第 9 章 :移動事象を表す類義語の複合動詞
第 5 部
2 各部のまとめ
2.3 第 3 部のまとめ
第7 章では、自他両形を有する複合動詞、他動詞形か自動詞形かのどちらか一方し か存在しない複合動詞を考察の対象として、なぜ一部の複合動詞しか自他両形を有し ないのかという問題を考えた。考察を通し、「舞い上がる」と「舞い上げる」のような 自他両形が共に存在する例は、他動詞形が「主語一致」の原則に適応しなくても、V1
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の移動方向がV2における移動事象と合致すれば、複合動詞として形成されることが原 因であることを明らかにした。一方、「放り上がる」と「*放り上げる」、あるいは「舞 い落ちる」と「*舞い落とす」のような自動詞形か他動詞形の一方しか存在しない複合 動詞は、V1による方向性が、V2の移動方向と一致しないため、移動事象として成立で きないことから、複合動詞としても形成されない、ということを述べた。
結論として、移動事象を表す複合動詞における自他両形の存在は、V1における方向 性がV2の移動方向を正しく予測することができるかどうかで決まる、ということが分 かった。複合動詞における自他対応の有無とV1とV2における方向性の整合性は、次 の(14)~(19)に示すことができる。
(14) 風が雪を舞い上げる。
V2 [x ACT ON yi]CAUSE[yi MOVE<MANNER>[Path]BECOME[y BE-AT-UPWARD)]
V1 [yi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pn…]]
(15) 雪が舞い上がる。
V2 [x MOVE<MANNER> [Path] BECOME[x BE AT- UPWARD PLACE]]
V1 [ xi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pn…]]
(16) 選手たちは帽子を放り上げた。
V2 [x ACT ON yi]CAUSE[yi MOVE<MANNER>[Path]BECOME[y BE-AT-UPWARD)]
×
V1 [yi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pn…]]
(17) *帽子が放り上がった。
V2 [x MOVE<MANNER> [Path] BECOME[x BE AT- UPWARD PLACE]]
× V1 [xi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pn…]]
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(18) 粉雪が舞い落ちた。
V2 [x MOVE<MANNER> [Path] BECOME[x BE AT- UPWARD PLACE]]
×
V1 [xi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pn…]]
(19) *彼は雪粒を舞い落とした。
V2 [x ACT ON yi]CAUSE[yi MOVE<MANNER>[Path]BECOME[y BE-AT-UPWARD)]
× V1 [yi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pn…]]
(14)~(19)の表示モデルは、V1 と V2 の整合性、特にそれらの方向性と経路の 在り方に特化した表示法である。このような表示法は、(4)の表示モデルにおけるV1 による経路の規定を詳述したものであると理解される。
(14)と(15)では、V1の「舞う」による様態補充と経路の規定がV2の「上げる」
と「上がる」の方向性と合致することが表される。これは、(14)と(15)における点 線部分を指す。しかし、(14)と(15)と対照的に、(16)の他動詞形は、そのV1「放 る」による様態補充と経路の規定を V2の方向性と一致させることができない。また、
この現象と相関し、(17)では、自動詞形が形成されないということが観察される。(18)
の自動詞形も、その V1「舞う」による経路の規定が V2 の方向性と一致することがで きない。同じくこの現象と相関し、(19)では、他動詞形が形成されないといことが観 察される。このように、V1 と V2 における方向性の整合性と自他対応の有無の相関関 係から、複合動詞における自他両形の有無は、V1における方向性の含意と関わってい ることが分かった。
第8章では、「舞い込む」を例として取り上げ、移動事象を表す複合動詞が基本義か ら、どのように比喩的意味を獲得したのかという現象を考察した。この章では、「舞い 込む」の多義形成を三段階に分けて、それぞれの事象構造を次の(20)~(22)のよ うに示した。
(20) 蝶々/葉っぱが(外から)部屋に舞い込んだ。
V2 [xi MOVE<MANNER>[<PSOURCE< P1<… < PGOAL]BECOME[x BE AT- INSIDE]]
V1 [ xi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pn…]]
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(21) 海外から、(彼の手元に)仕事が舞い込んだ。
