示法を採用する。(7)に対する説明は次のように考える。
(4)~(6)の意味解釈から、V1 は使役移動の事象構造における様態成分 MANNER を補充することになる。そして、(4)と(5)のV1はV2と同一の移動物を項として取 る必要がある。この場合、V1の項はV2のy項と同定される必要がある。ただし、(6)
から分かるように、V1はV2のy項をとらない場合もある。そのため、y項に対する同 定の仕方について、(7)では点線の矢印を使って随意であることを示す。
さらに、開始時起動型の複合動詞における着点は項として要請されない場合もある ため、下位事象における結果状態を二者選択の[y BE AT-z/ AT-place]で表示する。
着点が項として具現化される場合、LCS2はz項を取る。要請されない場合、[y AT-place]
で表示する。
3.2.2 継続操作型の複合動詞
続いて、(2b)の継続操作型の複合動詞について見る。継続操作型の使役者は、身体 部位の一部における移動動作があっても、移動の期間中に移動物と一緒に移動するこ とはない。そして、使役者からの移動物に対する使役作用は移動の期間において継続 的である。このような特徴を持つものは次の(8)のような複合動詞があげられる。
(8) 私はレモンを紅茶に搾り入れた。
(8)では、使役者の「私」が移動物の「レモン(汁)」と一緒に移動することはな い。また、使役者による「絞る」という使役行為は「レモン(汁)」が「紅茶」に移動 する期間中にずっと継続しなければならない。そのため、移動物がV1の項として必然 的に要請される。また、(8)の場合、移動の着点が複合動詞の項として具現化される 必要もある。単に「?私はレモンを搾り入れた」とした場合は、文として不完全である。
6 V2による働き、すなわち、[y BE AT-z/AT-Place]の部分と生産性の問題に関しては、本 章の3.2.4節で触れることにする。