第 6 章 :有方向移動事象を表す複合動詞の生産性
4 異なるタイプの V1 を取る際の生産性の違い
本節では、有方向移動事象が異なるタイプのV1を取る際の事象構造を考える。この タイプのV2は、有方向移動事象に対し、事象的意味と結果事象に対する語彙的意味を 添加していることから、本章における第二の問題と直結していないように思われる。
したがって、以下では、基本的にV1による補充の仕方に注目し、動詞タイプごとに考 察していく。
4.1 V1が活動動詞である場合
まず、V1が活動動詞の場合について見る。V1が活動動詞の複合動詞は、次の(4)
と(5)のような用例があげられる。
(4) 彼は相手に突き掛かった。
(5) 砂埃が空に巻き上がった。
(4)の移動物は有生物であり、(5)は無生物である。そして、(4)は彼が突こうと して相手に向かっていくことを表しており、(5)は砂埃が巻きながら空に移動してい くことを表す。(4)の意味解釈から、V1は「突こうとする」と解釈され、V2の「掛か る」に対する様態の補充を成している。(5)の意味解釈から、V1は「巻きながら」と 解釈され、同様にV2の「上がる」に対する様態の補充を成している。複合動詞の語形 成はいずれも明瞭であると言える。V1が活動動詞であるこのような複合動詞の事象構 造を、次の(6)に示すことができる。
(6) V-[[x(y) MOVE<MANNER>[Path]]BECOME[x(y) (NOT)AT-z]]
V1の語彙的意味
(6)は基本的に(3)と同様であるが、(4)と(5)から分かるように、移動物は有 生物と無生物の両方を取ることが可能であることから、(6)では、移動物を表す変数
をx(y)と表示する。有生物の場合、xであり、無生物の場合、yである。また、(4)
と(5)の意味解釈から、V1 は上段の有方向移動の事象構造における MOVE の MANNER を補充することになる。
4.2 V1が移動様態動詞である場合
続いて、V1が移動様態動詞である場合について見る。V1が移動様態動詞の複合動詞 は、以下の(7)と(8)のような用例があげられる。
(7) 彼は屋根に這い上がった。
もかかわらず、複合動詞全体とする生産性は使役移動動詞に比べて低い。この点について は、前章で述べた事象構造における空所位置の多寡が要因として考えられる。
89 (8) 雪が空から舞い降りた。
(7)の移動物は有生物であり、(8)は無生物である。そして、(7)は彼が這うよう にして屋根に上がることを表しており、(8)は雪が舞いながら降りることを表す。(7)
と(8)の意味解釈から、V1はV2に対する移動の様態補充を成していると言える。こ こで、V1は移動様態動詞の場合、その語形成がV1活動動詞と同様に見える。しかし、
V1のV2に対する補充の仕方は、次の点で異なる。
(7)では複合動詞の意味する移動が「屋根に上がる」ことである。このような有方 向移動事象が成立するためには、V1が表す移動様態も上方向に向け、動作しなければ ならない。「這う」は単一動詞の場合、様々な方向に向けて移動することができるが、
(7)の複合動詞のV1になる際、上方向以外の方向で動作することが想定されにくい。
また、(8)では、複合動詞の意味する移動が「雪が降りる」ことであり、この場合も V1「舞う」が表す移動様態の方向性も下方向に合わせなければならない。これは「*
雪が舞い渡る」のような水平方向での移動を表すものが想定されないからである。
以上のことから、(7)と(8)におけるV1のいずれも、V2に対する移動の様態補充 を行いながら、V2における移動と同じ方向に向けて動作しなければならないというこ とが分かる。このような特徴は(4)と(5)に比べると分かるように、V1が活動動詞 である場合に見られないものである。以上の考察を踏まえ、V1が移動様態動詞である 複合動詞の事象構造を次の(9)のように示すことができる。
(9) V-[[x(y) MOVE<MANNERr>[Path]]BECOME[x(y) (NOT)AT-z]
V1の語彙的意味
(9)の移動物もx(y)と表示する。また、(7)と(8)の意味解釈から、V1は有方向 移動の事象構造におけるMOVEのMANNERを補充することになる5。これらの表示は(6)
と同様である。さらに、V1 は V2 と同じ方向に向けて動作することから、一定の方向 性を帯びることになる。方向性は事象構造上では経路のPathと同様に考えられる。し たがって、(9)では、V1 が上段の事象構造における MOVEのMANNER を補充するほか、
そのPathを規定する必要もある。
4.3 V1が有方向移動動詞である場合
本節では V1 が有方向移動動詞の場合について見る。V1 が有方向移動動詞である複 合動詞は、次の(10)の用例があげられる。
(10) a.彼はやっと目的地に行き着いた。
b.男は筏から離れ去った。
5 本稿におけるV1の有方向移動の事象構造に対するPathの補充を、Matsumoto(1996:277)
では「Coextensiveness Condition」と呼んでいる。例えば、「駆け上がる」のような複合 動詞においては、V1の移動様態がV2における移動の途中まで進行した場合、複合動詞の 意味表示が不完全となるため、複合動詞として容認されなくなる。
90