V2 [x′ MOVE<MANNER>[<PSOURCE< P1<… <PGOAL]BECOME[x′BE AT-z]]
V1 DO<Flutter>
(22) 幸運が舞い込む。
V2 [x′ MOVE<MANNER>[PGOAL]BECOME[x′ BE AT-z]]
V1 DO<Flutter>
(20)は基本義を持つ「舞い込む」の事象構造であり、(21)は抽象義を持つ「舞い 込む」の事象構造であり、(22)はコロケーションとしての事象構造である。複合動詞 の多義形成を、それぞれの事象構造をもとに次のように考える。
(20)の事象構造の上で、V1 と V2 はどちらも実質的な意味を持つ。また、点線部 分で示されたように、V1 の移動経路は V2 の移動事象を規定することができる。しか し、(21)の「仕事が舞い込む」の場合、「*仕事が舞う」が言えないため、V1 は複合 動詞における項と経路への補充ができなくなる。この場合のV1は、接頭辞と似た働き をし、その事象構造がDO<Flutter>となり、V2のMOVEに統合される。また、このような 変化に伴い、(21)の事象構造上で、(20)のような基本義を持つ単一動詞の「(雪/埃 が)舞う」と共起する名詞句から解放され、複合動詞は、様々な抽象名詞と共起でき る事象構造の基盤を獲得した。さらに、(20)の着点はINSIDEの一地点である必要が あるのに対し、(21)は単に一地点を表すzになっている。このように、(20)と(21)
における多義形成の在り方は、V1による項の喪失と関わっている。この段階の多義形 成は、構成要素における語彙的意味の整合性によるものと理解される。
続いて、(22)のコロケーションの用法は、〈幸運が思いかけずにやってくる〉とい う意外性の意味を含意している。このような含意は、事象構造における部分的な欠如 と相関していることを述べた。これは、「幸運」が移動物である場合、「どこからか分 からない/思わぬ幸運/思いがけない」と共起する一方、移動事象における起点と中 間経路が明示される例がほとんどないということからも分かる。経路が部分的に欠如 したことは、(22)の事象構造の上で、PGOALによって表されている。このように、移動 事象における起点と中間経路が明示的ではない「舞い込む」には、事象構造の上で、
もとから意外性を含意していることを述べた。このような含意は、複合動詞における
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事象構造の変化による多義形成であると理解される。
この章の分析は、複合動詞の多義形成が複合動詞の事象構造と構成要素の整合性を 基盤として導き出される、という多義性の理解に対する新たな視点を探るものとして 位置づけられる。
第9 章は、類義語である「浮き出る」と「浮かび出る」を例として取り上げ、類似 した移動事象を有する複合動詞の相違を考察した。この章の考察を通し、従来の語彙 意味論の枠組みでは反映されない様々な空間概念を表す意味要素を、複合動詞の語形 成に取り入れる必要があるということを提示した。「浮き出る」と「浮かび出る」の事 象構造を次の(23)と(24)に示すことができる。
(23) 血管が皮膚に浮き出た。
V2[x MOVE<MANNER> [PInside≦ POutside]]BECOME [yBE AT-z]
V1[x MOVE<MANNER>[ P1< P2…<PUP]]
(24) クジラが海上に浮かび出た。
V2[x MOVE<MANNER> [PInside≦POutside]]BECOME [yBE AT-z]
V1 [x MOVE<MANNER>[…P1<P2…<PUp≦POutside]] BECOME [yBE AT-z]
(23)は「浮き出る」の事象構造であり、(24)は「浮かび出る」の事象構造である。
(23)は、移動物が基準点から離れ、基準点の上方向へ移動し、さらに流体(空間)
の中間位置に留まる、ということを意味する。「浮き出る」の移動物は、移動の基準と した内部空間に盛り上がり、その表面位置に留まる必要がある。このような意味は、
V1の「浮く」が持つPUPとV2の「出る」が持つ PInside≦が照合され、獲得されたと言 える。
一方、(24)は、移動物がある内部空間の上方向へ移動し、その内部空間からはっき りと観察者から輪郭が見える外部空間の一地点に留まる、ということを意味する。「浮 かび出る」の移動物は、外部空間に現れる必要がある。このような意味は、V1「浮か
ぶ」とV2「出る」におけるPOutsideまでの経路部分が照合され、獲得された意味である
と言える。
このように、第 9章の分析を通し、類義語である「浮き出る」と「浮かび出る」の 違いを区別するために、PInside 、POutside、PUpの三つの意味関数を新設した。また、新た な意味関数に加え、内部空間から外部空間へ移動する際に、通過する臨界点も事象構 造の上で定義した。さらに、(23)と(24)の事象構造における違いをもとに、「浮き
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出る」と「浮かび出る」が抽象名詞と共起する際に現れた違いを説明した。
以上、第三部の内容をまとめた。ここまでの内容は、本論の理論枠組みから、個別 の複合動詞における意味記述の問題を考察したものと理解される。また、複合動詞の 語形成を理解するためには、V1における方向性の含意やより細かい空間概念が重要な 役割を果たしていることが分かった。