(10)を見ると分かるように、複合動詞の移動物は有生物が多い。V1 が有方向移動 動詞である複合動詞の中で、無生物による移動事象の語例はほとんど見られない。ま た、(10a)では私が身を動かすことで目的地に着くことを表しており、(10b)では男 が離れるようにして筏から移動していくことを表す。(10)の意味解釈から、V1 は有 方向移動事象の様態補充を成していることが分かる。
さらに、V1が有方向移動動詞の複合動詞は次の点において特徴的である。これは(10a)
では、「目的地に行く/着く」があるように、V1とV2は同じ着点を取るという点であ る。(10b)では「男は筏から離れる/去る」があるように、V1 と V2 は同じ起点を取 る。すなわち、V1が有方向移動動詞の場合、V1とV2は同一の経路上で移動しなけれ ばならない、ということである6。したがって、「*離れ着いた」あるいは「*行き去っ た」のような移動経路が異なる有方向移動動詞の組み合わせが不可能なのである7。以 上の考察を踏まえ、V1が有方向移動動詞の場合の複合動詞が表わす事象構造を次の(11)
のように示すことができる。
(11) V-[[x MOVE<MANNER>[Path]]BECOME[x (NOT)AT-z]
V1の語彙的意味
(10)から分かるように、複合動詞における移動物は有生物のみであることから、
ここでは(11)の変数を x で表示する。また、(10)の意味解釈から、V1 は有方向移 動事象のMOVEにおけるMANNERを補充することになる。さらに、V1とV2は同じ経路 を有しなければならない。着点までの移動経路は事象構造上において、Path と AT-z によって表示される。一方、起点から移動事象はPathとNOT AT-zによって表示され る。V1がV2と同じ経路を取ることから、(11)では、V1がMOVEのPathを補充するほ か、V2 の語彙的意味によって添加された AT-z の部分も規定する必要があることにな る。
4.4 V1が到達動詞である場合
最後に、V1が到達動詞の場合について見る。V1が到達動詞とする複合動詞は、以下 の(12)にあげられる。
(12) a.柱が地面に倒れ掛かった。
b.彼の姿が視界から消え去った。
(12)の移動物は無生物が多い。V1 が到達動詞とする複合動詞の中で、有生物によ る移動はほとんど見られない。ただし、例えば、「彼女が倒れ掛かった」のような用例 もあげられる。しかし、この場合の「彼女」は意図性がなく、意識を失った人と理解 されるため、有生物による意図的な移動と区別される。
6 経路の規定については、第1章の3.3節を参照されたい。
7 ここでの「*行き去る」におけるV1とV2は、「(着点に)行く」と「(起点から)去る」
の組み合わせを意味する。
91
また、(12a)では柱が倒れるようにして地面に向かっていくことを表しており、(12b)
では彼の姿が消えるようにして去っていくことを表す。(12)の意味解釈から、V1 は V2に対する移動の様態補充を成していることが分かる。
さらに、(12a)では「柱が地面に倒れる/掛かる」ことから、V1 と V2 が同じ着点 を取る。(12b)では、「彼の姿が視界から消える/去る」ことから、V1とV2が同じ起 点を取る。このことから、V1 と V2 における経路は同一でなければならない。このよ うな特徴は V1 が有方向移動動詞の場合と同様である。以上の考察を踏まえ、V1 が到 達動詞とする複合動詞の事象構造を次の(13)のように示すことができる。
(13) V-[[y MOVE<MANNER>[Path]]BECOME[y (NOT)AT-z]
V1の語彙的意味
(12)から分かるように複合動詞における移動物は原則的に無生物であることから、
(13)の変数をyと表示する。また、(12)の意味解釈から、V1 は事象構造の MOVE に
おけるMANNERを補充することになる。さらに、V1とV2が同じ経路でなければならな
いことから、(11)と同様にV1が上段の有方向移動事象のMOVEにおけるPathとAT-z の両方を補充することになる。
4.5 有方向移動事象を表す複合動詞の生産性
この節では、これまで提起した事象構造に基づき、異なる動詞タイプのV1を有する 有方向移動事象を表す複合動詞の生産性について説明を試みる。これまであげたそれ ぞれの事象構造を以下の通りに再掲する。
(14) V-[[x(y) MOVE<MANNER>[Path ]]BECOME[x(y) (NOT)AT-z]
V1の語彙的意味
(15) V-[[x(y) MOVE<MANNER>[Path]]BECOME[x(y) (NOT)AT-z]
V1の語彙的意味
(16) V-[[x MOVE<MANNER>[Path ]]BECOME[x (NOT)AT-z]
V1の語彙的意味
(17) V-[[y MOVE<MANNER>[Path]]BECOME[y (NOT)AT-z]
V1の語彙的意味
(14)はV1が活動動詞、(15)はV1が移動様態動詞、(16)はV1が有方向移動動詞、
(17)は V1 が到達動詞の事象構造である。この中で、V1 が活動動詞である複合動詞 が最も生産的であり、V1 が到達動詞である複合動詞が最も非生産的である。(14)か ら(17)の事象構造を比較していくと、次のようなことが言える。
まず、(14)ではV1による補充の箇所が一か所のみである。(15)では二か所があり、
(16)と(17)では三か所がある。次に、移動物のあり方について、(14)と(15)で はx(y)のような有生物と無生物の両方が可能である。一方、(16)は有生物のxで、
(17)は無生物のyになっている。